第144話 雪晶の取り扱い

「……それで、リュヌは?」


 ネージュの部屋は分かったので、次は彼だと思って尋ねると、


「おう、こっちだぜ」


 と案内しだした。

 今度はネージュと異なって屋敷の中を二階の方へと進んでいく。

 ただ、たどり着いた場所はやはりというか、二階の最も端に位置する部屋だった。

 リュヌが扉を開け放ったので中を確認すると、広さはそこそこで特別なところも一見したところ見当たらず、わざわざここを選ばなければならない必然性があるようには思えない。

 俺が不思議そうに感じているのを察したのだろう。

 リュヌは言った。


「ここはかなり、外から攻撃されにくそうな部屋だからな。加えて出るときもほら、簡単だろ」


 自分の言ったことを示すように窓を開け放ち、リュヌはその外へと飛び出した。

 俺とネージュもリュヌを追いかけ窓の方へと向かい、改めてそこから外を見てみれば、窓の下には屋根が続いており、リュヌはそこに立っていた。

 なるほど、ここを伝っていけばこの屋敷の様々なところに行ける上、裏手の道に面していない森の中へと飛び込めることも俺には分かった。

 つまりは、リュヌはその暗殺者としての経験に基づき、最も使いやすい部屋を選んだわけだ。納得した。

 リュヌは屋根から部屋に戻って来て言う。


「……本当ならアイン、俺の部屋についてはあんたの部屋を先に決めてもらって、それから考えようと思ってたんだが……」


「なんでだ?」


「あんたを守りやすい部屋を選ぼうと思ってよ。だが、この部屋なら屋根伝いにどの部屋にも行けるからな。却って便利だと思ってここにしたんだ」


 俺の近くで守る、というよりも色々なところに向かうことの出来るこの部屋の方が便利そうだと思ったということのようだ。

 別にそこまで一生懸命俺を守ってくれなくても大丈夫なのだが、もしも俺を守ろうと考えた場合、俺のところに直線で向かうよりも敵の背後から忍び寄るとか、そういうことも選択肢にいれられるというのは悪くないのは確かだ。

 

「……まぁ、当分そんな事態にはならないと思うが」


 いずれは俺も誰かに狙われるようになるのかもしれない。

 しかし今はその危険性はない。

 そう思っての台詞だったが、リュヌは、


「いきなり教会の祓魔師エクソシストに目を付けられてるじゃねぇか。意外とその日は近いと俺は思ってるぜ」


 と言い返される。


「確かにそれを言われると……ぐうの音も出ないな。あの人自身に俺を害する意図があるとは思えないが……この国でも王都の聖堂まで行けばやっぱりそういう危険があるのか?」


 元、教会直属の暗殺者だったリュヌにそう尋ねれば、彼は頷いて答える。


「当たり前だろ。どんな国でも《夜明けの教会》の本部は伏魔殿だぜ。腹に一物も二物も抱えた化け物が日々争ってんだ。相手の不利になりそうな材料を見つけたら徹底的に叩くもんだ。あんたを呼ぼうとしてる祓魔師エクソシスト自身にそういう意図がなくとも、誰かから目をかけられているもんだろうし、そうなるとやっぱりな……。かといって心配しすぎてもしょうがねぇ話だし、あんたなら何があってもどうにかするんだろうが、それでもな。あんたには知り合いがたくさんいる。そういう奴らに何が起こるとも限らねぇ」


 俺個人については問題ないにしても、俺に関わった人間についてはその限りではない、か。

 まぁ当然の話だろう。

 そういうことは前世にだってよくあったことだ。

 俺だって敵から見ればそのような存在だったわけだしな。

 相手の親しい仲間だったはずの存在を死霊術によって従え、戦わせる……。

 死霊術師の力はだからこそ忌み嫌われた。

 だが実際には死霊の同意を得ていることがほとんどだったので、恨まれる筋合いなどないのだが……。

 それを言ったところで今更どうしようもない話だけどな。


「ま、話は分かった。十分に気をつけておくことにしよう。それでも何かあったらそのときはそのときだがな」


「そうだな、それくらいでいいだろ。それで? あんたはどこの部屋にする?」


 改めてリュヌが尋ねてきたので俺は少し考える。

 ネージュとリュヌの部屋まで案内される途上でついでにいくつかの部屋を見て回った。

 しかしどこもそんなにピンとこなかったというか……。


「どこでもいいな。どちらかというと俺は離れの方の鍛冶場兼作業場の方に長くいることになるだろうし……」


「まぁ、そうなるか。じゃあ適当に真ん中あたりの部屋でいいんじゃねぇか?」


「そうだな、そうするか……」


 それからいくつか部屋を見て、本当に適当に決めてしまった俺だった。

 ちょうど屋敷の真ん中辺りに位置する部屋だな。

 ネージュの屋敷なのにまるで主のような扱いで良いのか、という気もするが、家主が好きに選んで構わないと言うのだ。

 いいだろう。

 それで本題の鍛冶場兼作業場についてだが、俺はそこで魔道具や死霊術のための素材や道具の作成を多くしていく予定である。

 レーヴェ村の外れの洞窟も悪くはなかったが、やはり本格的な鍛冶場や作業場があった方が遙かに仕事が捗る。

 それにここならグースカダー山の珍しい素材も手には入るから何か新しいものも作れるかもしれない。


「そういえば、新しい素材で思い出したが、雪晶を取りに行かないか? ボリスに見せてやりたいんだが」


 ボリスの商会はそれをこれから新しく確保できる手段がなくて困っている、ということだった。

 ボリスには今回大分世話になったし、これからも頼ることもあるだろう。

 そのために返せる恩はある程度返しておいた方がお互いに得をする。

 ボリス自身も完全な損得だけのつながりではなく、信用して良いところもある程度確認できた。

 雪晶の取引がある程度出来ることを言っておいてもいいだろう。

 ただ、どの程度流すかは一応問題になる。

 それと、どうして俺たちがそんなものの在処を知っているかだが……。

 そんな相談をリュヌとネージュにすると、ネージュが言った。


「場所については、私の眷属が教えたことにすればいいの。氷狼ひょうろうは人に懐くこともあるから、おかしくはないの」


「なるほど。紹介してくれるのか?」


「うん。いくらでも大丈夫なの。でも、戦って上下関係を教えないと尊大に振る舞ったりするから……一応戦っておいた方が良いの」


「あぁ……まぁそれくらいならいいだろう」


 それからリュヌが雪晶をどれくらい渡すか、について提案を口にする。


「雪晶の在処については秘匿しておいて、俺たちから流す、ってことにすればいいんじゃねぇか?」

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