第143話 部屋割り

 浄化のあと、ノルメに大分色々と質問されたがのらりくらりとやってなんとか切り抜けることに成功した。

 結局のところ俺の年齢が五歳であり、どうしてあんなことになったのかよく分からない、で通したのが良かったらしい。

 というか他に言いようなんてなかっただろうけどな。

 細かく魔術理論を説明した上でおそらくこういう推測が立ちます、とか言い始めたら怪しすぎる。

 

「……ともかく、アイン殿の才能は得がたいものです。やはり必ず王都に来てもらわねば……。できるだけ早く実現するようにしますので、よろしくお願いしますぞ」

 

 ノルメは最後にそう言って聖堂に帰っていった。

 なんだか随分と気合いが入っている様子だったので本当に早いうちに実現してしまうのかもしれない。

 まずいことになったかな、と少し思わないではないが、まぁ、多分大丈夫だろう。

 俺にとって教会に対し、最も隠したいことは俺が死霊術師であり、前世魔族で四天王だった、ということだ。

 これさえバレないのなら後は結構なんとでもなる。

 まぁバレたらバレたで何も出来ないというわけでもないが、そうなったら流石に俺も物騒な手段に頼らざるを得なくなるからな。

 記憶消去とか都合の悪い奴らを片っ端から眷属化していくとかそういう方向で……。

 流石にそれは可能な限りやめておくべきだろうというくらいの分別はある。

 実はカイナスの貴族だ、ということについては最悪露見してもどうにかなるだろう。

 たとえばネージュに連れてこられた、とかで押し切ってもいいしな。

 真竜の力には抗えなかったのだと言えば誰もが口を噤まざるを得まい。

 他にも二点間でしか転移できない転移装置を作って、森で見つけたんだ!とか言うとか。

 我ながら好き勝手していると思うが、前世そう生きられなかったのだ。

 今世は自由に楽しみたいものだ……。


「……ただいまー」


 ボリスに送られて、今回ネージュが購入した俺たちの屋敷へと戻る。

 入り口からそんな風に叫べば、すぐにリュヌとネージュがやってきた。


「アイン、帰ったか」


「お帰りなの」


「あぁ。とりあえずやるべきことはやってきた。エスクドたちの呪いに苦しむ者ももういない」


 俺がそう言うと、リュヌが言う。


「そいつは良かった。やっぱりあのおっさん、優秀だったか?」


 祓魔師エクソシストとして、という意味だろう。


「あぁ、かなりな。念のためついていったが、俺が行かなくても問題はなかっただろうな……」


 実際、それだけの力を持っている男だった。

 リュヌは、


「うへぇ。もしかして俺も浄化されかねなかったりするか?」


「お前には俺の作ったその体があるからな。直接普通の浄化をかけられても耐えきれるだろうが……死霊用の強力な魔術は他にもある。ノルメがどれくらい使えるのかは聞いていないからはっきりとは分からないが、それなりに戦えるだろうし、それを考えると今のお前じゃ正面から受ければ厳しいかもな」


 もちろん、暗殺者としての実力がリュヌにはあるから、そうそう負けることもないだろうが、今のリュヌにとって完全にこの世から消滅させられる可能性のある相手というのは少ない。

 そういう意味でノルメは危険な相手ではある。

 

「……怖いな。もう近づかない方がいいのか……?」


「話の流れでそのうち俺はこの国の王都に呼ばれることになってしまったからな……ついてくる気がないならそれでもいいと思うが」


「いや、そういうことなら俺だってついていかないわけにはいかないだろ。あんた、一応俺の主なんだからよ」


 と、真面目なことを言うリュヌ。

 守ってくれる気があるらしい。

 

「そのつもりなら、死霊術をもっと学んでもらわないとな。何も死霊術の深奥を、ってわけじゃないからお前ならなんとかなるだろう」


 あくまでも浄化魔術に対する抵抗力をつけるための修行をすれば良いだけだ。

 それくらいなら器用なリュヌなら多分いけるだろう。

 今だってその修行はやっているわけだしな。

 

「今までの延長ってわけだな……よし、気合い入れて修行するかね」


 リュヌはそう言って頷いた。

 それからネージュが、


「あ、そうそう。私もリュヌも、使いたいお部屋が決まったの!」


 そう言ってきた。

 屋敷を出る前にそんな話をしたな。


「ははぁ。どの部屋だ? 教えてくれ」


「こっちなの!」


 ネージュはそう言って歩き出す。

 俺とリュヌも連れだってぞろぞろと屋敷の中を進む。

 しばらく歩いてたどり着いたのは、屋敷の中でも一階の最も端にある部屋だった。

 

「ここなの!」


 ネージュが扉を開け放つと、思ったよりも広い空間がそこにはあった。

 しかしまだ部屋の中には何もない。

 ただだだっ広い空間があるだけだ。

 それにしても……。


「……本当にここでいいのか? 端っこだぞ?」


 俺がそう言うと、ネージュは、


「ここはお庭にすぐ出られるの!」


 そう言ってきた。

 なるほど、確かに改めて確認してみると、場所的にもすぐそこが庭だし、部屋の作りも直接テラスに出られるようになっているのが分かる。

 テラスの先はもちろん庭で、まさにそこから飛び立てる……のだろうが。


「まさか本気でここから飛び立つ気か……?」


 俺がネージュを見てそう言うと、彼女は首を横に振った。


「そんなことしたらびっくりされるのはもう分かったの。でもアインがかけられるっていう……隠匿魔術?があれば、やろうと思えば出来る?」


「……まぁ、確かに無理ではないな。というかあれならネージュも覚えられるだろうし……そうすれば本当にここをネージュの発着場にしても問題ない、か。ネージュ、覚える気あるか?」


 話しながら思いついて俺がそう言うと、ネージュはぶんぶん頷いて言った。


「教えて欲しいの! でも……そういう魔術って内緒にするものではないの?」


 この質問はネージュの気遣いだろう。

 魔術師にとって魔術はできる限り秘匿するもの。

 そういう一般論はあるが、そうとばかり言っていては伝承は出来ないからな。

 少なくとも前世、魔族においてはそこまで強い考え方じゃなかったというか、本当の切り札みたいなものでない限り、普通に教えられていた。

 だから問題ない。

 まぁ、隠匿魔術は現代でもあるようだが、ネージュほどの大きさのものを隠せるほどのものはないようで、まさにそういう切り札みたいなものだ、と思ったのかもしれないが。


「別に構わないさ。ネージュは友達だしな」


 俺がそう言って同意すると、ネージュは、


「……ありがとうなの!」


 そう言って微笑んだのだった。

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