第142話 浄化の効果
浄化の魔術。
その発動自体に問題があったわけでは勿論ない。
そうではなく、あまりにも効果が強すぎたのだ。
俺の放った魔術の光は部屋全体を白く染め上げるほどのものとなってしまったのだ。
本来、浄化の魔術というのはここまで大きな光を発するものではない。
それなのに……。
理由は分かっている。
面倒くさがりというか、いっそのことまとめてやっちゃえばいいかなというか、一個一個かけてたら不審がられるかなと治癒魔術も一緒に使ってしまったことが原因だろう。
それに加えて一度も唱えたことのない詠唱をここでぶっつけ本番で使ってしまったのも悪かった。
魔力の調整に失敗したのだ。
昔の体であればそんなことはなかっただろうが、今のこの体では……精密性にかけるところがあったわけだ。
加えて、詠唱それ自体についても若干、低く見積もりすぎていたというか、効率が思った以上に良かった。
そんな諸々のことが重なって、こんなことに……。
おそるおそるノルメの方を見てみれば、その表情は目を見開いていて、こちらをびっくりしたような感じで見つめていた。
一体何故、と聞きたそうである。
ただこの場で即座に尋ねないのは、ニコラスとリースがいるからだろう。
一応、俺の師を名乗っている訳なので、師が弟子に今のは何だ、は権威を揺るがすことだろうから。
しかし、後で聞かれてしまうとややこしいことは間違いないので……。
そう、俺も驚いておこう。
そう思って、驚愕の表情を浮かべておくことにした。
絶句した感じの顔だ。
するとノルメもそれを察したようで、すぐに取り繕い、それからニコラスに近づき、話しかける。
「……いかがですか? お体の方は……意識はございますかな?」
するとニコラスは今まで苦しげにうめいていたのが嘘のように体を起こし、ニコラスに答えた。
「……先ほどまでの苦しみが信じられないほどに全て消えております。それに……体の調子も、極めて良い……。腹も減ってきました」
「さようですか……確かに。もう完全に呪いは晴らされましたな。これで、再発の心配もございません。ニコラス殿、リース殿。ご快癒、おめでとうございます」
注意深くニコラスの体を見て、完全に解呪されていることを確認し、ノルメはそう言って頷いた。
俺の浄化は確かに派手だったが、本当に効果があったものか疑問だったのだろう。
派手なだけで大した効果はない、なんて魔術は世の中に五万とあるからな。
それを疑ったわけだ。
あんなことがあった割に冷静なのは、ノルメが多くの経験を積んだ歴戦の
「貴方……本当に大丈夫なの? どこか痛いところは……?」
リースはノルメの言葉に頷きつつも、信じられないようで改めて夫の様子を確認する。
ニコラスは彼女の言葉に、
「あぁ……全く問題ない。司祭殿に浄化を施されたときは……腹の奥に何か重しが残ったままのような感覚があったが、今は全くないのだ。それどころか……以前、呪いをかけられる前よりもずっと調子がいいような気さえする……」
そう答える。
後の方の台詞は俺のかけた治癒の効果だろう。
臓腑にいくつか問題が見られたからそれも含めて治癒しておいた。
呪いが解けたは良いがその後一月ほどで死んでしまいました、では目も当てられない。
治せるものは治しておいた方が良い、という判断だ。
あんまり誰にでもやっているとそのうち問題になりそうな気がするが、その辺りはうまくやっていきたいものだな。
「良かった……ここのところ、もし、貴方が逝ってしまったらと考えない日はなかったわ。こんな風に元気になる日が来るなんてもう来ないんじゃないかと……本当に良かった。これも、ノルメ様とアイン様のお陰なのね……」
リースはそう言い、俺とノルメに向き直って、頭を下げた。
「お二人とも、本当にありがとうございます。それに、引き合わせてくださったボリス様も……。このご恩は一生忘れません」
続けてニコラスも寝台から立ち上がろうとしたが、これはノルメ慌てて止めた。
「ニコラス殿、病ではありませぬが、病み上がりのお体で無理をなされますな……!」
「いや、しかし……命の恩人に、寝台にかけたままでは大変失礼というもの。どうかお礼をさせていただきたい……!」
これは内実は大人の私が、いや私が、合戦だな。
ニコラスの体は完治している。
したがって起き上がっても問題はないから。
ただ、ノルメからすると、まだその体は完全ではない、という感覚ではあるだろう。
浄化というのは、体力の回復までは出来ないからだ。
解呪後は、しばらく安静にして、徐々に元の体に戻していく。
それが彼の常識だ。
ノルメがそのことをニコラスに説明すると、ニコラスはあまりにも体調がいいので信じられない様子だったが、最後に、
「……今までの苦しみが強すぎたのでしょう。そこから解放され、いつも以上に体調がいいように感じれおられるだけです。しっかりと滋養をつけ、体を元に戻していく作業を怠れば今度は病にかかることもあるのです。ですから、どうぞ、今は安静に……」
ノルメがそう説得すれば、一理あると感じたようで、頷いて寝台に戻った。
しかし、礼をしたい、という気持ちには変わりなく、その場で頭を下げ、
「このような体勢で申し訳ないが……皆さん、私のために尽力していただき、本当に感謝の言葉もない……。もしも何か私の力が必要なことがあれば、いくらでもおっしゃってほしい。それだけのことを私は今回、してもらったのだから……」
そう言ったのだった。
と言っても、ノルメも俺も特にニコラスにしてもらうべきことなどない。
ボリスはあるかもしれないが。
ニコラスはどうも、この街に多くの土地や建物を持つ地主らしく、その彼でこうして通じておくことはボリスの商売にとってかなりプラスであるだろうから。
ちらりとボリスを見ると、機嫌良さそうな表情をしていた。
彼の商会はほとんど潰れかけの様子だったが、ここのところかなり運が向いているようだな。
その運の大半は、俺たちが持ってきているかもしれないが、それもまた彼の運だということだろう。
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