第176話 魔物育成の始まり
「で、この後は?」
リュヌが尋ねてきたので、俺は言う。
「まずは言葉を喋れるように教育……と行きたいところだが、その前にこいつらの生活するところを確保しないとならん。洞窟を少しいじって、それを確保する」
「そんな簡単に洞窟をいじるとか言うけど、どうにかなるのかよ……と、あんたに聞く方が間違いなんだろうな」
「まぁ、な。だが俺も不可能を可能にすることは出来ないけどな。元々この洞窟は拡張性も考えて選んだんだ。固い岩盤がかなり地下の方まで続いている。横幅も長い……だから、俺たちが拠点とする部分とは異なる区画を作り、そこをゴブリンたちの住処にするんだ。それでもあくまでも仮住まいであって、いずれは違うところに移すつもりだが……教育を施すには、俺たちの拠点からすぐのところに置いておく方がいい。単純に言葉や知識を教えるつもりはないからな……」
一つ一つ、それこそりんごを指さして、これはりんご、と言っていくのが教育の常道だろうが、それをやっていてはこの人数だ。
何年時間があっても足りはしない。
いずれ寿命のくびきから逃れるとは言え、効率よく済ませられる部分はそうしたいところだ。
だが、リュヌはその方法が思いつかなかったようで、
「……単純に教えるつもりがないって、どうやるんだ?」
「魔道具だよ。ほら、そこにあるだろう」
そう言って俺が示した場所には、岩石で作った寝台と、金属で出来た帽子のようなものが置いてあった。
「あれか……あんたが暇なときにコツコツ作ってた奴だな……。詳細を聞いても何も教えてくれなかったが、あれは一体……?」
首を傾げるリュヌに、俺は説明する。
「……
「学習機?」
「あぁ。あれに学習したい情報を入力してから被れば、直接そいつの頭にその情報が焼き付けられる……ってものだな」
「へぇ、そいつは便利じゃねぇか。魔術やら死霊術やらについても俺の頭に焼き付けてくれよ」
「いいのか? 運が悪ければ人格に影響が出る可能性もあるぞ。あまりお勧めではないな」
だが、戦時に於いては重宝された。
全く戦いを知らない者に、最低限の戦いの知識を焼き付けることが可能だったからだ。
ただ、問題は多い。
今リュヌに言ったこともそうだし、自分で努力して覚えたわけではないから意外に思い出すのに手間がかかったりすることもある。
頭に焼き付いてはいるので集中すれば思い出せるが、使いこなすには努力が必要なのだ。
使いどころが難しい魔道具、というわけだ。
「……なんでそんなもの使うんだよ」
「流石にゴブリンに言語を教える方法は確立されていないからな……。それよりもとりあえず知識を突っ込んでおけばなんとかなるだろうと思った」
「意外に大雑把な……」
「やったことがないことなんだ。出来そうな方法を色々と試すしかない……これが駄目ならまた何か考える必要があるが……まぁ、そのときはそのときだ」
「分かった分かった。じゃあ、とりあえず、ウヌア達に取り付けていく感じで良いか?」
流石にここにいるゴブリン全員の分はない。
何回かに分けて使っていく必要がある。
最初はウヌア達になるのは当然だろう。
「あぁ。ちょっと待ってくれ。今、覚えさせる内容を入れていく……」
そして一時間ほどが経った後、入力をし終わったのでウヌア達に手分けして装着していった。
学習機に関しては使用に際して痛みなどは特にないのだが、結果的にまずいことになる可能性があるので俺たちは息を呑んで見守ったのだった。
*****
「……ア、ガ……ゴ、ゴシュジン……サマ? ホシニク……」
目の前で、ゴブリン……ウヌア君が首を傾げつつそのつぶらな瞳を俺たちに向けている。
そして、今喋ったのはまさに、ウヌア君である。
最初に求めるのが干し肉かと思うとなんだかなという感じだが、彼にとって最も重要なものがそれということだろうか。
いや、一応、俺のことをご主人、と言ってくれたので、従うべき存在と認識してくれていると思ってもいいだろうか。
ただ、かなりたどたどしいというか、単語でしか喋れてはいないな。
ここからは少しずつ教えていくしかないだろう。
とはいえ、知識がしっかりと焼き付けられていることは確認できた。
ゼロから試行錯誤で教えるよりはずっとマシなはずだ。
「……これは上手くいったと思って良いだろうな?」
リュヌの言葉に俺は頷く。
「あぁ。ここからどこまで流暢に話せるようになるかは俺たちと、ウヌア君達の努力次第だが……まぁ、なんとかなるだろう。ともあれ、一応、ある程度の意思疎通は出来るようになった。後は洞窟を拡張して、そこに住むことと……獲物の狩り方、それに森で人間を見つけても襲わないように強く教え込んでおくことにしよう」
「それは……言葉で?」
「言葉と、実践だな。まぁ、少しずつでいい。とりあえずこいつらをしばらく養える程度の食料はある。なくなったら俺たちで森で狩れば良いしな……。しっかりと理解させられたら、外での活動を開始させる。そんな感じでいこう」
「……大丈夫なのか?」
「まぁ、人さえ襲わなきゃな。その点については勿論教え込むが、そもそもやろうとしても出来ないように契約魔術をかけておくさ。人間を襲おうとした時点で、苦痛を感じるように。だが、もうこれ以上はこいつらにそんなもの与えるのも申し訳ないから……しっかりと理解させることを優先するつもりだ」
「それがいいだろうな……なんだか俺も愛着が生まれちまったぜ」
「そうか? それなら何匹か選んで独自に何か教え込んでも良いぞ」
「独自に?」
「あぁ。俺は魔力がありそうな奴に魔術を教え込んでいくつもりだからな。ゴブリン
通常のゴブリンより魔力に長け、魔術すら行使するようになったものをゴブリン魔術師と呼ぶ。
どれくらいの魔術を使えるかによってその名称は変わってくるが、最も位階の低いものをゴブリン魔術師、と呼ぶことが多いな。
それか、魔術を使うゴブリンを総称してか。
今回捕まえたゴブリン達の中にも、魔術を使えそうな才覚のあるものが何匹かいるので、俺はそいつらを独自に育てるつもりだった。
同様に、他の何かの才能を持つものもいるだろう。
その辺りが、ゴブリンが人間と似ていて面白いところだ。
「ゴブリン魔術師にねぇ……じゃあ、俺が育てたら、
「そんな種類はないが……身軽な奴ならお前の技術もある程度吸収しそうではあるな。魔物の進化も全てが分かってるわけじゃないし、いずれ特別な進化をする可能性もある。それも面白そうだ」
実際、かつての魔王軍にはそういう奴らが結構いた。
他ではまず見ない、特殊な進化を経た魔物達が。
それがそいつら固有の進化だったのか、それとも条件さえあえば同様に進化できるものなのかははっきりとはしないことが多かった。
ただ、魔物というのは環境などによって、その存在を大幅に変化させることが出来るものだ。
リュヌの言うように、暗殺者ゴブリン、と呼んでもいいものになる可能性はある。
この日から、俺たちの魔物育成が始まった。
暇を縫ってのことで、本腰を入れて、というほどではなく、あくまでも気長に、というものではあったが……。
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