第189話 カーの演技
「……アレクシア、それにアイン。ちょっと出てくる」
父テオが、そう言って家を出た。
その台詞を聞いて、俺は、あぁ、しまった……と思った。
というのも、彼が出て行った理由は明らかだから。
遠くの方から近づいてくる魔力の塊。
それを察知してのことだろう。
テオは多少の魔術も使えるが、基本的には気を使う剣士である。
そのため、魔力感知能力についてはさほどでもないのだが、気を使う剣士でも極みに近い者はその勘の冴えがすさまじく、強力な魔術師がその魔力を隠匿していても気づく場合が間々ある。
だからこそ、俺はテオやロザリーに対して過剰とも思える注意を払っているのだ。
これは、もちろん、前世における経験に基づく。
魔族人族問わず、戦士達の中でもそういった強力な者たちには、既存の理屈では説明できない妙な勘の鋭さがあった。
そしてそれが今、発揮されたのだと俺は思った。
というのも、村に近づいてきている魔力の塊、というのはカーのものだからだ。
ネージュの方は流石に完全に魔力を隠せているのだが、カーの方は少し怪しい……。
そちらを察知したのだろう。
これでも普通なら十分なくらいのはずなのだが、テオには通用しなかったようだ。
父を嘗めすぎていた。
ただ、これで父の感知能力の限界も見えるかもしれない
実際に顔を合わせてみないと分からないが、今のネージュくらいに隠していれば、察知できないというのが確定できるかもしれないからだ。
問題は、カーにいかなる言い訳をさせるかだが……念話を飛ばして相談だけしておくか。
別に多少強い者がこの村に来るということ自体は問題ないからな。
父が出て行ったのも、この村に害意があるかどうかを見極めて扱いを定めるためだろうし、うまく振る舞ってもらおう……。
*****
「ほほう。なるほど! カー殿は隣の大陸からたった二人でご息女と旅をされてきたのですか。護衛などをつけようとは思われなかったのですか?」
俺が作った馬車を、森で捕まえた竜馬に引かせているものを後ろに、カーとネージュが村の中に入ってくる姿が見えた。
どうやら、父は二人を村に害意のある者、とは判断しなかったようだ。
ただ、質問の内容は二人の出自や目的を推測するためのものだろうから、完全に信用しているというわけではないだろうが、それは領主として当然のことだろう。
父テオの質問に、カーは丁寧に答えていく。
「アサース大陸からわざわざネス大陸まで付き合ってくれる護衛は中々おりませんのでな。それに、その辺の魔物でしたら私が倒すことも出来ます。娘は……正直、連れてくることに迷いましたが、外の世界を見てみたいと駄々をこねるものですから。幸い、国に大した財産もありませんでしたので、思い切って二人で世界を回る旅でもと。気に入った土地があれば、そこに居着くことも考えておりましてな……」
もちろん、カーの答えた内容は、俺と相談して決めた、いわゆる設定、という奴である。
ただ、ところどころ本当のところも混じってはいる。
まず、最も疑われやすいカーの実力については素直に自分から言わせているところ。
ネージュの好奇心の強いところも匂わせているところなど、ボロの出やすそうなところは先んじて言っておいた方が、後々困らないと思ってのことだ。
実際、テオは頷きつつ、カーに言う。
「……確かに。見るからに相当の武人とお見受けした。よろしければ
「おぉ、それは願ってもない! やはり、旅の空ですと体が鈍りますからな……。私は得物は主に槍を使いますが、ご領主殿は……?」
「私は剣が主です」
「そうなりますと、リーチの分、私の方が有利になりますな。剣も使えますが……いかがいたしますか?」
「実際に得意な得物で手合わせしてから、改めて考える、というのはいかがですかな? 私も腕には少々の自身はあるのですが……正直、カー殿は底が知れませぬ」
「いやいや、それはこちらが申し上げたいことですが……まぁ、そうした方がお互いにいいでしょうな。ところで、この村で宿を取りたいと思っているのですが……」
「宿は一応あるのですが、今の季節ですと主人が留守にしておりましてな……。もしご不便でないのなら、我が家を宿として頂けると」
テオがそう言ったのは、必ずしも単純に宿がないから、というわけでもないだろう。
別に空き家は二軒ほどあるから、そちらを、ということも出来るからな。
あえて領主宅である自宅に、としたのはそこで行動を監視できるからだろう。
このレーヴェの村は大したところでもない、そこまでの警戒は普通、不要であるが、やはりカーの実力がな……。
こうして近くで見ると、立ち居振る舞いも隙がなさ過ぎる。
もっと念入りにその辺の旅人役を叩き込んでおくんだった……。
比べてネージュの方はそれこそ普通の少女にしか見えない。
着ているものも、いつもの美しいドレスとは異なり、普通の旅装だ。
ネージュにその服、もっと目立たないものに出来ないか、と訪ねたら、頑張ってみるの、と言われてああなった。
結構見た目は自由に変えられるらしい。
ただ、いつもの格好こそが本来の姿で、変えておくと防御力やらが色々と低下するらしいが。
低下したところでネージュの肌そのものがその辺に転がっている武具よりも遙かに丈夫なので傷つけることは通常の人間には不可能なのだけどな。
「……ん? あぁ、アインか。気になって出てきたのか?」
俺の方に近づいてきたテオが俺を見てそう声をかけた。
カーはずっと前から気づいていたが、気づかないふりをしてテオに尋ねる。
「おや、この少年は……テオ殿。もしかして……?」
「ええ、私の息子です。ご息女とは少し年は離れていますが、聡い子でして、話し相手にもなるのではないかと」
「おぉ、それは良かった。下手に宿を取るよりも、ご自宅にお招き頂いて運が良かった……そうですな、お礼と言っては何ですが、いくつか、街で仕入れた食材もあるのです。どうぞお使いください」
街で、ではなく俺が森で狩ったものと、ポルトファルゼで仕入れたものだが、そういう荷物もないと不自然だからと馬車に色々積んでいる。
場合によっては村で自由に売ってくれと言ってあるから、カーはそう言ったのだろう。
これにテオは、
「それはありがたい。今日は猟師達が不猟だったものですから、芋だけの夕食になるかと思っていたのです。酒は切らしていて申し訳ないのですが……」
「それについてもありますぞ。もちろん、提供いたします。ポルトファルゼの高級品です」
「……よろしいのですか!?」
縁起でもなく喜んだテオの表情を俺は見逃さなかった。
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