第190話 潜入成功

「……うまいこといったの」


 その夜、ネージュが俺の部屋でそう呟く。

 ど田舎領主の家とは言え、一応、他の土地の領主や貴族が来ることもあるため、そういうときのために客室は何室かある。

 そのうちの一つをネージュとカーに貸すことにしたため、本来彼女はその部屋で寝ているべきなのだが、夜中、俺の部屋に忍び込んでやってきた。

 まぁ、部屋のドアを開いた時点から気配は丸わかりだったので俺から隠れて、というわけではなく、テオとアレクシアから隠れて、というだけだが。


「二人について、テオもアレクシアも疑う様子はなかったな。それどころか、カーと意気投合して大分楽しそうだった。しかしあそこまで気が合うとは意外だったな……」


 ネージュは子供だから、と早めに寝させられていたが、テオとカー、それにアレクシアは大分夜遅くまで酒を酌み交わしていたようだった。

 意外にもアレクシアもかなり酒豪というか、テオよりも強いらしい。

 テオは飲み過ぎで最後は潰れてしまったようだが、それよりも飲んだアレクシアはピンピンして片付けをしていた。

 もちろん、目の前で見ていたわけではなく、魔力を感知して動きを見ていただけだが、アレクシアにはふらつく様子もあまりなかった。

 その気になればいつまででも飲めたのかもしれなかった。

 カーに渡しておいた酒は相当酒精が強いものだったはずなのだが……。

 魔物であるカーですら、それなりに酔っていたようなのに……。


「カーもテオも武術が好きだから話が合ったみたいなの……あっ、それでね。カーの変化へんげが解けかかってるの。かけ直さないとまずいの。それを伝えに来たの」


 ネージュが少し慌ててそう言った。

 何で来たのか、と思っていたがそういうことだったか。

 そうそう解けないように丁寧にかけたつもりだったのだが、あくまでもそれはカーがしっかり自分の魔力を制御できている状態でのことだ。 

 酔って意識が散漫とした状態だと、無闇に術式を破壊するような魔力の出し方をしてしまうことがある。

 大きな魔力でなければ大丈夫なのだが、カーは雪竜の加護を受けているだけあって、あれでかなりの魔力を持つ。

 だから、俺の術式が破壊されかけている。

 つまりは、そういうことだろう。

 俺はネージュと慌ててカーのところに行った。

 すると……。


「……確かに解けているな」


 そこには寝転がる雪豚鬼スノウ・オークの姿がある。

 酔っているために、自分でも気づかずに寝息を立てていた。

 もしこれをテオやアレクシアが俺たちより先に見つけていたら相当驚いたことだろう。

 まぁ、あの二人ならたとえこの状態でもいきなり襲いかかることはなかっただろうが、それでもな……。

 俺は改めてさらに強力に変化をかけ直した。

 服も破けてしまっていたので、元通りに直す。


「……これで今度は解けないの?」


 ネージュがそう尋ねる。


「カーの魔力くらいではびくともしないくらいに堅牢にしておいた。ただ、その代わりにカーの魔力が大分抑えられてしまうが……まぁ、村にいる間くらいはいいだろう。父と手合わせするつもりのようだし、大体ちょうどいいくらいの実力になってるはずだ」


 テオはかなり強いが、それでも雪竜の加護を受けた雪豚鬼と真っ向から打ち合えるかと言われると厳しいと言わざるを得ない。 

 単純な腕力から、魔力量まで全く異なるのだ。

 これくらいの制限がカーにはかかっていた方がいい。

 ではなぜ初めからそうしなかったのかと言えば、ここまで堅牢にしてしまうと窮屈な部屋に閉じ込められたかのような圧迫感が発生するからだ。

 だから飲み過ぎて魔力の制御を疎かにするようにはしないでくれと事前に言っておいたのに……。

 それをネージュに説明すると、


「自業自得なの」


 と冷たく言い放つ。

 どうやら酒に溺れる男は嫌いらしかった。


 *****


 次の日の朝。


「……うぅ。頭痛がする……」


「テオ殿もか……俺も大分頭が……」


 テオとカー、二人揃って二日酔いに苦しんでいた。

 かなり打ち解けたからか、言葉遣いはため口に変わっていた。

 そもそも二人ともあまり丁寧な口調は苦手というか、場合によっての使い分けは十分に出来るが、可能なら使わずにいたいタイプだ。

 酒を一緒に飲んでいく内、やめようということになったのだろう。


「あらあら二人とも。ほら、冷たいお水よ。今日はそれを飲んで、ゆっくりしていて。あぁ、それに固形物を食べるのもつらいでしょう。あっさりしたスープも作っておいたから、どうぞ」


 アレクシアが鼻歌を歌いながら水やスープを運んできてテーブルに置いていく。

 もちろん、テオやカーとは異なり、全く普段通りの俺とネージュの前にはしっかりと朝食を持ってきてくれている。

 それにしてもアレクシアの方がテオとカーよりもずっと飲んでいたはずなのに、全く平気そうだ……。

 本当にウワバミだな。


「……アインのお母様、すごいの……」


「俺も意外なところを見た気分だよ。まぁ、これなら二人の世話を任せても大丈夫だろう。俺たちは外に行こうか」


「いいの? お父様は……」


 この場合のお父様、はカーのことだな。

 変化は大丈夫なのか、という意味だ。


「放っておいても大丈夫さ」


「ならいいの」


「よし、じゃあ朝食も食べ終わったことだし、行くか」


「うん」


 それから俺たちは食器をキッチンに運び、ついでにアレクシアに、


「ネージュお姉ちゃんと遊びに行って来るよ」


 と告げておく。

 アレクシアは、


「あら、まぁ。もう仲良くなったの?」


「うん。ネージュお姉ちゃん、物知りだから」


 これは別に嘘ではない。

 ネージュはその年齢に見合った知識量を誇る。

 普人族ヒューマン基準なら十分に賢者と言ってもいいだろう。


「そうなの……なら、行ってきなさいな。あ、そういえば、テオが言っていたけど、森のゴブリンも最近随分大人しいみたいだから、前に遊んでいたところも行っても大丈夫だそうよ」


「ほんとに? 分かった! じゃあ行こうか、ネージュお姉ちゃん」


「……分かったの。行くの」


 少し返答が微妙なのは、お姉ちゃん扱いがむずむずするのだろう。

 ただ嫌そうではなく、ちょっと嬉しそうだから問題ないはずだ。

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