第191話 ぼっちの疑い
「村を案内して欲しいの!」
家を出ると同時に、ネージュがそう言った。
「別に構わんが……大したものはないぞ?」
「いいの。人間の村を細かく見た事って、なかったから」
「確かに……雪竜が人の村にそうそう入り込むはずもないか……」
入ってきたら確実にパニックだし、普通の村なら潰れる。
かといって人化しても、少し前までの人間の感覚の分からないネージュならあのドレス姿で入ることになっただろう。
そうなるとな。
色々と怪しまれてどこかに通報されたり人さらいに目をつけられたりと、ろくなことにならなかっただろう。
ネージュならそういうのは全て蹴散らすだろうが、一つの村がその日、完全に消滅したかもしれない。
それはあまりにも恐ろしい話で、そういうことにならなくて本当によかったとしみじみ思った俺だった。
「じゃあ……着いてくるといい。念のためもう一度言っておくが、本当に何もないからな?」
「うん。分かったの」
そうして、俺はネージュに村の案内を始めた……。
*****
「……本当に何にもないの。あるのは、家と、小さな雑貨屋と、宿屋……くらい?」
全部見て回ったあと、ネージュは無邪気な表情でそんなことを言った。
「だから言っただろ……」
「でも楽しかったからいいの」
「そうか?」
「うん。初めて見るものは、なんでも面白いの」
「まぁ……それなら良かったが」
退屈させないで済んだらしく、とりあえずほっとする。
しかしネージュは少し残念そうに、
「……でも、アイン。アインって、村にあんまりお友達、いないの?」
と尋ねてきた。
「……友達?」
「うん。同じくらいの年の……」
「いや……何人か紹介したろ? 一応」
俺もこの村で怪しまれないように生活するため、普通に同い年くらいの子供と最低限の交流は持っている。
だから、ネージュのことを紹介したのだが……。
しかしネージュは言う。
「うーん……でも、あの子たち、うまく言えないけど、アインのこと、年上の人みたいに見てたの。それと知り合いくらいで、友達までじゃない、みたいな?」
「うっ……そ、それは……」
人間社会にさほど詳しくないくせに、鋭いところを突いてくるな……この雪竜は。
「ねぇ、アインって友達……私とリュヌしかいないの?」
とどめを刺すようにそんなことを言ってくるネージュ。
いやいやいや。
別に俺は友達がいない男ではないぞ!
そもそも……そう。
この村でも友達は出来たのだ。
ただ、今はちょっといないだけで……。
俺はネージュに言う。
「そんなことはない……前に、ラータという子がいたんだが……ちょっと村を出て行ってしまってな。他の子よりラータと遊ぶことが多かったから、彼女がいなくなって、他の子と仲良くなる機会があまりなくて……それから、間もなくリュヌがうちに来たからな……」
そう。
俺のこの村での友達と言えば、ラータだ。
諸事情で村を出て行ったが、そのうちに再会する約束もしていた。
彼女とは初めは普通の、年相応の友人関係だったのだが、その後、とある事件があって、そこから少し関係が変わった。
具体的に言うと、
リュヌやネージュと付き合うのと同じようにな。
だがその直後、彼女はこの村から出て行くことになってしまった。
その事情について、ネージュに説明したいところだが……これについてはラータ本人の許可を得なければ難しい。
いずれ、彼女とは再会するから、その後に改めて、お互いを紹介すれば良いだろう。
「……ラータ。そうなんだ……友達、いたんだ。良かったの。てっきり、アインはひとりぼっちなのかと思ったの……」
「まぁ……そう思うのも分かるけどな。今の村じゃ、ほとんどリュヌとだけ一緒にいるから、他の子と関わる機会も少ないんだ。たまに一緒に遊びはするんだが、別グループ感はどうしても出てしまうかも……」
「なるほど、群れが違うってことなの」
竜らしい理解をしたようだ。
間違っては……いない、のかな?
まぁ、それでもいいだろう。
俺は一応頷いて、
「そんなところだ……」
と言っておく。
また、ネージュに俺をひとりぼっちの寂しい男だと思って欲しくないため、さらに情報を付加する。
「それに、この村じゃそんな感じだが、同い年くらいの友達は他にもいるぞ。親父の姉貴の息子のファルコとか、親父の師匠の孫のヨハン。それに、ケルドルン侯爵の娘のジャンヌとか……」
言いながら、なんだか必死だな、自分、と思わないでもなかったが、ネージュの目は本当に哀れむようだったのでそうせざるを得なかった。
幸い、そうやって何人も名前を出したことでやっと、ネージュも分かってくれたようだ。
「なんだ、アイン、友達一杯いるの! 良かったの」
「そうそう、俺は友達が一杯……」
「私も会ってみたいの! アインのお友達に!」
「えっ……」
自分のことに必死なあまり、ネージュが何を言い出しそうとか考えいなかったことにやっと頭が回る。
そうだ。
ネージュにはこれで、思考回路がほとんど五歳児、みたいなところがある。
年相応の賢さ、老獪さもあるのだが……こういう人付き合い的なところで彼女の幼いように感じられる部分が出てくることが多い。
山に籠もって一人、長く対等な相手がおらずに過ごしてきたのだ。
友達関係については、俺というよりむしろ彼女の方が、一人ぼっちだったのかもしれない。 だからこそ、俺もそうなのでは、と心配してくれたのか?
根が優しいよな。
この世界で最強の種族、真竜なのに……。
そんな彼女の願いである。
可能な限り叶えてやりたいとは思うが……。
出来るだろうか?
うーん。
ファルコとヨハンについては……ちょっと難しいかもしれない。
訪ねる予定が今のところ来年とかだからな。
すぐには……。
ただ、ジャンヌの方については、近々会いに行く予定がある。
といっても、一月後だが、ケルドルン家は母親の静養のために高原に別荘を持つ。
そこに毎年、侯爵とジャンヌは行くらしいのだが、俺も招待されているのだ。
これにはロザリーは行かず、俺一人だけで行く予定だったのだが……。
友人も連れて行っていいか、と尋ねてみようかな。
もちろん、ケルドルン侯爵にしっかりと手紙をしたためた上でだ。
それなら可能かもしれない……。
そう思った俺は、ネージュに言う。
「……ジャンヌになら、会えるかもしれないぞ」
「本当?」
「まぁ、絶対という約束は出来ないが……とりあえず聞いておくよ。もし駄目だったら、悪いな」
「人間には人間の事情があるの。無理は言わないの」
こういうところはやっぱり大人なんだよな……。
まぁ、出来る限り、一生懸命頼んでみることにしようか。
何か贈り物でもすれば、ケルドルン侯爵も、うんと言ってくれるかもしれないし、考えておくことにしよう……。
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