第223話 子竜の存在
「……ここがミトルワート高原なんだ。美しいところだね」
俺が馬車の窓から見える景色を眺めながらそう呟くと、
(湖が綺麗なの。いいところなの)
と、念話が頭の中に響く。
これは俺の膝の上に座る子竜の声だった。
一体この子竜が何者なのかは言うまでもない話で、雪竜のネージュである。
なぜこんな姿なのか、そしてどうしてわざわざ念話など使っているのかといえば、それは馬車に一緒に乗っているメンバーがメンバーだからだ。
俺とネージュ、それにリュヌに加えてもう一人いるのだ。
「私もここは初めて訪れることになるが、同感だな。特にあのレン湖の輝きは中々見られないものだ。今日は天気に恵まれたな」
そう言ったのは、俺のおばに当たるロザリーである。
今回、俺たちはケルドルン侯爵の娘であるジャンヌの誘いのより、ケルドルン侯爵の治める領地の一つである、ミトルワート高原を訪れることになったわけだが、流石に俺が一人で行くわけにはいかない。
何せ、ジャンヌは侯爵令嬢であり、そんな彼女に相対するにはそれなりの格というものが体面上必要となるからだ。
しかし、俺の両親にはそこまでの格はない。
一応、あれでも地方豪族として数えられるし、治めている土地の広さだけいうとその辺の男爵に比肩する程度のものはあるのだが、あくまでも辺鄙な土地だからであり、世間的に見ればやはり吹けば飛ぶような身代の小さな貴族でしかない。
けれど、俺の父方の実家は、ハイドフェルド伯爵家という立派な大貴族であり、俺がジャンヌと知己を得た理由もまさにその家にある。
そのため、今回のような招待を受けたからには、そのことについてハイドフェルド家がそれなりの責任を負わなければならない。
ロザリーはそんな理屈に基づいて今回の付き添いに立候補したわけだが、本当のところは自分がただいきたかっただけ、のように見えた。
「ロザリーは特についてこなくても大丈夫だったのに。ファルコとヨハンは先んじていってるんでしょう?」
ファルコとはロザリーの息子である赤髪の少年であり、ヨハンはハイドフェルド家のかつての剣術指南役として知られた剣の達人の孫である。
どちらも俺の友人でもあり、ジャンヌはそのことについて俺から聞いていたため、二人も揃って招待したのだ。
二人とも、俺の今世における初めての、表向き同い年の友人であり、同じ師に剣を学んでいる仲間であるために会えるのが楽しみに思っている。
ただ、そもそもファルコこそ、ロザリーの息子であり付き添いを優先すべき人間なのであるから、俺にこうしてついている必要はないのではなかったか。
そんなことを思っているが故の言葉だった。
けれどロザリーは、
「ファルコは多少、昔のテオのようにじゃじゃ馬気質なところはあるが、それでも普通の子供の範疇に収まるからな。しっかりとした侍従なりなんなりをつけておけば問題はない。それに、今回はヨハンも共に行かせたからな。あの子はファルコと正反対に理性的で、いざというときはやんわりと止めてくれるようなところがある。戦い方はそうでもないが……まぁ、やはり心配はないだろう。だが、アイン。お前はな……」
と、どこか呆れたような顔で俺の顔を見たので、
「えっ、お、俺の何がそんなに……?」
と尋ねると、ロザリーは言った。
「何って、お前、その膝の上に置いている動物はなんだ? 私はレーヴェの村を尋ねて驚いたぞ。まさか子供とは言え、竜をペットとしているなどと、一体誰が想像する? あの村の十人は随分と牧歌的な様子で、そのことに特段不思議そうな目は向けていなかったが……ある程度栄えた街に行けば、その異常性は明らかだ。竜など、どうやっても懐かぬというのに……せいぜい、竜王国の王族が限られた数、飼育している程度で、普通は飛竜程度がせいぜいだ。それなのに」
当然、これはネージュのことである。
俺だって本当はこんな風にして連れてくるのはやめておきたかったよ、正直。
でもネージュがどうしても俺の友達たちに会いたいっていうから。
なんだか俺に果たして友達がいるのかどうか、酷く心配してるんだよな……ネージュ。
まぁ、他に方法が何もなかったわけじゃない。
ネージュは真竜であるから、普通に単身で空を飛んできてもらって現地で合流したってよかった。
しかしその時のことを想像してみると、なんとなく怖いものがあったのだ。
ネージュは最近は、俺やリュヌと一緒にいるが故に、人間社会のことにだいぶ詳しくなっているのは事実だ。
慣れてきてもいる。
けれども、その本質は竜なのである。
どこでうっかりやらかさないか、分かったものではない。
特に、竜の姿をとってやってくる、などという場合には……。
一応、俺がネージュに隠匿系の魔術を仕込んでいるから、周囲から見えないようにやってきてくれるだろう、とは思うのだが、うっかりで魔術が解けるとか、別にいいかと思って、とかの気まぐれで竜の姿のままミトルワート高原に降りてくることもあり得ないとは言えなかった。
そういう諸々の心配を考えた時、もう最初からある程度怪しまれても、なんとか強弁出来るように仲間にしておくほうがいいかな、という結論になったのだ。
それが、この子竜として一緒にいる、だ。
ペットだから一緒にいてもおかしくない。
竜だから多少強くても変じゃない。
そのうち人化しても、まぁ、竜だからね……で言い張れる。
なんと素晴らしいアイデアか。
「……全部無理矢理こじつけるつもりなの、大丈夫なのか……?」
ボソッと、リュヌが俺の耳元にだけ聞こえる音量でそんなことをつぶやく。
顔を見るに、ただの無邪気な子供のそれをしているで器用なものだ、と深く思うが、元々はどんなところにでも自然に紛れ込める暗殺者なのだ。
これくらいのことは余裕なのだった。
(問題ないさ。ロザリーもなんだかんだ、仕方がないと受け入れているしな。徐々に色々麻痺させていく方が、後々やりやすくなるだろう)
念話でそう伝えると、リュヌは、
「ジャンヌ様たちも、ネージュのこと可愛がってくれるといいね!」
と言って、それこそ無邪気な顔で俺とロザリーに笑いかけたのだった。
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後書きです。
お久しぶりすぎて申し訳ないです。
今年はしっかり定期更新しようと思っているのでよろしくお願いします!
また、
「スキルなしの最弱現代冒険者は、魔力操作の真の意味を理解して最強冒険者への道を歩む」
https://kakuyomu.jp/works/16816927859419903170
という新連載を始めましたので、そちらもよろしければ読んでもらえると嬉しいです!
どうぞ今年もよろしくお願いします!
田舎貴族に転生した最強死霊術師、子どものフリして爪を隠す《旧題・最強死霊術師、現代に転生する》 湖水 鏡月 @murou
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