第156話 先の話

『そういう魔物の王は、たくさんいるのか?』


 カーに尋ねると答える。


『もちろんだとも。我ら魔物はたとえば普人族ヒューマンなどよりも平均的には強力な力を持つが……それでもそうして纏まらねば、命脈を保つことも簡単ではないのでな』


普人族ヒューマンが平均的には大したことない、とは言ってもそれこそ強力な存在が生まれることもあるし、そういった者を中心に纏まったときの恐ろしさは竜に匹敵するからな。気持ちは分かる』


 俺がそう言うと、カーは深く頷く。


『まさにな。嘗めてかかってよい相手ではない。まぁ、我らが王を欲する理由はそれだけではなく、本能的なものもあるが……やはり強い者に従いたいという感覚も強いからな』


 魔物の本能。

 それはやはり闘争だということだろう。

 平和を求める心が全くないというわけではないが、戦って上下を決めたくなる心も強く持っているものだ。

 まぁ、人にもそういう部分はあるし、生き物である以上はそういった者からは逃げられないのかもしれないが。

 

『しかしそう聞くと、カルホン氏族の族長がハクムなのは少し不思議だな。カーじゃ駄目なのか?』


 見た感じ、ハクムよりカーの方が強いのは明らかだった。

 ハクムが弱い、という訳ではなさそうだったが、戦えば間違いなくカーが勝つだろう。

 そしてそうであるならば、族長は強い者であるカーがやっている方が自然なのでは内意か。

 これにカーは答える。


『そう打診されたこともある。決闘で決着をつけなければならないというのならそれでも良いともな。しかし俺は断った』


『なぜ……』


『簡単なことだ。俺は……ずっとこの山にいようと思っているわけではないのでな。責任ある立場を任されても困るのだ』


『山を出る気なのか?』


 それは意外な話だった。

 雪竜スノウ・ドラゴンを崇め、敬愛していて、この山もまた愛していることは伝わっていたので、ずっとここに住み続けるつもりなのだと思っていたが……。

 これにカーは言う。


『もちろん、この山は好きだ。厳しいが美しく、良いところだと思っている。だが、どことなく不安を感じていた。このままでいいのかと。それは、俺個人についてもそうだが……アインの話を聞いて、雪豚鬼スノウ・オークの一族としてもだ』


『どういう意味だ?』


『お前は言っただろう。いずれ、俺のような魔物は生まれなくなる。先のことを考えておくべきだと。それはその通りだと、俺も思ったのだ。元々、この山の魔物たちの関係は危ういバランスで保っている。今まではさして変化もなくやってこれたが……いつそのバランスが傾き、いずれかの氏族が滅びてもおかしくない状況だった。だから……誰かが外に出て、我ら雪豚鬼スノウ・オークの血を後代に繋がなければならんと、漠然と思っていてな。そんな中、お前の話を聞いて余計に思ったわけだ。俺が行かなければならないだろう、とな。この世界のどこかに、新たな雪豚鬼の集落を作るのだ。そのために、俺は集落を出なければならない……』


 意外な話だった。

 しかし理解できる話でもある。

 もはやカー達のような魔物が生まれないのであれば、この山の魔物同士のバランスが大きく崩れる日が来る。

 今までだってそのバランスは危ういものでしかなかったというのなら、そんな日が来れば、雪豚鬼の氏族が滅びる可能性も十分にあるだろう。

 そうなったとしても、雪豚鬼自体が滅びないために……リスク分散をしておこうと、そういうことだな。

 魔物も、次代のために血を繋がなければならないという本能があるのは当然のことだ。

 そのために安心して住める地を求める……。

 遙か昔であればそれは魔国のことだったが、今の時代にそんなものはないからな。

 自分の手で探さなければならないと言うことだろう。

 

『話は分かった……では、近いうちに山を出るのか?』


 俺が尋ねると、カーは答える。


『流石に今すぐに、というわけにはいかんが……それこそ氷狼ひょうろうスノウゴブリンとも相談が必要になってくるだろうな。俺がいなくなるということは、奴らの力が強まるということ。しかし、迫っている危険は奴らとて同じなのだ。外に新たな地を求めなければならないのも、な。だから、今こそ掟を新しいものに直すべきだと考えている。簡単なことではないだろうが……それもまた、必要なことだろうからな。お前に今回ついてきたのは、そのための前相談というか、その辺り、どのようなことを考えているか氷狼と話が出来ないかと思ってのこともある』


 ただ単純に案内するためだけに来たわけではないらしい。


『氷狼は雪豚鬼と敵対的な関係にあるということだが、話なんて出来るのか?』


『一筋縄ではいかんだろうな。数百年前、今の掟を決めたときだとて、相当すったもんだがあったという話は聞いている。とりあえず、矛を交えなければならんだろうさ』


『物騒な話し合いだな』


『魔物とはそういうもの。まず戦わねば何も始まらぬ……とは言い過ぎかもしれんが、我らと氷狼の関係ではな。冗談ではなくそう考えておかなければなるまい。一緒に行く以上、アインも巻き込む形になるかもしれんから、場所が分かった後、途中で別れても構わんぞ?』


 喧嘩上等で行くカーと共に行けば俺も喧嘩相手に見られる可能性が高いということだ。

 だが……その辺りはな。

 ネージュも言っていたが氷狼にはとりあえず戦って上下を教え込んでおけという話だったし。

 むしろ俺も喧嘩上等の覚悟でいるわけだから問題ないだろう。

 

『俺は俺で氷狼とは戦わなければならないだろうと思っていたから、問題ない』


『おぉ、それは心強いな。それに、雪竜様に勝ったというアインの実力は俺も見てみたいと思っていたところだ。場合によっては俺と戦ってくれと言うつもりだったが……』


 確かに、ネージュに勝った、と言った後からカーの俺を見る目が変わったのは感じた。

 ネージュと同格として見る、という目線以外に、こう、ちょっと戦ってみてくれないかな、なんて言い出せば受け入れてくれるかな、みたいな感じだったというか。

 こうして話していると穏やかな気性の存在に見えるが、実際はネージュに喧嘩を売りに行くくらい血の気の多い男だ。

 何にせよ、一度は戦うことになるのかもしれない……。

 そう思った俺はカーに言う。


『もし望むなら戦っても構わないぞ。今回の用事が終わった後で良いのなら』


『本当か!? それはぜひお願いしたい……これは楽しみが増えたな』


 そう言って、カーはその豚鬼オークの顔に意外にも親しみやすい笑みを浮かべたのだった。

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