第157話 番

『……この辺りがグリフォンの住処のはずなんだが……おぉ、いたな』


 カーがそう言ったのは、グースカダー山の中でも中腹辺りだ。

 雪はやはり目立つが、それでも山頂に比べればまだ暖かい。

 木々も生えており、夏場になればこの辺りの雪は融ける時期があるのかもしれない。

 それでもグリフォンが子育てをするにはまだ寒すぎる気もするのだが、その疑問はカーが先導して進んだ場所を見て、霧散した。

 そこはグースカダー山の中にあって、なだらかな小さな山のようになっている場所だったのだが、見れば大量のグリフォンがそこを埋め尽くしていたのだ。

 しかも、その辺りだけ雪は積もっておらず、雪の下にある山の本来の表面なのであろう土の色が見えている。

 そこに草木で作られた巣をそれこそ集落のように連ねており、よく観察してみると一つの巣につき三つ前後の卵が置かれているのも見えた。


『ここが、グリフォンの営巣地か……こうして見ると圧巻だな。二百匹以上はいるぞ』


 俺がそう呟くと、カーは頷いて答える。


『あまり真剣に数えたことはないが、大体毎年五百匹前後がここに来る。最も多いときは千匹以上来たこともあると族長が言っていた。皆、つがいでここに巣を作り、雄の方は昼間は狩りに出ているから少なく見えるが、夜になれば戻ってくるぞ』


『五百匹……凄いな。そこまでの規模の繁殖地は見たことがない。そんな数じゃ、この山で食料を確保するのも大変そうだが』


『だからこそ、雄の方が少し遠出して狩りをしているのだ。街から来たのであれば山を下りれば広い森林地帯があるのを知っているだろう? そこまで行っている。俺たちも下の森には食料が不足したときなどにたまに行くが、グリフォンは毎日だ。翼がある者はやはりそういうところ、自由で良いな。まぁ、雌に使われる男の悲哀を若干感じないでもないが……』


『雌は雌で卵を温めているんだろう? 離れられない分、そちらもそちらで大変なはずだ』


 グリフォンの性質は知っている。

 豚鬼オークなんかと異なり、独自の文化を持つ魔物というよりは、動物的な部分の強い存在だから、前世の時ともその生態に変化はないだろう。

 特に子供をどのように産み育てるか、というところについては大きく変わりようがない。

 グリフォンは卵を産み、それを雌が一月の間温めて孵化させるのだ。

 雄はその雌のために食料を運び続ける。

 そして子供が生まれた後は、雌と子供のために運ぶことになる。

 子供が飛べるようになったら、親と共に繁殖地を離れ、独り立ちさせるために狩りを教え込むための場所に移る……という感じだ。

 

『……まぁそうなのだがな。我々、雪豚鬼スノウ・オークでも番になった者たちは、やはり雌の方が強くて、それを思い起こすとなんだか妙な気分になるのだ……これはここだけの秘密だぞ、アインよ』


 雪豚鬼スノウ・オークも大変らしい。


『秘密なのはいいが……そういえばカーも番がいるのか?』


 人の台詞に直せば、結婚しているのか?ということだが、これにカーは首を横に振った。


『いや、俺はな……そういう話は何度かあったが、やはり集落をいずれ出るつもりなのだ。軽々に受けるわけには行かぬ』


『あぁ……そうか。それがあったな……』


『集落で番を作れば、やはりあの場所は離れがたくなる。番や子を残して行くわけには行かぬ。かといって辛く長い旅に引きずり込むのもな。俺が番を作れるのは、腰を落ち着けられる場所を得られたときになるだろう。そう思うと、グリフォンの繁殖地の様子はなんだか羨ましくもある。毎年、彼らが親子で山を飛び立つ姿を眺めてしまうのは、そういう気持ちもあるからなのかもしれん』


『カー……。だが、意外とそんな日は早く来るかもしれない。あまり悲観的になることはないだろう。それに……カーはモテるのではないか? 何せ、雪豚鬼スノウ・オークの中でも相当強力な戦士だ。豚鬼オークの良い雄の条件は何よりも強く気高いことだと聞いたぞ』

 

 遙か昔の話だが。

 それを言っていた豚鬼オークは妻が三人いた覚えがある。

 いずれも美しく洗練された豚鬼オークで、なるほど、強ければモテるというのは本当なのだなと思ったものだ。

 

『……どうだろうな。良い雄の条件はその通りだが、俺はあまり雌にそういう意味で声をかけられたことがないのでな……』


 若干寂しげにそんなことを言うカー。

 ということは、実はモテないのだろうか?

 いや、そんなことはないだろう。

 集落を出るとき、何匹かの雪豚鬼スノウ・オークの雌がカーの背中を追っていたのを俺は発見している。

 あの視線はそういう視線だった。

 しかし……考えてみると、カーが振り向くとふいと自然な様子で逸らしていたような記憶もある。

 彼に気づかれないように想っている、ということか……。

 雪豚鬼スノウ・オークの雌は奥ゆかしいのかもしれないな。

 ハクムのテントに控えていた雪豚鬼スノウ・オークの雌達も一切無駄口を叩かず、静かに控えていたし。

 カーの言い方からして、番はどこかから話が持ち込まれるもの、という感じのようだからお見合い結婚的なものが主流なように思えるし……。

 そうなると、雌の方が自分からそういうことを言い出さないのが文化なのかもな。

 加えてカー自身も、そういうところについては鈍感そうである。

 なんだか若干、雪豚鬼スノウ・オークの雌達が気の毒になったので、少し尋ねてみることにした。


『……カーは、もし、カーが集落を出るとき、着いてきたいと言う者が現れたらどうするんだ?』


『それは……もちろん、受け入れるとも』


『雄でも、雌でも?』


『どちらでもだ。重い選択なのだ。それを自ら決断した者を、俺は決して無碍には出来ぬ』


『なるほどな……』


 つまり、カーの妻になりたいからと着いていく覚悟を決めた者がいたら、受け入れるのかもしれない。

 それともそういう理由じゃ駄目なのだろうか……これは分からないが、まぁ、そこまでは俺が世話を焼くことじゃないか。

 とりあえず、カーが村を出るとき、着いてこようとする者を雄雌問わず拒まない、ということが分かったので、それくらいを集落の雪豚鬼スノウ・オークの雌達には伝えておいてあげようかなと思った俺だった。

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