第110話 話し合いと忘れ物

「……私も聞きたいことがあるの。貴方たちは突然、ここに現れたの。一体どこから来たの? 敵かと思って攻撃したの……」


 雪竜の化身、ネージュは俺に対し、おずおずとそう言った。

 ……言われてみれば、ここに住んでいるであろう彼女の立場からすれば俺たちは唐突に、何の前触れもなく出現した闖入者に他ならない。

 問答無用で攻撃したくなる気持ちも分かる。

 普通に登ってきたのならまだしも、転移できたからな。

 真竜ともなればその察知能力も通常の魔物を遙かに上回るだろうと言うことは想像に難くないが、それでも転移の前兆を察知するのは無理だろう。

 つまり、どこかから、怪しげな子供二人が、突然現れた。

 これが彼女の目から見た俺たちということになる。

 そりゃあ、奇妙この上ない存在だと思って仕方がない。

 とりあえず、その辺りについて説明しなければな……。

 話し合いがうまくいかなければ転移装置を破壊される可能性もあるが、まぁ、そうなったらそうなったで仕方あるまい。

 

「……どこから話したもんかな。まずは自己紹介からするか。俺は、アイン・レーヴェ。隣のネス大陸に住んでいる普人族ヒューマンだ。年は五歳になる」


「……五歳? それって人間だと……かなり若いのではないの?」


 まずそこに引っかかったか。

 当たり前か。

 俺は頷いて答える。


「……そうだな。一応、子供と言うことになる。だいたい人間は十五で一応大人として扱われて、二十歳くらいで一人前、という感じだからな。その辺りの感覚は分かるか?」


「……昔、お母様から教えられたの。でも、それなら……アインはすっごく子供なの? でも……あんまりそんな感じしないの」


「見た目は明らかに子供だろう。君よりずっと小さい」


「……確かにそうだけど……うーん」


 ネージュは人化した状態で十四、五歳の見た目だ。

 つまり、俺よりもずっと年上に見えるわけだな。

 雪色の花飾りの飾られた白銀の長い髪に、紫水晶のように深い色を湛える瞳、雪と見まがうように白い肌はおよそ人間離れした美しさだが、年齢についてはなんとなくそのくらいに見えると言うことだ。

 実際、百歳、というのは真竜だと十四、五歳なのかな?

 他種族の年齢の人間換算は簡単ではなく、単純にそういうのも間違いかもしれないが、なんとなくだ。


「まぁ、年なんてどうでもいいさ。それより、君は? 出来れば自己紹介をしてくれるとありがたい」


「……そうなの。私は、ネージュ。このグースカダー山を五十年前にお母様に譲られ、それ以来守護している、雪竜スノウ・ドラゴンのネージュ」


「譲られた? ということは、君の母上はここにはいないのか」


「もう、この世界にはいないの。お母様は、万の時を生きた始まりの真竜の一体だったの。存在が昇神してしまって……他の世界に行ってしまったの」


 ……昇神。

 それは、生き物の中でも古い存在が、長い時を経て力を蓄えた結果、至ると言われる終着点だ。

 強力な者ともなれば、世界を形作ることが出来るほどの力を得られると言われ、そのかわり小さな世界に収まっていることが出来なくなり、自らが創造神となるために故郷の世界を離れざるを得なくなると言う。

 亜神や、世界の何らかの一部を司るくらいの神であればそうする必要はないが、ネージュの母親はそれほどの存在へとなってしまったのだろう。

 真竜であり、かつ万の時を生きたというのはそういうことだ。

 俺が会ったことがある真竜たちは、長くてニ、三千年程度を生きたくらいの者たちだけだ。

 そこまで長命な真竜というのは……なるほど、始まりの真竜と言われても納得がいく。

 俺が四天王だった時代から生きていただろうが、人や、生物の営みに関わればそれだけで趨勢を決めてしまうから、関わらずにここで身を隠していたのだろうな。

 可能であれば彼女がいたらしい五十年前にここに来れていれば、あの戦争の結末とかいろいろ聞けたかもしれず、惜しいなと思うが、もうどうしようもない。

 ネージュは……知らなそうだもんな。

 見るからに世間知らずだ。

 それにしても……。


「親子離ればなれか。寂しくないのか?」


「……ちょっと。でも、いつか会えるの。何千、何万年先か分からないけど。きっと……」


 ネージュ。

 彼女もまた、真竜である。

 生き続け、力を蓄え続ければ、そのうち世界を飛び越えて会いに行けるというわけか。

 ……真竜って奴は、スケールが違うな。

 人というのはちっぽけな存在だとつくづく思う。

 

「……そうか。なら、今日、本気で戦うことにならなくてお互いよかったな。もしかしたらどっちかが死んでしまっていたかもしれない」


「……たぶん、そうしたら私がそうなってたと思うの……」


「そうか? 俺の魔術でも叩かれたくらいの傷にしかなってなかったじゃないか」


「でもびっくりして気絶してしまったの。あんなに強い魔術は下の街の人は使えないの」


「下の街……ポルトファルゼのか?」


「そうなの。年に一度、お坊さんがここまで登ってきて、魔術を見せてくれるの。それと、お供えものもくれるの。おいしいの」


 それは……どういうことなんだろうな。

 神様扱いということかな。

 リュヌがアミトラ教という宗教の僧侶が来る、というようなことを言っていたが、どういう教義なのだろうか……。

 リュヌに聞いて……そうだった。

 リュヌを元に戻さないと。


「もっといろいろ話したいんだが、ちょっと仲間を元通りにしてもいいか? ネージュの吐息ブレスで凍り付いてるから、溶かしてやらないと……」


「……生きてるの?」


 死んだと思ってたのか。

 だから触れなかったのか。

 なるほど。 

 確かに普通の人間なら死んでる可能性が高いな。

 だが、今のリュヌに死は遠い概念である。

 体が何度滅びようとも幾度ともよみがえらせてやるさ。

 その魂が俺のもとにつなぎ止められている限りな。

 ……なんだか呪いのようだが。

 こういうところが死霊術師の忌み嫌われるところであるのは分かっている。

 が、どうしようもない……。


 まぁ、とりあえず、リュヌを溶かしてやろう。

 リュヌの体は丈夫だ。

 これくらいで壊れたりはしない……。

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