第77話 言い訳

 ケルドルン侯爵に対し、ジールは賊と戦ったこと、そしてジャンヌを助けたことについてかなりうまく話してくれたと言えるだろう。

 まず、賊については完全に自分の力で倒したと言った。

 これは実際に事実であるし、何の問題もない。

 ただ、毒で自分も死にかけた、という点については省いた。

 ここを話すと、俺とのことについても詳しく話す必要が出てくるので、その判断は正解であろう。

 また、ジャンヌを助けた者についてだが、ジールも正体ははっきりとは分からない、ということにしたようだ。

 しかし、教会にはいくつか表に出ない戦力があり、今回のことは枢機卿の陰謀である可能性が高く、その敵対勢力が密かに自分に助力してくれたと考えるのが筋であろう、というもっともらしい推測を述べた。

 それに対し、ケルドルン侯爵は先日、イファータ大司教より忠告をされたことを思い出し、それについて口にした。

 するとジールはおそらくイファータ大司教が裏から手を回して力を貸してくれたのだろう、という推測を述べた。

 これも嘘八百なのだが、色々な事情がケルドルン侯爵に対するジールの言葉について説得力を持たせた結果、侯爵は信じた。

 実際にジャンヌがしっかりと戻ってきているという事、何者かははっきりしないまでも、ジャンヌを屋敷まで連れてきた人物がかなりの手練れであることは分かっており、そのような戦力を保持している人物となるとかなり限られる。

 このあたりで言うのならば、イファータ大司教の手飼いのものであろう、というのはなるほど確かにそれしかない、と思わせたのだろう。

 しかし、それでも完全に信じている、というわけではなく、あくまでその可能性がもっとも高い、と思っているだけにすぎないことは侯爵の雰囲気から分かる。

 海千山千の侯爵である。

 こういったことを、確実な根拠もないのに確定してしまうことにどれだけの危険があるのかはよくわかっているのだろう。

 何にせよ、誰かが、名乗らずに助けてくれた、ということは事実である。

 とりあえずはそれを胸にとどめ、いつか相手がそれを名乗って使おうとしてくると気を待てばいい、と思っているのだろう。

 使われないのであれば、それならそれでいいとも。

 かなり現実的な考えだな。

 侯爵らしいと言えた。


「……ジャンヌ、お前は本当に覚えていないのか?」


「お父様……私も怖かったのですよ。またどこかに攫われるかもしれないと思ったくらいです。はっきりと顔を見る勇気はありませんでしたわ」


 侯爵の再度の言葉に、ぶるぶると首を振ったジャンヌである。

 実際、彼女は誰に連れられたのか、はっきりと顔を見ていないのは事実だ。

 嘘ではない。

 ただ、屋敷に入り込み、俺を連れだした、という点について黙っているだけだ。

 それ以上の複雑な嘘は、さすがにこの年齢の子供には難しいだろうし、ちょうどいいだろう。


「……それもそうか。無理を言ったな……。しかし、本当に良かった。ジャンヌも、ジールも戻ってきた。しかも無傷でだ。ジール、やはり相手は強かったのだろうか?」


 事の詳細についてはもう全て尋ねた。

 今度はおもしろい話として、改めて聞こう、ということだろう。

 これにジールは乗る。


「そうですね……かなりの手練れであったことは間違いありません。相手の獲物は私のものと比べてかなり短かった。それは、一対一の戦いにおいては相当なハンデとなるはずなのですが、全くそんなことはありませんでした。むしろ、小回りが利く彼の戦い方に苦しめられたくらいです。神聖剣は守りの剣だ、とよく言いますが、その守りをことごとく抜かれましてね。今は治癒術で塞ぎましたが、これでもここに帰ってくる前は結構傷だらけだったのですよ」


 この話は本当のことだな。

 ただ、傷を塞いだ、というところについてだけは違う。

 俺の魔術を受けた結果、傷は消えてしまったというだけのことだ。

 《不死化イモータライズ》すると、魔力の続く限りは傷は自動的に修復されていく。

 一撃で致命傷を与えない限りは死なないわけだ。

 俺は前世において、魔力をほとんど使い果たした状態で、さらに致命傷を負わされた結果、死んだのだ。

 そこまでしなければ、《不死化イモータライズ》した者は死なない。

 化け物、と呼ばれるのもさもありなんという感じだな。


「それほどの腕前だったのか……ジール。本当に、今回は尽力してもらって……。正直に言うが、私はお前を一度、見捨てた。お前が死に、しかしジャンヌが戻ってくるのならそれでよいと……そう思ってな。本当になんと言って謝ったらいいのか……」


 侯爵はジールにそう言って謝罪する。

 侯爵ほどの地位の貴族がそんなことをすることはまず、ありえない。

 しかし、侯爵は今はそうすべきだ、と強く思ったらしい。

 これにジールは慌てて、


「い、いえ! そんなことを侯爵にしていただく必要はありません! そもそも、今回のことは、私の身から出た錆……侯爵にはむしろご迷惑をおかけして大変申し訳なく思っているくらいです。ですから……!!」


「いや! 一度庇護化に置くと約しておきながら、いざとなったら私はお前を捨て駒にしようとした。私は、私が情けないのだ……」


「……ご息女を人質に取られて、そうしない親がいますでしょうか。私は侯爵の行いをむしろ、好ましく思います。他の貴族でしたら、たとえ娘の命を盾に取られようと、契約をこそ優先する者もいるでしょう。しかし、貴方はそうはしなかった。人間味のある判断です」


「……それが、許されぬと思うのだ。貴族は、弱みをもってはならぬ。それがたとえ娘であろうとな」


「……であれば、弱みにならぬように鍛え上げればよいのです。幸い、ジャンヌ殿には才能がある。自らの身を、自らで守れるように……そうすれば」


「ジール……お前は、こんなことがあったのに、まだ我が家に仕えてくれるつもりなのか?」


「私としては、そのつもりです。むしろ、貴方は信じるに足る人だと、今回のことで分かった。一度懐に入れた者は、きっと守ってくれると。もちろん、ご息女に危害が及ばない限り、という例外が尽きますが」


 最後の一言は少し冗談めかした台詞だった。

 それは侯爵にも分かったようで、少しほほえみ、


「ふっ……なにも反論できん……。だが、ジール。改めて礼を。そして、今後とも、よろしく頼む……」


 そう言ったのだった。

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