第71話 とりあえずの合意

「それは……話すと長くなります」


 俺がジールにすべて話しても、彼には他言無用を強制することが出来る。

 だから別に話しても構わないのだが、一言で語れることでもない。

 ジャンヌをケルドルン侯爵の屋敷にすでに届け、ケルドルン侯爵もきっと今頃はかなり安心しているだろうとは思うが、ジールのことも心配しているだろう。

 今、長々と俺について話すのは……と思わないでもなかった。

 そのことにジールも思い当たったらしく、顎を摩り、言う。


「……そうなのか。ならば、あとで聞いても? 話したくないのならば、それでも構わないが」


 最後に付け加えた台詞は少しばかり意外であった。

 俺は尋ねる。


「聞かずとも構わないのですか?」


「正直なところを言えば、知りたい。だが……。小耳にはさんだことがあるのだけど、死霊術師は支配した者の記憶を閲覧することも可能だと言う話だ。本当かな?」


 少しばかり話が飛んだので俺は首を傾げる。

 しかし、師からの質問である。

 答えるのが当然だろう。

 そういう師弟関係に対する意識は遥か昔に植え付けられて、なんだか抜けないな……。


「はい。やろうと思えば可能です。ただ、本人が完全に忘却していることや、心の深いところにしまわれてしまったものについてはそう簡単に見ることは出来かねますが……表層意識や最近の記憶でしたら、読むことが出来ます」


「本当の事だったのか……。となれば、だ。君は私の記憶を読むことも可能だね?」


「……ええ、そうなります」


 ただし、読んではいない。

 勝手に師の記憶を読むことは許されない。

 それ以上に、他人の記憶を許可なく読むと言うのには抵抗を感じる。

 もちろん、その辺を浮遊する死霊のそれとか、敵の記憶とか、その他、必要な場合には躊躇するものではないが、ジールについてはそういう対照ではないだろう。

 だから、彼の記憶についてはノータッチである。

 このことに、ジールは俺が言わずとも勘づいていたようで、


「しかし、それにも関わらず、君は私の記憶を読んではいないようだ。これは、私のプライバシーを尊重してくれたから、と捉えてもいいのだろう?」


「ええ。許可なく記憶を読むのは……やはり問題があると考えておりますので。人には誰だって、何かしらの隠したい事柄があります。ですから……」


 そう言うと、ジールは深く頷いて、


「そう、それだ」


「え?」


「私が隠したいことがあるのと同様に、君にもあるだろう。それが……君が死霊術師であるという事や、その理由などではないかと思う。私は私の抱える秘密を、少なくとも今、君に語るつもりはない。そのことを君は尊重してくれるね?」


「そのつもりです。今後、師匠の記憶を貴方の許可なく、勝手に読むことはないと誓えます」


「であれば、だ。私も君に対して、君の秘密を開示するように強要することは義に反すると考える。そもそも、君はやろうと思えばその秘密を永遠に守れたはずだ。それなのに、その可能性を自ら閉じ、ここにやってきて、ジャンヌと私を救ってくれた。そうだね?」


 確かに、それはそうだ。

 ジャンヌとジールを見捨てれば、俺は俺の秘密を誰にもバラすこともないままでいられたはずだ。

 ロザリーも気づいてはいたが、まさか俺が死霊術師だ、などとは思っていたわけはないし、俺が言わなければ永遠に気づかなかっただろう。

 せいぜい、少し変わった人間だ、と思っていたくらいで終わったはずだ。

 しかし、俺はここにきて、死霊術を人前で使った。

 ジールに他言無用を強制はできるが、それでもジールが知ってしまったことは事実である。

 俺が彼の記憶を勝手に読もうと思えば読めるように、誰かが彼から何らかの方法で情報を得ることが絶対に出来ないとは言えない。

 その意味で、完全な秘密ではなくなってしまった、と言える。

 だから俺はジールに頷いて答える。

 

「そう、ですね。ですが、それはすべて自分の意志で行ったこと。後悔はありませんし、何かしらの義務を師匠に押し付けるつもりはありません。ですから、お気になさらずに」


「ありがたい話だね。流石に命を救われておいて、何も思わないわけにもいかないが、ともかく。私は今回のことについてこう思った。君は私の秘密を尊重してくれた。私もまた、君の秘密を尊重すべきだ、とね」


 ここで、やっとなるほど、と俺は思う。

 つまり、俺の秘密を自主的に隠してくれるつもりなのだろう。

 俺が、ジールのそれを勝手に見ることをしなかったから。

 用はお互い様だ、というわけだな。

 分かりやすい。

 俺も、強制して秘密を守らせるなどということはなるべくしたくない。

 他人の望まないことを魂に直接聞かせることで強制するというのは、心苦しいものだからな。

 全くそんなものを感じない死霊術師もかつては多かったが、俺には……。


「……師匠のご配慮に、深い感謝を捧げたく思います。私も可能な限りお話しできることはしたく思うのですが、何分、非常に信じがたい話でして……いずれ、心の準備が出来ましたら、ということでお許しいただけますでしょうか」


 俺がそう言うと、ジールは頷く。


「もちろん、それで構わない。私も話せることはそのうち話そう……おっと、こうしているといつまでも話し込んでしまいそうだ。そろそろ、お互い屋敷に戻った方がいいだろう……そういえば、一緒に戻るかい? 君は私が連れ出した、と言い訳をしてもかまわないが……」


 ジールは今まで通り、俺との関係を崩さないながらも、理解を示し、協力してくれる存在になった、という感じだろうか。

 それを示すように、俺の便宜を考えた提案をしてくれる。

 ただ、これについては問題ないので俺は説明する。


「いえ。屋敷には、もう一人、俺がいるのです。俺がいないと誰かが心配をしている、ということはありませんので、それはお気になさらずに」


「君がもう一人?」


「ええ……死霊術で人形を作って置いてきました。受け答えも実際の俺と変わらないので、違和感を感じる者はほとんどいないはずです」


「人形か……各属性魔術にもそういうものを作る魔術はあるが、あれは人に似せるほど高度なものは極めて難しいという話なのだけど……」


 ジールが言うのは、俺が先ほどジャンヌの前で使った、《人形創造ボニアカ・クレアソン》のことだ。

 あのときは地属性……土くれから人形を作ったが、他の属性でも使うことが出来る。

 

「死霊術は死霊を素材とする性質上、そういったことが属性魔術よりも簡単なのです……ともあれ、そういうことですので、師匠は先にお帰りください。私はまた、別口で戻りますので」


「そうかい? では、そうさせてもらおう……一応聞いておくけど、身の安全は自分で守って帰って来れるね?」


「師匠。死霊術師に夜道の心配をするのはお門違いです。私の友人はそこら中にいます。むしろ、夜盗たちの心配をなさるべきです」


 若干、冗談めかした答えに、ジールはふっと相好を崩し、


「……ふっ。ならば、そうしておこうか。しかし、君は思うに、見た目通りの年齢ではなさそうだね。話し方が大人と変わらない……おっと、すまない。余計な詮索はなしだった」


「ええ、そうしていただけると。では、また屋敷で」


「ああ。またあとで。アイン」


 そう言って、ジールはそのまま礼拝堂を出ていく。

 彼が廃教会を完全に後にしたことを確認し、それから俺は振り返った。

 そこは、ジールに差し向けられた刺客の死体のある場所だった。

 そして、その体の上にふわりと浮いている、透明な死霊。


『……てめぇ、俺が見えてやがんのか……って、死霊術師なんだったか。当然か』


 そいつはそう喋り出した。

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