第19話 晩餐

「まぁ、別にいいんだが……話を聞く気になったか?」


 そもそも、何のために決闘染みたことを始めたかと言えば、それが目的である。

 何を言っても決めつけて耳を貸す気がない様子だったからな……。

 俺の言葉に、ファルコは首を傾げて、


「話って、何の話だ? あぁ、見逃すことか? でも、もうここには母様が来ちまったからなぁ……俺が死ぬ気で止めても一秒も止められる気がしねぇが……。だが、男に二言はねぇ。俺が突っ込むから、お前らは逃げろ……!!」


 そんなことをいいつつ、徐々に覚悟を決めた表情へと変わっていった。

 そして、木剣を改めて持ち、そこに立つ女性に向ける。

 女性は、そんなファルコを見て微笑み、


「……ほう? 母に剣を向けるか。ファルコ」


「俺は約束したんだ。それは破れねぇ!」


「なるほど、その心意気やよし、かかってくるがいい……」


 女性の方も木剣を構え、戦いが始まる……。

 なんていう雰囲気になってきてしまっているので、俺はあわてて止める。


「だから! 話を聞けって!」


 ファルコの肩をガッ、と掴み、俺の方を向かせる。

 それから、また何かおかしな勘違いが起こらないように、まくし立てるように俺は言った。


「俺は、アイン・レーヴェ。お前の祖父のエドヴァルト・ハイドフェルドの長男、テオ・レーヴェの息子だ! つまり、ファルコ、お前の従兄弟だよ! くせ者でも何でもない! わかったか!?」


「お、おう……な、なんだ、そうだったのか。だったら早くそう言ってくれれば……じゃあ、そっちの奴は?」


 ファルコは俺の剣幕に若干おびえつつ、理解したようでそう尋ねた。

 これにはヨハンの方が苦笑しつつ、


「僕は、マルク・ライヘンベルガーの孫の、ヨハン・ライヘンベルガー。ここに今日いたのは、テオ様と、おじいちゃんに、アイン様と一緒に剣術を教えてもらっていたからだよ」


「え、ま、マルクの……!? 通りで、強いわけだ……」


 ファルコはまったく気づいていなかったらしい。

 驚いたようにそんなことを言っている。

 これに、くつくつと笑い出したのが、先ほど現れた女性だ。

 ファルコが母様、と呼んでいるその女性。

 何者なのかは日を見るより明らかだ。

 つまり……。


「はははっ。早とちりにもほどがあるな。我が息子ながら、もう少し思慮深くしろと言いたい……おっと、自己紹介がまだだったな、アイン、そしいてヨハン。私はロザリー・ハイドフェルド。エドヴァルト・ハイドフェルドの娘にして、このファルコの母親だ。よろしくな」


 そう名乗った。

 この感じからして、ファルコと戦おうとしていたのは何もわかっていないでそうしていた、というわけではなく、悪ノリの類なのだろう。

 実際にファルコが戦っていたら、素直に戦っていただろうが……。

 なんというか、大ざっぱというか適当な感じの人である。

 自分の息子と娘が、テオとロザリーだと相当苦労しただろうな、とエドヴァルトに同情したくなったくらいだ。

 ともあれ、そんなことはこの人に言うわけには行かない。


「……はい。よろしくお願いします」


 俺がそう言って頭を下げ、またヨハンも同様にした。

 しっかりと基本的な礼儀作法が身についている辺り、マルクにその辺りも教育されていることがわかる。

 ロザリーはそんな俺とヨハンに近づき、そして手をとってぶんぶんと握手した。

 これでどうにか、一件落着か……。


 そう思った俺だったが、俺と握手したとき、ロザリーが、


「……後で、改めて話をしようではないか。先ほどの身のこなし、聞きたいことがある」


 そう耳元で呟いたのだった。


 あぁ、本当にしまったなぁ……。

 ともかく、いいわけをそのときまでに考えておかなければならぬ、と深く思った俺だった。


 *******


 その日の夕食は、ハイドフェルド家の面々が勢ぞろいの晩餐となった。

 正確に言えば俺たちテオ一家は違う、ということになるかもしれないが、ハイドフェルド家一門、と言えばまぁその中には入るだろうという感じだ。

 まぁ、その場合、勢ぞろいとは言えなくなるだろうが。

 ハイドフェルド家は親類縁者も当然に大勢いる。

 勢ぞろいするためには、パーティー会場が必要になってくる。

 今回の晩餐は、普通に食堂で、長テーブル一つで足りている。

 並んでいる料理の数々は、豪華だけどな。

 ローストされた脂の滴る鳥や豚についてはマルクが森で取ってきた新鮮なものらしい。

 並んでいる様々な山菜やきのこ、香草の類についてもそうだというのだから、マルクの小器用ぶりというか、多才さがわかる。

 まぁ、昔は剣術修行のために世界各地を巡っていたというから、その際に食材の種類や処理の知識を身につけたのだろう。

 料理はさっぱり、と言っていたが、実際にやらせればかなり出来るのではないだろうか。

 さすがに本職ほど、とまではいかないというのを謙遜していただけで……。

 

「これ、うめぇな! アイン」


 そんなことを言いながらがつがつ食べているのは、俺の隣に座るファルコだった。

 ただ、そんな風でいながらも、比較的マナーを守って綺麗に食べているのは、さすが貴族だ、というところだろうか。

 テオとアレクシアも完璧である。

 育ちがわかるな……。

 ちなみに俺も、ある程度は出来ている。

 何せ、年の功が違う。

 もちろん、俺が生きていた時代や場所とはマナーそれ自体が変わっている部分も多くあるが、その辺りは両親や周りを観察すればすぐに覚えられるからな。

 何の問題もなかった。


「ほう、アインはずいぶんとしっかりマナーを身につけているのだな? テオ、お前が教えたのか……そんなわけないか。アレクシア殿だな?」


 ロザリーが感心したのか、そんなことを言う。

 これにアレクシアは、


「いえ……当たり前のことならともかく、そこまで詳しくは教えていなかったのですけど……ただ、この子は昔から観察力がありますから。一度しか見聞きしていないことをよく覚えていたりすることはよくあります」


「……なるほど。では、昼のあれも、そういうことかな……?」

 

 ロザリーがぽつり、と独り言のように呟いたので、それについてはアレクシアの耳には入らなかったようだ。

 ただ、俺には聞こえていたので、いいわけはその方向でいこうか、と心に決めた瞬間だった。


「それで、テオ、どうだ。久しぶりに姉と再会した気分は?」


 部屋の最も上座に腰掛けているエドヴァルトがテオにそう尋ねると、テオは、


「いやぁ……昔とぜんぜん変わねぇなと……。しかし、それよりも息子たちの方だぜ。まさか、会って早々、いきなり決闘するとはな……」


 テオも、先ほどの顛末は俺とロザリーから聞いている。

 もう家に帰ったマルクも聞いていて、今頃、ヨハンはマルクに絞られているかも知れない。

 俺も俺で、少し叱られたが、最後にテオが聞いたのは、『で、どっちが勝った?』であるから大して怒っていないのだろう。

 ロザリーもファルコがいきなり喧嘩をふっかけた方が悪い、とテオに話していたしな。


「それについては、あまりにも喧嘩っ早いファルコに問題があったな。さっきも言ったが、ファルコ、お前はよくよく色々と確認するようにしろ。まぁ、時と場合によってはそのような暇がない場合もあるがな」


「……うん、悪かったよ……」


 普段口の悪いファルコも、母親には逆らえないらしい。

 子供らしい口調でしゅんとしている。

 一度は剣を向けたのに、ギャップがなんだか不思議だ。

 まぁ、心が決まると違うと言うことなのだろうな。

 

「だが、くせ者だと思って立ち向かっていく度胸は悪くないな。あぁ、なんかグライズに会った時を思い出すぜ……」


 テオがファルコに向かってしみじみとそう言った。

 ちなみにグライズとは、ヨハンの父、マルクの息子のことだ。

 今はハイドフェルド家に仕える騎士であり、ハイドフェルド伯爵家の領地であるノフェル領を守護するノフェル騎士団の団長を勤めている。

 ここ数日、会いたいという話はしているのだが、そのグライズの方が忙しいらしくその機会が中々作れないようだ。

 

「お前もグライズ殿と初めて会ったとき、決闘をしていたものな。どうもファルコはお前とよく似てしまったようで……」


 ロザリーがため息を吐きながらそう言う。

 なるほど、マルクがテオと、ファルコがテオに似ているからと言う話をしていたが、その意味がいま、わかった。

 ファルコはきっと俺やヨハンに喧嘩を売ってくるだろうから、それに対応できるだけの実力を身につけてもらいたい、と思っていたということだろう。

 そして実際そうなったわけだ。

 

「へっ。俺に似てるなら将来美人で気だてのいい奥さんをもらえるんだ。いいだろう?」


 テオがそうのろけるも、ロザリーは、


「確かにな。アレクシア殿のような嫁がもらえるなら、願ったり叶ったりだ」


 と微笑みながら頷く。


「嫁と言えば……ケルドルン侯爵のパーティーはどうだったのだ?」


 エドヴァルトがロザリーにそう尋ねると、ロザリーは少し難しそうな顔で、


「それが……」


 と語り出した。

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