第169話 真竜の宝物庫
「……開いたの!」
ネージュのそんな声が聞こえてきたので扉の方に視線を向けると、確かに真っ白な扉が完全に開け放たれていた。
普通の人間には開けられないような、巨大で重厚な扉だったが、真竜であるネージュにとっては重さなど関係ないのだろう。
そもそもネージュの母親が残したものなのだから娘に開けないような扉など作るはずもない、か。
「よし、じゃあ中に進むか」
俺がそう言うと、
『……別れるタイミングを失ってしまって、俺もここまで来てしまったが……着いていってもいいのだろうか?』
と、後ろから
そう、彼もまた、ここに着いてきたのだ。
氷狼のスティーリアは自らの群れの元へと去ったが、その後、直接ここに来たのでまさにカーの言うとおり、彼は別れどころを失った。
しかし、ネージュは特にカーに対して、バイバイ、とか言ったわけでもないので、着いてくること自体、許していると考えて良いだろう。
その辺り、何も考えていないようで実のところちゃんと考えているのがネージュなのだ。
あっけらかんとして見えるのは、やはり生き物としてのスケールの違いから来る感覚の隔絶に基づいているのだと思う。
足下で何が起ころうとも、自分の存在が揺らぐことはまるでないと理解しているが故の余裕というか。
実際、カーが立ち向かったところでネージュには逆立ちしても勝てないのだし、その感覚は概ね正しい。
けれどネージュも人の感覚を学びつつあるから、あまりにもおかしな行動というのは徐々に減っていくだろうが。
そこまで考えて俺はカーに言う。
「別に良いだろ。ネージュも嫌なら嫌と言うさ」
『そうだろうか……』
「そんなに気になるなら俺が聞いてやるよ。おーい!」
そう言ってリュヌがネージュの背中に声をかけると、ネージュが小走りでこちらに近づいてくる。
「どうしたの?」
「いや、この雪豚鬼……カーって言ったか。こいつが宝物庫の中に着いていっていいのか、だってよ」
「駄目ならそもそも途中で別れてるの。カーにもあげたいものがあるし、ぜひ着いてきてなの」
「……だってよ」
『……おぉ、それでは、遠慮なく……もちろん、この場所については他言無用にするので……』
「誰かに言っても構わないの。私以外には開けられないから……っと、アインなら開けられそうなの。どうなの?」
「……まぁ、ここにあることが分かってしまった今なら開けることは出来るだろうな」
「やっぱりなの……」
「いや、勝手に開けたりはしないから心配するな」
「それは別にいいの。中にあるものは私、あんまり使わないし……正直持っていてもしょうがないの。でも、変な奴には渡すなってお母様が言ってただけで」
「余計に俺が開けるべき扉ではないような気もするが……まぁ、必要なものがあったら、ネージュに確認してから貰い受けることにしよう」
俺が前世、魔王軍の死霊術師である。
そんなものの手に真竜の宝物庫に眠る強力な武具や魔道具が渡ると言われたら、昔の人間達は死に物狂いで阻止した頃だろう。
明らかな戦力増強になるからな……。
しかし、現代においてそんなことを知るものなどいない。
俺が死霊術師だという事実も、ここに真竜の宝物庫があるのだという話もだ。
だからそこまで遠慮する必要はないか……。
「分かったの。じゃあ進むの~」
そう言って、ネージュがとことこと中に進んでいく。
俺たちもそれに続いた。
*****
「……これは、凄いな。いずれも古い時代の名工が作った武具ばかりだ……」
宝物庫の最奥部に入ると、そこにはまるでガラクタのように沢山の武具や魔道具が置かれていた。
一応、整理はされているようだが、せいぜいがど田舎の店がアバウトに陳列しているような感じというか……。
武器も数打ちのような扱いだし、魔道具や薬品もあるがそれらも安い薬のようにダース単位で並べられている。
しかしいずれも市場に出せば天文学的な値段がつきそうなものばかりだ……。
真竜という人を遙かに超える存在が、万を超える年月、集め続けた品だと考えれば納得だが、本人というか本竜はあまりこれらを必要とはしていなかったのだろう。
ではなぜ集めたのか、といえば、やはりネージュが語ったように、おかしな人物の手にこれらが渡らないようにするためということか……。
かつて魔王陛下が言っていたが、真竜というのは元々この世界の秩序を守るために神が作り出した原初の生命体の一つである、という話だった。
今となってはその役割も忘れ、普通の魔物と同じように生きてはいるが、本当に初めの頃に生きていた真竜というのはそのためにこそ存在していたと。
この宝物庫の中の光景を見るに、その話は事実だったのだろうと言うことが分かる。
しかし結果的に俺の手に渡る事態になってしまっているのは良かったのか悪かったのか……。
悪用するつもりはないが、これだけの素材があるのを見てしまうとな。
色々と使いたくなってしまう。
素材関係もそこそこ豊富にあるのだ。
ただ、あまりにも貴重な素材過ぎて使いどころに迷うものが多いが。
たとえば年を経た真竜の鱗だったり、な……。
それによって防具を作れば間違いなく逸品ができあがるのは分かっているが、身につけて人前に出ることは難しいだろう。
認識阻害をかければいい、という話になるのだが、真竜素材というのはそれ自体で非常に抗魔力が高い。
つまり、魔術を付加するのが極めて難しい。
通常の認識阻害などかけてもすぐに吹っ飛ぶことだろう。
ただ、それだけに強力な効果を持つ素材であることも間違いなく、そのうち扱いたくはあるが、これ単体ではどうしようもないところだ……。
そのうち、ネージュにでも彼女自身の鱗でももらうかな。
彼女の母親のものらしき鱗は扱えないだろうが、ネージュのそれであれば多分なんとかなる。
「……おい、これ《影縫いの短剣》じゃねぇか。こっちは……《隠遁の衣》。しかも、まさか……うぉ、やっぱりオリジナルだ……暗殺者垂涎の……伝説の武具だぜ」
リュヌが驚いたようにそう呟く。
それに対してネージュが、
「それが欲しいの? じゃあ上げるの~」
「おい、いいのかよ……」
あまりにもあっさりと譲渡を認める発言をしたネージュにリュヌは唖然とする。
彼らに近づき、俺はリュヌに言う。
「……確か、《影縫いの短剣》はそれで影を突き刺すと人が動けなくなり、《隠遁の衣》は強力な認識阻害の効果の付与されたローブだったな。魔道具屋でも同様の名前の武具は売っていたが、あれは……」
「確かにあるが、それらはあくまで劣化品というか……世界のどこかにあると言われているオリジナル、その逸話からインスピレーションを得て作られた模造品だよ。オリジナルはそいつらとは比較にならない効力を持っていると言い伝えられててな……俺たち暗殺者にとっちゃ、そんなもんがあったらどこでも誰でも殺せるぜってのが酒場での雑談のネタだった。こんなところあるとは……」
「……酒場でそんな話してていいのか」
絶対他の客に怪しまれるだろう、と思っての質問だったが、リュヌは言う。
「俺たちみたいな裏稼業の奴ら専門の酒場ってのがあるんだよ……まぁ、その分、値は張るんだが、何も気にしないで飲めるからな。もちろん、本当に明かせない話はしねぇんだが」
「へぇ……面白そうだな」
「あんたも今度行ってみるか?」
「行けるのか?」
色々な意味でそれは疑問だった。
リュヌ自身についてだって、彼はもう死んだことになっている。
それなのにそんな場所にいっていいのか、というのがあるし、俺についても見た目五歳でそんな場所に来てたらな、という感じだ。
しかしリュヌは言う。
「身分も何も聞かねぇのがルールさ。強いて言うなら、裏稼業についてそれなりに詳しくねぇと殺されかねねぇってのが問題だが……あんた死霊術師なんだから、そういう会話に合わせるのは余裕だろ?」
「そんなことでいいのなら、な。そうだな、面白そうだし、そのうち連れて行ってくれ。今の死霊術師たちの実力も知っておきたい」
「うし、約束だぜ。あ、金はあんたが出してくれよ……」
「ちゃっかりしてるな。まぁ、いいだろう……」
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