第170話 先祖伝来
「……カーには、これをあげるの!」
色々と雑談していた俺たちとは異なり、宝物庫の中を何やらごそごそと漁っていたネージュが嬉しそうな声でそう言った。
彼女に手には何やら長大な槍が握られている。
ぱっと見では装飾もほとんどなく、無骨な安物の槍のように見える。
だが……。
「……あれは……」
かつて、俺はそれを見たことがあった。
いつか。
魔王軍にいたときの話だ。
そのときの同僚の
銘を確か……。
『…………まさか、それは……《
そうそう、そのような名前だった。
しかし、これを口にしたのは俺ではなかった。
声の主は
彼もまた、あの槍のことを知っていたようだ。
「へぇ、そういう名前なの? そこまでは聞いたことがなかったの」
対して持ち主であるネージュの方は知らなかったらしい。
これはどういうことか……と思っていると、その点についてカーが口にする。
『……ずっと昔、我が一族の勇士が持ち、そして失われたと言われていた神槍ですから。名前は伝わっておりました……どうして雪竜様が……?』
どうやら、カーの先祖が元の所有者であるらしい。
そしてその遙か昔は、魔王軍の幹部の一人が持っていた、ということになる。
長持ちで丈夫だな!
なんて言いたくなるが、当然のごとく、何度となく修理を繰り返した上でのことだろう。
強力な武具は数千年の時を超えてなお、傷一つ入らないものも少なくないが、あの槍はそこまでではないな。
とはいえ、それでも十分に原型を保っていること、それに……固有能力とも言うべき力もしっかり宿っていることが俺の目に見て取れることから、かなり強力な武器であることは間違いないが。
「これを前に持っていた
『存じております。この山に我らの種族が居着いた後、始めに生まれた
「そうそう」
ネージュの母の力の影響を受け、通常の
そんな者の名を言い伝えているんだな。
まぁ、彼らにとっては自分たちの出自を表す重要な事実だ。
残そうとするのは理解できる。
ネージュは続ける。
「彼はこれを持ってお母様に挑んだの。お母様は私と違ってあんまりそういう挑戦を受けることはしなかったから、初めは断っていたんだけど、敗北した場合、この槍を捧げる、と言われて最後には折れて……戦ったの」
『結果は……などと、聞くまでもないでしょうな。ここにその槍がある時点で』
「お母様は……強いなんてものじゃなかったの。仮に私が百人がかりで挑んだって絶対に勝てないの。私なら絶対に挑まない……だから、ラズィールは凄いの」
『そこまでの方だったのですか……私は残念なことにお会いしたことがない故、存じ上げませんでした。それと雪竜様。我が先祖にそのようなお言葉をかけていただき、ありがとうございます』
「掛け値無しに本音なの。でも……やっぱり負けちゃったの。それで、槍は譲り受けることになったって。でもその後、何度かラズィールの子孫にこの槍を譲ると持ちかけたって言ってたの。これに相応しい力と心根の持ち主が現れたときには、そうすると約束したって」
『なんと……そんなことが』
「だから私もそれを引き継がなければならないの。カー。だからこれを、貴方にあげる」
ネージュはそう言って槍を、はい、と軽く渡した。
彼女からすれば母親としたちょっとした約束、くらいの感覚だったのだろうが、カーからすればもっと重大なものに思えたのだろう。
すぐには受け取らず、
『……わ、私などにこのような者を受け取る資格は……!』
「それを決めるのは私なの……って言えってお母様が。雪豚鬼は融通が利かないところがあるから……。受け取らなきゃこの槍はぶっ壊すの。それでもいいの?」
……滅茶苦茶言うな、ネージュ。
いや。これくらい言わないと固辞されるからか。
その点、彼女の母親はよく分かっていたのだろうな。
流石に先祖と雪竜が守ってきた槍を、自分の決断で壊させることには気が引けたのか、しばらく滝のような汗を流しつつ考え込んでいたカーは、最後には、
『……ありがたく、頂きます……しかし』
「……うん」
『私が命を散らしたとき、この槍は改めて雪竜様にお預かり頂けないでしょうか……』
「……やっぱりそう言ったの」
『は?』
「さっきも言ったでしょう? それに相応しい勇士に、槍を譲ってきたって。でも最後にはみんな、貴方のようなことを言うの。だから、その槍はここにあったの」
『……そう、ですか。そうでしょうとも……』
「もちろん、それも約束に含まれるから……貴方が死ぬときは、私がまたそれを預かるの。きっと私の方が長生きだから。あ、でも……」
『でも?』
「多分、アインも同じくらい長生きになるから。アインに預けても良いの」
『は? し、しかしアイン殿は人間では……』
「うーん。そうなんだけど……でも、長生きするって言ってたの。ね?」
そう言ってネージュが俺の方を見た。
確かに言ったし、そのつもりだが、今のところはその目処は立っていない。
自分を
「その予定だが、まだ絶対とまでは言い切れないからな。とりあえずはネージュが預かることにしておいてくれ」
「そうなの? でも長生きするって約束したの」
「……まぁ、それは守るつもりだが」
「じゃあやっぱり私でもアインでも良いの。ね?」
「……まぁな……」
なんだか妙に押しが強いが何なのか。
別に構わないが……。
それからネージュは、
「そういうことだから、死にそうなときは私かアインを呼ぶの。それでいいの?」
『……はぁ。分かりました。まぁ、アインなら信用できますし、命が長いというのならそれで構いませんが……』
本当かな?
という顔で俺を見ているカーである。
そのうち彼にはしっかりと俺のことを話しておいた方がいいかもしれないな。
そうじゃないと死んでも死にきれないだろう。
そうそう死ぬとも思えないが、そのときがいつやってくるのか分からないことを俺はよく知っている。
そんな感じで宝物庫での武具の引き渡しは一通り終わり、俺たちは今日のところは一旦帰ることにした。
俺とリュヌはレーヴェの村へ、ネージュは自らの寝床へである。
ネージュは何でも良いだろうが、俺たちの場合、流石に留守にし過ぎても問題だからな……。
毎回ちゃんと人形を置いてきてはいるが、いずれ気づかれてしまうかもしれない可能性はある。
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