第171話 村での異変

「……おぉ、帰ってきたか。姿が見えないから心配したぞ」


 夕方、村に戻るとちょうど村の周囲を警戒していた父、テオが俺とリュヌを見つけてそう言った。

 もちろん、俺とリュヌは村の外から戻った、と言ってもあくまでも子供でも行っても構わない、と言われている区画から戻ってきたのだが、もしかしたらテオはすでにそこを巡回した後だったのかもしれない。


「そう? 俺たちは見なかったけど……なぁ?」


 リュヌに向かってそう尋ねつつ同意を求めると、リュヌも頷く。


「うん……僕も見なかったよ。お父さんが見逃したんじゃないかな……」


 相変わらず見事な猫の被り方に脱帽する。

 ちなみにリュヌが自分のことを僕、と呼ぶために俺の方は自分のことを俺と呼ぶことにした。

 なんだか父テオも母アレクシアも、俺が年下の人間に兄貴風を吹かせるタイプだと思っているようだから、この方が違和感がないだろうと思ってのことだ。

 今のところ特に違和感は抱かれていない。

 むしろ、こんな田舎村で僕、と自分のことを呼んでいた方が少しばかり育ちが良すぎる感があって違和感があったかもしれないというくらいだ。

 リュヌは出自不明なため、そこのところは気にされないのでちょうど良いだろう。


「そうか……? まぁ、確かに子供って奴は意外に見つけにくかったりするからな……」


 テオは少し不思議がりながらも最後には納得して頷く。

 それから、


「俺ももう村の見回りも終わったし、一緒に家に戻ろうか」


 そう言って、歩き出したので俺たちはその背中に続いた。


 *****


「……あら? アインにリュヌ。外に出ていたの?」


 家に戻ると、アレクシアが不思議そうにそう言った。


「うん。そうだけど、どうかした?」


「少し前に、豆の筋取りをお願いしたでしょう?」


「あぁ、そうだったね。ちょっと待ってて……」


 そう言って俺とリュヌは急いで自分たちの部屋に向かった。

 すると、部屋の中でもくもくと豆の筋取りをしている自分たちの分身の姿があった。

 俺はその分身達が全ての仕事を終えたのを確認してから、彼らを消す。


「……ヤバかったな」


 リュヌが豆を確認しながらそう言ったので、俺は苦笑しながら頷いた。


「流石にただの分身じゃ、知覚の同期は出来ないからな。素材を揃えてもう少しマシなのを作るべきだろう。それと、与えている命令もちょっと変えておくか。外の分かりやすいところで遊んでいるように指示していたが……母上に指示されたんじゃ従うほかなかっただろうし」


 多分、アレクシアが外で俺たちの姿を見つけて仕事を頼んだのだろう。

 そういう場合は断らないように指示を出しておいたため、こればっかりは仕方が無い。

 次は……声をかけられるギリギリのところで遠ざかるようにしておくか。

 声も聞こえてないと言い張れるくらいの距離を保つように。

 死霊術による分身であれば洞窟拠点と村くらいの距離なら知覚の同期が出来るからもう少し怪しまれないように振る舞わせることも出来るのだが、素材が足りないから……。

 リュヌの身体作りにすべて使ってしまったのが痛い。

 ただ必要なことだったからそれもまた、仕方がない話だ。

 簡単に素材を手に入れる方法はなく、地道に収集する他ない。

 ネージュのところの素材を使えば高品質な分身を作れるが、あそこにある素材はあまりにも高品質すぎて逆に問題だ。

 多分、近くにいるだけで神々しさを感じる分身ができあがってしまう。

 村の外れで泥遊びをしている神々しい五歳児って一体何者だ。

 そんなもの怪しいなんてもんじゃない。

 それでは意味がない……。


「……とりあえず、豆の処理の方は完璧だな。このまま持ってこうぜ」


 リュヌがカゴを持って俺の方を見たので、


「あぁ、そうだな」


 俺はそう言って頷いたのだった。


 *****


「……そういえば、ここのところ森の様子が騒がしくてな」


 食卓を囲みながら、世間話がてらテオがそう切り出した。


「あら、何か強い魔物でも出たの?」


「かもしれん。どうも森のゴブリンの動きがおかしくてな。あまりこのレーヴェの周りのゴブリンたちはつるまないんだが、数匹のグループになっているのを見かけることが増えた。しかも、大体同じ方向に向かってるんだよな……」


「それはちょっと怖いわね。大きな群れになったりしないかしら……」


キング将軍ジェネラルが生まれたという感じでもないんだ。それよりも……そうだな、他の魔物……豚鬼オーク鬼人オーガに従えられているという可能性の方が高そうだな。見回りを強化した方がいいと狩人連中とも話していたところだ」


豚鬼オーク鬼人オーガが……大丈夫?」


「村の中については確実に守る。ただ、村の外は危険だ……アイン、リュヌ、お前達も何か間違って外に出たりはしないようにな」


 テオにそんなことを言われたので、俺もリュヌも深く頷いて、神妙な顔で、


「うん」


「分かった」


 そう言ったのだった。


 *****


「いや、あれって多分あんたのせいだろ」


 食事の後、部屋に戻ってから開口一番、リュヌはそう言った。


「あれって?」


「ゴブリンの様子がおかしいって奴だよ」


「あー……え? 何で俺が。豚鬼や鬼人だって話じゃ……」


「だからよぉ……豚鬼で、鬼人だ」


 豚鬼、で自分を指さし、鬼人、で俺に人差し指を向けるリュヌ。

 それで俺も察する。


「……ゴブリンの動きがおかしいのは、俺たちのせいだと……なるほど。言われてみるとそうかもな」


 細かくは聞かなかったが、ゴブリン達は皆、同じ方向に向かっているのを見かけることが多いという話だった。

 大まかな方向を頭の中で思い浮かべると、それは俺たちの洞窟拠点へ向かう方向である。 何故そんな動きをしているかと言えば……。


「干し肉をやったのが良くなかったな。いや、うまいこと餌付けしたってことで良かったって話になるのか?」


 リュヌがそう言った。

 つまりはそういうことだ。

 おそらく、俺が捕らえて人体実験ならぬゴブリン実験をした後、お礼がてらに干し肉をやったりしていたのでその味を占めた、ということだ。

 群れに戻るなり、もしくは顔見知りのゴブリンに会うなりしたゴブリンが、あっちに行けば食いもんをもらえるぜ、という感じでお友達を連れてきたのだろうと。


「いやぁ……どうだろうな。人を襲いさえしなければそれでいいんだが……こればっかりはな。俺たちの方で対策しないとまずいか」


「あぁ。親父さんたちは統率する個体がいると思ってるからな。それを倒せば散ると思ってる。でも実際にはそうはならない。というか、そんなものいないんだからずっとこの状況が続いちまう。無駄に緊張を強いられると村の雰囲気も悪くなるぜ」


「……お前、これからの村の様子がよく分かるな」


「そりゃ、そういうことをして混乱させてる最中にぐさっとやるのが俺の仕事だったからな」


「なるほど、納得だ」


「納得してないで何か策を練れよ……どうにか出来るのか? 俺は鎮める方は得意じゃねぇぞ」


「そうだな……ま、いくつか考えはある。やるだけやってみよう」

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