第172話 ゴブリン確認

 薄い緑色の荒く固そうな肌に、粗末な腰布を身につけた、人間によく似た形をした生物が四匹ほど、森の中を進んでいた。

 一匹はなんだか妙に楽しげというか、期待に胸が膨らんでいるような動きをしているが、他の三匹は怪訝な顔でその一匹が先導するのについて行っているような感じだ。

 途中、彼らが普段食料にしているような小動物が彼らの前を通り過ぎ、彼らの本能を刺激したのか飛びかかって捕まえようとしたが、残念ながら逃がしてしまう。

 それでもまだ追いかけられる距離にいたのでそうしようとしていたが、四匹の内の一匹が他の三匹がそうしようとしているのを止めた。

 通常であればそんなことなどまず聞くことがない彼らであるはずだが、今回は不思議なことにその一匹の説得を理解したように足を止め、再度、森の中を行進していく……。


「……やっぱりいやがったか。確かに行動がおかしいな」


 森の木々、その幹の上に陣取りながら彼らを観察していたリュヌがそう呟く。

 隣で同じようにしていた俺は頷き、答える。


「そうだな……というか、向かってる方向はやっぱり俺たちの洞窟拠点だ。それにあの先頭のゴブリンは……見た記憶があるぞ。実験体一番ウヌア君だ」


「……名前つけてたのかよ」


「ウヌアは古い言葉で一を意味する。分かりやすくて良いだろう?」


「あんたのセンスがたまに分からねぇ……。というかよく見分けがつくな? 村を作ってるようなゴブリンは珍しいが俺も見たことがある。そういう奴らは人間と同じように個性があって俺にも見分けがつくが、野生の奴らはどうも似たような顔をしてるから俺には……」


「そうか? ウヌア君は非常に明るくて聡明そうでいいだろう。ただお調子者が過ぎて失敗する顔立ちをしている……」


「……言われるとそんな気もするな。行動がまさにそんな感じだ……で、これからどうする?」


 俺たちはつい昨日、父テオが話していたゴブリンの異常行動の原因を探り、それを解決するために森の中に来ていた。

 まずはそのゴブリンのグループを見つけるところから始めようということで、大雑把に魔力による感知範囲を広げて場所を特定し、目立たないようにこうして彼らが通りそうなところに陣取っていたわけだが、うまいこといった。

 別にいきなり向かい合ったところで俺たちであればあのくらいの魔物に危険などまるでないわけだが、それだと彼らの行動がどんなものなのか観察することが出来ないからな。

 まずは何をしようとしているのかを自分たちの目でしっかりと確かめ、それから行動に映そうと、そう思ってこのようにしているのだ。

 俺はリュヌの言葉に応える。


「……まぁ、まずは追跡していこう。確かに大雑把に言えば俺たちの洞窟拠点に向かってるかもしれないが、実は違う場所が目的地の可能性もあるしな。そうしたら話が変わってくる」


「そうか。あの辺りには湖もあるし、飲み水を確保したいだけってこともあるか」


 一応、あの洞窟拠点は色々と考えて場所を決定してある。

 水が確保しやすいというのも条件の一つで、湖と川が近い。

 勿論、大雨が降ったりした場合も水没したりはしない位置を選んでいる。

 崩落の危険については魔術によって十分な補強もしてあるし、そういう意味でも問題はない。



「そういうことだな……じゃあ、追いかけるぞ。こういうことは専門家だろう? 俺は後ろからついて行くから先導を頼む」


「……俺から見てもあんたも大したもんだが……。人間相手なら言えることもありそうだが、ゴブリン相手じゃ俺もあんたも似たり寄ったりだぞ」


「そうか? じゃあ人間相手のときはご教授願おうかな……」


 そうして、俺たちはゴブリンの追跡を開始した。


 *****


 ゴブリン四匹は、少し目立つ岩山の前に辿り着く。

 しかし、そこで揉め始めた。

 先頭に立っていた一匹のゴブリンに対して、他の三匹が激高している。

 理由ははっきりしているだろう。

 それは、彼らの目的のものが、そこにはなかったからだ。 

 つまりそれは、俺たちの洞窟拠点である。

 岩山の形はつるんとしたもので、どこにも洞窟があるようには見えない。

 しかし、俺の目にもリュヌの目にも、集中して見ればそこにはっきりと洞窟の入り口が見えている。

 通常のゴブリン程度の力では、俺の仕掛けた認識阻害を破ることは出来ないわけだ。

 まぁ、たとえ竜が来たとしても破れないようにしてあるつもりなのでさもありなんという感じだが。

 ネージュでもかなり集中して見なければ厳しいはずだ。

 リュヌが見れているのは、俺の配下であり、俺の作った特別製の体を持っているからに過ぎない。


「これで奴らの目的ははっきりしたな。やっぱり洞窟に戻ろうとしていたってわけだ……相当な実験をされたっていうのに、物好きな奴……」


 ウヌア君は俺たちが転移装置を使う前の安全確認にも協力してもらっているし、その他様々な薬品の効果確認にもその力を貸してもらったうちの一匹だ。

 もちろん、その精神や体に問題が出ないように、細心の注意を払いつつ実験したので至って健康なはずだが、少しくらいは俺たちの……というか、俺の記憶も残っているはずだ。

 つまりは捕まって何かされた、という記憶が。

 それなのに戻ってくるのは、確かに結構物好きと言える……。

 一応、解放する際や、生命を維持するために干し肉などを与えていたことも覚えているからだろうが、それでもな……。


「まぁ、それだけ我慢強い奴だったのかもしれないしな。それか、干し肉とかの味が忘れられない食いしん坊か」


「食いしん坊ってのはあるかもな。ゴブリンが村なんかを襲ったあと、人間の味を忘れねぇってのはある。干し肉も同じか……」


 だからこそ、村を襲撃したようなゴブリンはさっさと退治すべし、と本には書いてあるな。

 勿論、普人族ヒューマンの書物だ。

 魔族はその辺の小さな集落であってもまず、ゴブリンに滅ぼされるなんてことはなかったから、それに気をつけようなんてことにはならなかった。


「干し肉で済んでるうちは良いが、そのうち人間の集落を襲わないとも限らないかもな……やっぱり、今のうちに捕獲しておいた方が良さそうだ」


 俺がそう言うと、リュヌも頷く。


「そうしておいた方が無難だろうな……だがその後は? まさか飼うのか?」

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