第44話 弟子入り
「……伯母君と甥御のご関係でいらっしゃいましたか。なるほど……なんと申しますか、はっきりとそう断言されても、何か不思議な感じがしてしまいます」
ジールはそう言って微笑むが、別に信じていないと言うわけでもなさそうだ。
当然か。
こんなことで嘘を言っても何の意味もないからな。
「そうかな? まぁ、戦友というのは少し言い過ぎかもしれないが、私も少し剣に覚えがある。だが、私はこの甥と戦い、引き分けたのだ。それ以来、一目置いていてな。だからこそ、そのような見え方をしたのだろうと思う」
「この少年と引き分けに……ハイドフェルド家の姫君の腕前につきましては、私もお聞きしていますが、生半な騎士ではまず、相手にならないというお話でした。それなのに、ですか?」
ロザリーの名前はやはり、有名らしい。
そもそもハイドフェルド伯爵家というのがそれなりに有力な貴族であるから、この国にいる者は知っているだろう。
ジールが一体どこの国に属しているのかは分からないにせよ、この国に一時的にでも滞在するのであれば、とりあえず頭に入れておいた方がいい貴族には入っている。
だから、ロザリーについても多少、耳にしているのだろう。
「私についてはそれほどでもない……もちろん、本当の意味で本気で戦ったかと言われるとそういうわけでもないが……」
「それはどういう?」
「《気》は使っていない、ということだ。ただ、それ以外については何一つ手加減はしていない。つまり、純粋な剣術勝負で引き分けたというわけだな」
「それは……手加減とは言いませんね。むしろ、訓練では《気》の力をあえて使わずに、剣術をどの程度身に付けているかを判断するために、剣術のみでの模擬戦をすることは一般的です。それで、引き分けとは……失礼ですが、アイン殿はおいくつでいらっしゃいますか?」
ジールは俺に、丁寧な口調を崩さずにそう尋ねる。
俺は答える。
「……五歳です」
「五歳! それでそこまでの腕前とは。一度剣を合わせてみたくなりましたよ」
本気で言っているのか冗談のつもりなのかは分からない。
ロザリーに気を遣って、彼女が自分の甥を自慢しているのだろうと考えて、あえてそういう言い方をしているのかもしれないしな。
貴族には基本的に下手に出ておいた方が、安全なのだ。
処世術という奴だな。
これにロザリーは、言う。
「本当なら、今日そうしてもらえないかと思っていたのだが……」
「おや? そう言えば……肝心なことをお聞きしていませんでしたね。お二人はなぜ、ここに?」
ジールの質問に、今度はケルドルン侯爵が答える。
「それにつきましては……今、ジール殿にはジャンヌの剣の指導をしていただいておりますが、急なお話でしたでしょう? 本来でしたら、もう少し吟味してから決めていただろうことでしたが……そのことについて、ロザリー殿がご心配してくださいましてな。剣術指南役を探して、連れて来られたのです」
「なるほど……して、その指南役の方は?」
当然の質問に、ケルドルン侯爵は面白そうに微笑み、それから俺を見て、
「こちらのアイン殿です」
そう言った。
これにジールは驚愕の表情を浮かべた。
まさかそんなことは、と思ったのだろう。
普通の反応である。
しかしこれにケルドルン侯爵は、
「驚かれましたな? 私も初めは驚きましたが……先ほどのロザリー殿のお話を聞いて、それなら、とも思ったのです。しかし既にジール殿に指南をお願いしておりますからな。それについてはお断りしたのですが、そこで新たなご提案を受けまして」
「それはどのような……?」
「アイン殿をジャンヌの修行仲間にどうか、と。私も貴族。国王陛下に仕える騎士の一人でありますれば、武術については身に付けておりますが、小さなころのことを思い出しますと……同世代の修行仲間というのは大切なものだったと思うのです。師と二人ですと、自分が果たして本当に強くなったのかと疑問に思うこともありますが、修行仲間がいれば、客観的に自分の技量を見ることも出来ますし、また、修行そのものも楽しいものになる。ジャンヌには目的があって剣術の修行をしていますが、それでも、そのような相手はいてもいいのでは、と思いましてな」
このケルドルン侯爵の説明は、ジールにはすんなり入ったようだ。
彼は頷いて、
「それは全くの同意です。私も剣術を共に修行した仲間というのは、今でもかけがえのない友です。もちろん、道を違えた者も少なくないですが……小さなころに剣を交えた記憶は、今も魂の深いところに残っています。会えば気持ちはたちまちあの頃に戻ってしまうほどに。ジャンヌ殿にも、そういう相手は必要ですね。さりとて、簡単に探すのは難しいところですが……ロザリー殿の甥御殿でしたら、何の問題もないでしょう」
探すのが難しい、とは、ケルドルン侯爵の娘であるジャンヌと一緒に修行する剣術仲間を募集してます、なんてやったら即座に色々なところから応募が殺到するからであろう。
一人ひとり身分を確認し、またその後にはどのような目的があるのかも調べ、その上で本人に面談して後ろ暗いものがないのかも判断しなければならない。
そこまでやってなお、注意して見ていなければならないと言うのもある。
それは流石に難しい、とそういう話である。
しかしロザリーとの血縁者であれば、身分という問題はなくなるし、何かあった場合にはハイドフェルド家に直接に責任を追及できるので、変なことはしないであろうという信用も出来る。
実際に会って、人となりも確かめたわけだし、まぁ大丈夫だろうとそういうことだ。
「しかし……アイン殿。指南役に、と言われてきたのに、それでも構わないのですか?」
ジールはケルドルン侯爵も聞いてきたその点について俺に確認する。
そんなに俺はプライドが高そうに見えるのだろうか、という気がしないでもないが、貴族の子供というのは大体、プライドが高いものだ。
それも、小さいときは色々と勘違いしていることも多い。
だからこその、最後の確認のようなものだろう。
俺はこれに素直に答える。
「全く問題ありません。ジャンヌ殿と修行できるのは嬉しいですし……それに、ジール殿は神聖剣をお使いになられるとお聞きしました。私が父やロザリーに学んでいる剣術は正統流なので、どんな違いがあるのか、楽しみなんです」
少しばかり、子供っぽさを押し出したつもりである。
それでもまだ、五歳としては立派過ぎるかもしれないが……。
これにジールは満足した顔で頷き、
「そうですか。分かりました。君ならきっと、良い弟子になるでしょう。よろしくお願いします、アイン殿」
そう言って、手を差し出してきたので、俺もその手を掴み、
「よろしくお願いします。ジール殿」
そう言ったのだった。
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