第43話 ジール登場
「……ケルドルン侯爵、本日もお世話になります」
そう言ってケルドルン侯爵に向かって金色のさらさらとした髪の輝くその頭を下げたのは、剣術の一流派、神聖剣の使い手にしてジャンヌの師、そしてケルドルン侯爵が治める領都ラインバックの精鋭ラインバック騎士団の剣術指南役も務める男、ジール・パラディである。
あれから、図書室に本を片づけ終わった俺とジャンヌはメイドに連れられて応接室に辿り着いたのだが、そこにはケルドルン侯爵とロザリーが待っていた。
ジールはまだ到着していなかったが、それからほどなくし、こうしてやってきたのだった。
そして、ジールはまずは自らの雇い主であるケルドルン侯爵にあいさつした、というわけだ。
これに侯爵は言う。
「いえいえ、世話になっているのはこちらの方です。娘の我儘を聞いてもらっているのですからな」
侯爵の口調は俺やロザリーに対するものと変わらず、丁寧なものだ。
それを考えると、ジールの出自も貴族なのかもしれない。
彼の身分がいかなるものなのか、それは分からないが、一般的には神聖騎士は貴族でなくともなれる、という話だった。
もちろん、官位が高いほど、貴族の割合が増えていくようだが、それでも多くの平民出身の神聖騎士がいるという。
どうしてなのか分からないが、そこからするとジールがどういう身分なのかはまだ、分からない。
神聖騎士それ自体がそもそも貴族と同格と見做されることも多いらしいからだ。
神の前では平等ということなのか、それとも神の権威を持つ者だからなのか……。
それについては、ジールが来る前にロザリーが耳打ちで話してくれたことだ。
つまり、細かいことは分からない。
これについてもいずれ調べないとな……。
今の俺は知らないことが一杯だ。
「我儘など。ジャンヌ殿は……こう申し上げるのは失礼かもしれませんが、ご貴族のご令嬢にしておくのがもったいないほど、剣術に対し、勤勉で真摯でいらっしゃいます。このまま修練を続ければ、いずれ神聖騎士になることも可能だと思えるほどに。私もそのような弟子に技を教えることは楽しく思います」
「さようですか? それなら良いのですが、我が娘ながらいささかお転婆に育ちすぎたのではないかと思っていたのです。剣術に打ち込むことで、その体力が消費され、夜は静かにしておることも増え、ありがたく思っているのですよ。まったく、ジール殿様様です……」
流石にこれは冗談なのだろう。
ジャンヌもあまりの言われように少し顔を赤くしている。
年頃の娘としては、恥ずかしいだろうな、とは想像がつく。
が、親というのはこういうものだ。
自分の子供については極端なほど卑下する。
ケルドルン侯爵は、その立場からもその辺りには余計に気を遣っているだろうしな。
あまりジャンヌが優秀だ、と巷間に広がってしまえば、色々なところから縁談が舞い込み、少し面倒くさいことになるだろうということは簡単に想像がつく。
もちろん、いずれは良縁をジャンヌに持ってこなければならないだろうが、今はまだ、吟味のときだろう。
よほど良い男がいたら話は別だろうが……。
「……お父様。あまりのおっしゃりようですわ」
ジャンヌが少し口をとがらせて言うと、ケルドルン侯爵は笑い、
「いや、すまんな、ジャンヌ。確かにその通りだった……おっと、そう言えば、すっかり遅くなってしまいまして申し訳なく存じますぞ、ロザリー殿、アイン殿」
そう言って、俺とロザリーを見た。
それから、
「ジール殿。ぜひ、ご紹介したい方がいるのですが……よろしいですかな?」
と、続けた。
ジールもこの場にいるロザリーと俺が気になっていたようで、
「ええ、もちろん。いったいどういう方々なのかと想像していたのですが……全く分からず。ぜひご紹介いただけるとうれしく思います」
そう言った。
この言葉にケルドルン侯爵は、
「ほう、さようですか……」
と頷き、ロザリーと目を合わせる。
それからロザリーが何かを発言したげに頷いて見せたので、これにケルドルン侯爵も頷くと、ロザリーは言った。
「まだ自己紹介もしておりませんが、一つご質問をしてもよろしいですか?」
これに、ジールは頷き、答える。
「はい、なんでしょう?」
「ちなみにですが、私とこの者について、どういった人間だと想像されたのでしょうか? 少し気になってしまいまして……」
確かにな。
これは俺も気になる。
ロザリーの今の格好は、稽古の後だからか、勇ましい男装風の騎士姿であり、ぱっと見では貴族のご令嬢だ、とはならないだろう。
俺については服の仕立てや、ケルドルン侯爵のお屋敷に普通にいることから、どこかの貴族子息だ、と想像もつきそうだが、位置的に今、俺はロザリーの横にいるからな。
俺とロザリーをペアで見ると、途端に関係性がわからなくなる。
顔はそれほど似ていないし、俺は黒目に黒髪だ。
ロザリーは金髪に青い瞳であり、親子と言われても頷けはすまい。
正解は伯母と甥になるわけだが、この結論に辿り着くのは相当難しそうだった。
さて、ジールは一体どういう風に俺たちを見たのか、と思って彼の答えを楽しみにしていると、ジールは唸ってから、口をゆっくりと開く。
「……お手上げです、と言いたいところですが……それでは満足していただけなさそうですね」
言葉の途中でロザリーが、そういう逃げは認めんぞ、という視線を飛ばしたのを理解したらしい。
ジールは苦笑してそう言う。
それから、改めて考え、そして言った。
「親子、ではなさそうだと思いました。お二人の間に絆のようなものがあるのは感じられるのですが、それは親子の情ほど一方的なものではないように思えます。親族、というのはありそうですが、しかしそれにしてはもっと厳しい何かが、お二人を繋いでいるようにも見えますので、そう断定するのも……そうですね。私には、お二人が戦友のように見えますね。同じだけの力を持ち、お互いの力を認めているような……はは、そんな訳はないのでしょうが、なぜでしょうね」
その言葉は中々に驚きのものだった。
確かに、俺とロザリーの関係を本当に客観視したらそういうものが近いのかもしれない。
が、ロザリーは別に俺のことをそこまでは評価していないだろう、流石に。
俺は確かに彼女と引き分けに近い戦いをしたことはあるが、五歳の子供に過ぎない。
いくらなんでも……。
と思ったのだが、ロザリーはこれに大きく笑いだし、
「……ふふふ、ははは、ふっはははは! ジール殿。あなたは愉快な人だな。なるほど、そう見えるか……あながち、間違いという訳でもない」
最後の方はぼそりと言ったので俺にしか聞こえなかったが……本当か。
なぜそこまで……と俺は思うが、やはり、ロザリーは俺が何なのか、どういう存在なのか、勘の部分で理解しつつあるのかもしれない。
そう言えば、ロザリーは今、普段の話口調で話したが、それでいいのだろうか。
いや、武人に対してはこの感じなのかもしれないな。
ケルドルン侯爵も特に怪訝そうではないし、それなら問題ないか。
ジールは、ロザリーの言葉に微笑み、
「正解ですか?」
と尋ねるも、これにロザリーは首を縦には振らなかった。
内心は振りたかったのかもしれないが、彼女はそうせず、
「……いや。残念ながら不正解だ。私、ロザリー・ハイドフェルドと、このアインは伯母と甥の関係だ。つまり、親族だ、ということだな」
そう言ったのだった。
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