第69話 不死化の術
魂の欠けた者に対する魂の補充。
実のところ、これは技術としては結構難しい部類に入る。
なんというかな。
割れたガラスや陶器に粘土をくっつけて元通りにしていくような感じなのだが、その粘土をぱっと見て、割れたガラスや陶器と同じ外観、同じ材質にしていかなければならない作業があるからだ。
ただくっつけるだけなら大した技術はいらない。
しかし、その《同化》させていく作業。
これが極めて難しく、熟練した死霊術師のみが可能にしていることだ。
だからこそ、《
俺から言わせると邪法ではないし、魔物になってしまうのはその技術が未熟だからなのだが……。
たとえばその魂の《同化》が半端だと、本来の存在とは少しずれが生じて、人の血を啜らなければ生きていけないものになってしまうことがある。
また、魂の《同化》がある程度成功しても、そもそも十分な魂を補充できずに終えてしまった場合、他人から魂を奪い、補充し続けなければ人の姿を保つことの出来ない存在になってしまうこともある。
前者の場合、多くが《
他にも様々な理由で《
おっと、一番まずいのを抜かしていたな。そもそも魂の補充自体に失敗すると、魂が霧散して自然に還ってしまう……つまりは永遠の消滅だ。
だが、完璧な《
寿命のくびきから解放され、その身は永遠の若さを手に入れられる。
生命としての存在の意味が代わることもないので、子孫を残すことも出来るし、食事や睡眠もとろうと思えば通常通りとることが出来る。
至れり尽くせりであり、だからこそ、死霊術師はこれを目指すのだが……辿り着けるものはほとんどいない。
俺が知っているこれの成功者は、師匠とその師匠、それに俺だけだ。
そしていずれも結局、寿命からの死からは逃れられても、外部的要因からの死からは逃れられなかった。
そういうことで、ジールを《
しかも、現存するのはジール一人になる。
レアだな。
こんなことを考えつつ、俺は周囲から補充すべき魂……つまりは、死霊を集め、分解していた。
断末魔の悲鳴を上げつつ、俺の手元に透き通った紫色の光のようなものが集まっていく様子は、客観的に見るともうまるきり悪の魔術師であろう。
死霊術、というのは客観的に見ると大抵がものすごくおどろおどろしいことをしているように見えるものなので、当然と言えば当然である。
ただし、実際にやっていることはそこまで残酷でもないのだ。
死霊というのは本来、この世に無念を残した魂の成れの果てである。
強い自意識や、思考というのは大抵保持しておらず、悲鳴をあげるのは自らが消滅することに対して本能的に叫んでいるだけだ。
放っておけばいずれ凝って害になることもあり、こうやって少しでも数を減らすのは生者のためにもなる。
そういった無念を残さなかった魂はどこに行くのかと言えば、はっきりとしたことは実は分からない。
冥界に行く、と言われているし、俺も限定的ながらその冥界に干渉する術は持っているが、果たして本当はどうなっているのかと聞かれると……。
まだ一度も行ったことがないからな。
行く方法がないのか、研究してみたこともあるのだが、結局無理だった。
やめておいた方がいい、と言われたこともあったし、普人族との戦いでも忙しくてそればかりにかかずらわっていられなかったというのもある。
今世ではまた、挑戦してみてもいいかもしれない。
「……よし、こんなところでいいかな」
十分に集まった死霊の分解されたもの……魂の素、ということで《魂素》とか言ったりするが、死霊術師の間でしか通じない概念だ。
これを持った手とは反対の手でジールの体に触れつつ、ジールの身に宿る魂の質や形を見る。
目で見るのではなく、心の目で見るのだが、これも身に付けるのは難しいことだな。
とはいえ、二百年もやれば誰だって出来るようになるが。
それだけやってもはっきりとこれだ、と分かるのではなく、水の中でものを見るように、うすぼんやりとそれらしきものが分かるというのに近いのだが。
魂が何か、というのは今の俺にも結局は詳しくは分からないことだ。
それに触れようとしたり、直そうとしたりするのは考えてみれば危ない話だが、死霊術というのはそういうものである。
改めて。
見てみたジールの魂は透き通っていて、美しかった。
中々にこういう魂は、ない。
どんな人間だとて、その魂には穢れが蓄積されているものだからだ。
もちろん、ジールの魂にもそういうものは、ある。
ただし、極めて少なく、またよく磨かれていて整理されているのだ。
強靭な意志と覚悟を持つ者特有の魂のあり方だった。
これなら、術も比較的楽に通るだろう。
穢れ切った魂だと、この術は難しくなるうえ、失敗しやすくなるのだ。
だからこそ、そこら辺の死霊術師が《
「……欠け落ちた月のごとく輝きを失わんとする生命の根幹たるものよ。その月のように光を取り込み、本来の姿を取り戻したまえ。我、そのための光をここに与えん……《
唱えると同時に、俺が左手に把持していた紫色の光の集合体がしゅるしゅると逆巻くように形を変えて行き、そして炎のように一瞬脈動すると、まるで生き物のように飛び上がってジールの胸元へと飛び込んだ。
「……ッ!?」
腹をくくっでか、俺のすることを黙って見ていたジールであるが、流石にそれには驚いたのだろう。
びくりとしたが、しかし避けることはしなかった。
それを出来るだけの力も残っていないだろうし、何よりその瞳にはぼんやりとした紫色のものが飛び掛かって来た、くらいにしか見えていないだろうからな。
それからしばらくの間、周囲は静寂に包まれる。
そして……。
「……っ!? うぐ……あぁっぁぁ!!!」
ジールが苦しみだした。
俺はそれを見て、祈る。
どうかジールが耐えられますように、と。
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