第133話 契約

「では、合意に至ったと言うことで……早速契約いたしましょうか。少しばかり驚くことがあるかもしれませんので、覚悟を決めて頂けますでしょうか?」


 俺がそう言うと、長女が尋ねてくる。


『ええと、それは……痛いことなの?』


「いえ、必ずしも痛みは……ただ少し衝撃があるかもしれません。まずは……ご主人にやっってみてもらって、それを確認して頂いてから、の方がいいかもしれませんね。それでいいでしょうか?」


 俺の言葉に父親が頷く。


『もちろんだとも』


「……では……あぁ、それと、皆様、自分の順番までに、名前を考えておいてもらえますか? 生前のそれですと、やはり色々と怪しいものですから……愛着があったら申し訳ないのですけど……」


『私と妻は構わんが……この子たちは……』


 特に長女はともかく次女の方は、三歳でいきなり名前を変えろと言うのもかわいそうな話だろう、というわけだ。

 まぁ、娘二人くらいなら同じ名前でも怪しまれることもないだろうし、別にいいか……。

 

「……それもそうですね。では……ご両親が名前を変えられるのでしたら、娘さんたちは生前のものでも大丈夫でしょう。そういうことで」


『分かった。それにしても名前か……改めてそう言われると、何も浮かばないな……』


 父親は悩んでしまったらしい。

 そこに母親が近づいて、


『私が考えてあげましょうか? その代わり、貴方は私のを考えて』


 そう言った。

 これに父親は頷き、


『それならばなんとか考えつきそうだ。それで頼む。では……なるほど。分かった』


 母親が耳元でその名を告げたようだ。

 俺は、


「では……契約に移りたいと思います。よろしいですね?」


『あぁ、覚悟は出来た。ひと思いに頼む』


「それでは……現界と冥界の狭間に揺蕩う者よ。今しばらくの間、その心を地に繋ぎ、我を鎖として留まり給え。今日より我は其の鎖となることを、其は我の力となることをここに約さん…………《死霊契約シャバブ・アクドゥ》!」


 リュヌと契約したとき以来に使ったこの死霊術。

 あのときと同様に、父親の足下に魔法陣が出現し、男を照らしていく。

 鎖は男を地面に縫い付けており、この部屋の外へと出られないように縛っていた。

 地縛霊とは常にこういうもの……薄くではあるが、魔法陣の光は母親や娘たちも照らしていて、彼女たちを縫い付ける鎖の存在も浮き立たせている。

 驚いて外そうとしているが、普通の方法で外すことは出来ない。

 死霊術師の力が無ければ……。

 俺は、父親を縛る鎖を魔法陣の力を借りて焼き尽くしていく。

 

『おぉ……!』


 体が軽くなっていくことが分かるのか、表情も明るくなっていく。

 そして全ての鎖が消え去ると、その直後、父親の胸元から黒色の鎖が引き出され、俺の胸に突き刺さる。

 刺さるときはそれなりに衝撃を感じるが、痛いものでもない。

 俺は冷静な表情で父親に言った。


「それでは、ここで名前を交換しましょう。それで契約は成立します……《我が名はアインベルク・ツヴァイン。この鎖を繋ぎ止める者》」


 鎖は俺の言葉に反応するように淡く輝く。

 そして父親は俺の言葉に頷き、


『……私の名前は、エスクド。エスクドだ。この名前を……貴方に捧げる!』


 そう叫んだ。

 盾を意味する古語だな。

 妻や娘たちを背中に守り続けた男に贈るにふさわしい名だろう。

 それと同時に鎖の輝きは強くなり、辺り全体を包むほどの大きさとなったとき、何かが弾けるような音がして……。

 そして、契約は成立した。

 俺の胸元とエスクドのそれを結んでいたそれは完全に霧散していて、エスクドは困惑したように自分の体を見ていた。


『……こ、これで……成立した……のでしょうか?』


 独り言のようにそう呟く。

 言葉遣いが変わったのは……無意識か意識的か。

 大体の場合、契約した死霊は大きな力の差がある場合、無意識に死霊術師に対して従おうとしてしまうため、敬語を使ってしまうことが少なくない。

 リュヌはふてぶてしすぎるのだ。

 俺はエスクドに頷き、


「ええ、確かに契約は成立しました。もうこの部屋に縛られることもないでしょう。自らの意思で、行きたいところに行くことが出来る……気分はどうですか?」


『とても良いです。生きていたときよりもずっと良くて、怖いくらいですが……』


「それは体がないから軽く感じるのでしょうね。ただ、その状態であまり動き回るとすぐにエネルギーがなくなって消滅してしまう可能性があります。体は後で用意するから、それまでは大人しくしておいてください」


『は、はい……肝に銘じます』


「それと……敬語は別に使わなくても構いませんよ。触れずにいてくれたのでしょうけど、見れば分かりますが私は五歳の子供です」


『……見た目通りなのですね。何か長命な種族なのかと……。言葉遣いは、なぜかこうしなければならないような気がして……』


「私と契約した影響ですね。しかし、無理はしなくても構いません」


『……いえ。これから貴方様が雇用主なのです。であれば、私は貴方様に敬語を使うべきでしょう。貴方様も、私に敬語はもう、おやめください。』


「……好きにしていただいて結構ですが……私の方もおいおいそれは変えていきましょう。それで、ご細君やご令嬢たちは、いかがでしょうか? 覚悟は決まりましたか?」


 後ろで一部始終を見ていた三人に俺がそう尋ねると、三人とも頷いた。

 今のエスクドに特におかしなところが見られないことから安心したのだろう。

 俺に対する態度が少しばかり変わったが……これくらいならば、というのもあるだろうか。

 何にせよ、そこまで後込みすることではない、という結論に至ったと言うことだろう。

 次女に関してはみんなが頷いてるから一緒に、という感じだろうな。

 あの年頃の子供は素直で可愛らしい……まぁたまに大人も驚く残虐性も見せたりするから手放しに純粋だとも言いにくいが。

 

 ともあれ……。


「では、三人ともこちらへ。やり方は見ていたとおりですので、複雑なことはありません。三人まとめてやってしまいましょう」


 そう言って、俺は呪文を唱え、エスクドのときと同様の手順で三人と契約した。

 その結果、母親はローズと、長女はシトロンと、次女はプリムラと名乗った。

 娘二人は目の色でその名前を選んだらしく、長女は美しいレモン色を、次女はサクラ色をしていた。母親の方は元々、そう言った由来の名前では無かったようだが、今回を機会に、彼女もまた目の色を基準とした名前をエスクドが考えたようだ。

 バラのようなはっきりとした赤色であり、なるほどわかりやすい、という感じである。

 これで全員としっかり契約できた……。

 と思ったところで、


「……あ! なんだよ、俺たちの負けか……」


「……もう見つけてるの……早すぎるの……」


 と扉の外からリュヌとネージュの声が聞こえた。

 どうやら俺が一番乗りであることに気づいたらしい。


「ちゃんと何か奢れよ、二人とも」


 そう言うと、二人はそろってがっくりと肩を落とし、それをたった今、契約を結んだ死霊四人が不思議そうに見つめていた。

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