第132話 交渉

『……体を……! そのようなことが、本当に……!?』


 目を見開く父親。

 母親も、長女も同様だ。

 次女は首を傾げている。


「はい、本当です。ただ、生前の姿のままですと色々と問題がございますので、その辺りは少しいじらせていただく必要がありますが……その他については生前と同様の生活をすることも可能です」


 食事も出来るし、睡眠も出来る。 

 成長……というか、自然な老化はしないが、自らの意思で徐々に成長、もしくは老化しているように変化させていくことは出来る。

 リュヌが実証済みだ。

 また、人として重要なところ……子供を残すことが出来るかどうかだが、これもまた、望めば可能だ。

 その場合、生まれた子供が不死者に……などということはなく、普通の人間として生まれる。

 その子供が誰かと子を成した場合も、それを何世代も続けた場合も問題ないことはかつて確認しているのでそれも大丈夫だ。

 そんなような話をすると、やはり四人ともどこまでも驚いたようで、


『……それは……すごい……』


 と感嘆の声を上げたが、父親と母親は冷静だった。

 父親が言う。


『しかしだ。それだけのことをしていただくからには……雇用する、という以外に何か他にも過酷な条件があるのではないか。貴方は死霊術師だという。死霊術師といえば、死した人の魂を縛り、呪い、使役するものだとも……。我々もそのように扱われるのではないか』


 それは、現代の世の中の常識である、らしい。

 俺も本でいくつか読んだ。

 ただ、死霊術師が実際にどのように死霊術を使い、どのように人の魂を扱うかという点についての記述はほとんどなかった。

 イメージだけで卑下されている、そんな感じの記述ばかりだった。

 つまり、死霊術師の実態、というものを現代の人間はほとんど知らないのだろう。

 まぁ、そもそも昔だって普人族ヒューマンは死霊術師のなんたるかをほとんど知らなかったからな。

 だからこそ、俺は魂を冒涜する者として殊更に恨まれたわけだ。

 それに、俺が学なんだ死霊術師一派の思想が穏当だっただけで、普人族ヒューマンのイメージそのものであるような死霊術師一派というのも間違いなくいた。

 だから必ずしもその考えは間違っていると笑えはしない。

 リュヌが毒をもらった死霊術師だとて、結構な外道だったようだし現代人的にはこの父親のいうような話の方が正しいのかも知れなかった。

 だが、少なくとも俺は違う。

 俺は説明する。


「確かに、そのような死霊術師もいるでしょう。しかし、私は違います。私が師より学んだのは、死霊を粗末に扱わず、敬い、尊べということです。それが出来ないものはいずれ死霊に呪われ、惨い死に様を迎えるだろうとも。私はその考えのもと、多くの死霊と接してきましたが……今でも、その師の考えに従って生きております。皆様が仮に私に雇用される道を選んだとしても、粗末に扱うことはございません……」


 それは、本心からの台詞である。

 しかし、死霊の意思を必ず尊重してきたか、と言われるとそこは反論できなかったりする。

 戦時中は力尽くで従わせたこともあったし、若干悪辣とも思える方法でそうしたこともあった。

 若気の至りである……と今なら言いたいが、正しい行いだったとは言えないだろう。

 けれどそれでも、俺はいつだって死霊に敬意を表してきた。

 そのことは事実だと言える。

 だからこそ今回も、そうするつもりで……そしてかつてのように切羽詰まった状況でも亡いため、彼らの考えは可能な限り尊重するつもりでいた。

 そんな俺をじっと見つめて、その言葉は嘘ではなさそうだ、と理解してくれたのか、父親がしばらくした後に言った。


『……話は、分かった。そういうことなら……私はこの方を信じて構わないと思う。もう一度、家族として……この世界で生きていけるのなら、私は……!』


 母親も頷き、


『貴方がそう言うのなら、私も……。それに、この子たちは、もっと生きられたはずだもの。私たちはともかく、この子たちにもう一度チャンスがあっても、いいと思うの……』


 そう言って子供たちを見た。

 すると長女が、


『お母さん……私は別にいいの。最期は殺されてしまったけど、それまでは楽しかったから。でも……この子は……』


 と悲しげな目で次女を見る。

 次女は三歳ほど。

 そんな年で命を無残に断たれるというのは、本当に惨い話で……なんとも言いがたいものがあるのだろう。

 ただ、それでも次女は微笑みつつ、他の家族三人を見ている。

 この中で一番、恨みに染まっていなかったのは、この娘だった。

 小さく、何も分かっていなかったのだとしても、その魂は澄んでいたのだと分かった。

 それから、次女を除く三人は視線で話し合い、それから頷いて、父親が代表して俺に言った。


『……それでは、二つ目の選択肢の方をお願いできないだろうか。貴方に、雇用される、という道を……』


「……本当に、よろしいのですね? どれくらいの期間、地上に縛られるか本当に分からないのですが……」


『構いません。しかし……娘たちについては、ある程度の自由を与えていただけないでしょうか。私と妻は、いくらでも働きます。ですが娘たちは……』


 若干、躊躇していたのはその辺りに理由があるらしかった。

 俺としては、別に全然問題ない。

 というか、そんな馬車馬のごとく働かせるつもりはないのだ。

 心配を取り払うため、細かい労働条件を言う。


「私が皆さんに期待しているのは……別に奴隷のようなことではありませんから、あまり心配なさらずとも大丈夫です。ご主人は、そうですね……この屋敷の執事のような立場として、ご細君は家事全般を取り仕切る女中頭のようなものを、お二人のご令嬢方には、私たちの連れの子の、話し相手を務めて頂きたい。そんなようなものです。もちろん、休憩やお休みは普通に……というか、むしろ普通よりも多くなるかと」


 俺やリュヌ、ネージュがここにいる間だけ、そのような仕事をしてほしいだけで、誰もいなければ普通に彼らの家として使ってもらってて全く構わないのだ。

 だからそんな条件になる。

 それを聞いて三人は驚いたようで、


『本当にそれでいいのだろうか……!?』


 そう言ってきたので、俺は頷く。

 ただし、一つ付け忘れた話があったので、それは言っておく。


「ええ、もちろん。ですが……皆さんと正式に契約する際には、私が死霊術師であることなど、いくつかの点について、許可無く他言できないように縛鎖をかけさせていただくころになります。それだけは、ご了承頂ければ……あぁ、もちろん、何か無体なことを要求するつもりはありません。いかがでしょうか?」


『それは……理解できる。縛鎖とは、恐ろしいもののようにも聞こえるが……私たちはもう、貴方を信じると決めた。どうか、その条件でお願い出来ないだろうか』


 父親がそう言い、母親と長女も同様にした。

 そして、三人を見て、ちょこり、と次女も真似をするように頭を下げる。

 微笑ましいものを感じながら、契約が出来そうだと俺はほっと胸をなで下ろしたのだった。

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