第5話 父母の事情

「……そうか、お前は見たことがないものな。メイドというのはだな、なんというか……家事を手伝ってくれる女性のことだ」


 テオが言ったのはかなりかみ砕いた表現であり、正確には色々と違うだろう、という説明である。

 だから俺は尋ねる。


「じゃあ、ユリクさんもメイドさん?」


 これにテオは首を横に振って、


「いや、そうではないな……確かにあの人もたまにうちに来て家事は手伝ってくれるが……アレクシア」


 テオは子供の純粋な疑問に、なんと説明したらいいものかわからなくなったらしく、情けなく妻にその任を託す。

 アレクシアはふふ、と笑って、俺に言う。


「そうね、アインの疑問はもっともよ。メイドさんっていうのは……そういう職業なの。わかるかしら、職業?」


「ええと、王様とか、お花屋さんとか?」

 

 俺に馴染みがあるのは魔王様とか葬儀屋だが、流石にそんな例を出すわけにも行かない。

 至極穏当なものを言ってみる。

 するとアレクシアはうれしそうに頷き、


「そうそう、その通りよ。そういうもののうちの一つに、メイドがあるの。この村では見ないけど……大きなお屋敷には必ずいて、お屋敷の主人に仕えて、家事をするのよ。この説明で、大丈夫?」


 ……まぁ、これでも厳密な説明とは言えないだろうが、テオのそれよりは遙かにマシというものだ。

 それに別に俺はメイドのなんたるかをその詳細まで知りたくてこんなことは尋ねているわけではない。

 そうではなく、主題はテオの実家だ。

 俺は言う。


「じゃあ、父さんが子供の頃は、大きなお屋敷に住んでいたってことなの? どうして今はメイドさんのいない、ここに住んでいるの?」


 これくらいなら、聞いても問題ないだろう。

 どれも、たった今、得た知識から出る自然な疑問だからな。

 これにテオはアレクシアと顔を見合わせ、頷くと、


「……そうだな。昔は俺も大きな屋敷に住んでいたんだ。だが、ちょっと……父さんの父さんと喧嘩してしまってな。そのまま家を出てきてしまったんだ」


 そう答えた。

 だいぶ衝撃的というか、貴族なのに大丈夫なのか、それは、と思ったが、ここでアレクシアがフォローを入れる。


「すぐに仲直りしたでしょ。というか、よく話し合わずに家出して来ちゃっただけで……あのときは私も、驚いたのよ。でも、何度か、私が手紙を送って、話し合いの席を設けたら、話はとんとん拍子に進んだの」


「話って?」


 俺がよくわからなかった部分を尋ねると、今度はテオが答える。


「アレクシアとの結婚の話だ」


「じゃあ、喧嘩した理由も?」


「そうだ……といっても、アレクシアは全く悪くないぞ。悪いのは、俺だ。当時、父さんは父さんの父さん……親父と、本当に仲が悪くてな……。俺は二人目の子供だから、家を継がなくていいと思って、色々好き勝手やってたんだ。そんなとき、アレクシアに出会って……まぁ、求婚して。で、オーケーをもらったまではよかったんだが、それを父さんの母さん……お袋にだけ報告したら、どこかから親父の耳に入ってしまった。それで、親父は激怒して、お前の結婚相手は私が決める、とか言い始めて……そこから大喧嘩だ。あとは、アレクシアの言ったとおりだな。家出して、アレクシアとお袋に取りなしてもらって……」


 自分の父ながら、アレクシアとの結婚に際してずいぶんな無茶をしたらしいとそれでわかった。

 ある意味男らしいと言えなくもないが、もう少しやりようがあったのではないか、と思ってしまう。

 父も若かったのだろうとは思うが……今も若いか。

 年齢は27だという話だからな。

 母は24だと聞いたから、結婚したときは21と18ということになる。

 うーん、早いのか遅いのかは微妙だ。

 魔族的に言うと文句なく早い、となるのだが、普人族ヒューマンとなるとな……。

 いまいち感覚がわからない。

 

 それにしても、テオがそんな風に実家と仲が悪かったからだろうか。

 俺は今の今まで、自分の祖父母と会ったことがない。

 母方も、父方もだ。

 それについては、どちらも死んでいるか、会いにくい理由があるのだろうとあえて尋ねてこなかったが、これもいい機会である。

 聞いておこうと思った。


「今も、父さんは父さんの父さんと仲が悪いの? だから、会いに来ないの? それに、母さんの父さんと母さんは? やっぱり、仲が悪いの?」

 

 これにはアレクシアが答えた。


「いいえ、そんなことはないわ。どちらも、来ないのは忙しいからね。お父さんのお父さんは伯爵位をお持ちだし、私の両親は、王都の方に本邸と仕事があってね。ここは、うちが先祖代々持っていた土地なんだけど、私が昔、病弱だからって小さな頃からここで育てられてね。愛着があったから、結婚を機にそのまま、もらったのよ」


 伯爵位、と来た。

 それは貴族の中でもかなり高位に分類されるだろう。

 なるほど、父に教養が垣間見えるのには納得である。

 それに母も……王都に本邸がある、という。

 母の教養もそのあたりに裏付けられたものなのだろう。


「それに、こちらから会いに行かないのは、アイン、貴方の年齢がまだ、幼かったからよ。流石に、五歳にもなっていない子供を馬車で何日も運んだら、調子が悪くなってしまうものね。それに……大きくなるまでは、あまり五月蠅い環境に置きたくなくて……」


 だんだんと愚痴のようになってきた母の台詞だが、これは俺がそこまで背景とかを理解できるとは思ってなかったからこそのものだろう。

 すぐに母は、明るい口調になって、


「でも、そろそろ、アインも馬車に乗れる年になったわ。私のお父さんとお母さん、それに兄さんにも、テオのお父さんとお母さん、それにお姉さんにも会いに行ってもいいかも。どう、アイン。会いたい?」


 そう言った。

 内容としては話の流れからして、おかしくはなかったのだが……唐突にもう一つ、情報が追加された。

 どうやら、テオには姉が、アレクシアには兄がいるらしい。

 てっきりテオは次男かと思っていたが、よくよく思い出すと、テオは次男とは言わず、二人目の子供と言っていたな。

 姉の方が家を継いだ、ということだろうか?

 まぁ、まだ祖父母とも生きているようだし、そちらが現役で、あくまでも継承予定、ということなのかもしれないが。

 とはいえ、色々と疑問は発生したが、それでもアレクシアの質問に対する答えは一つだ。


「うん。会ってみたいな」

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