第10話 滞在

 テオとアレクシアが言うには、ハイドフェルド家への滞在は、おおよそ一月程度を予定しているとのことだ。

 少し長い気もするが、五年間、一度も訪ねてこられなかったため、少しでも長く、ということなのだろう。

 あまり長居すると迷惑ではないか、と俺のような年寄りは思ってしまうのだが、祖父エドヴァルトと祖母オリヴィアの反応を見る限り、心から歓迎してくれているようである。

 特に孫である俺が滞在することをだいぶ喜んでくれているようで、


「何か欲しいものがあれば何でも買ってやろう」


 と祖父が言えば、


「行きたいところがあれば言うのですよ。どこへでも連れて行ってあげますからね」


 と祖母が続けるような有様だ。

 まさに孫を甘やかすおじいちゃんおばあちゃんである。

 これが通常の家庭であれば……たとえば、レーヴェの村の村人とか、フラウカークの町人でもそうだろうが、何でもと言っても限界はあるに決まっているし、どこでもと言われてもあまり遠くへはちょっとね、という話になるだろう。

 けれど、エドヴァルトとオリヴィアは、そんな一般家庭とはかけ離れた財力と権力を持つ、伯爵家の人間なのである。

 下手なことを要求すれば、本当に叶えかねず、あまり冗談は言えない。

 具体的に言えば、僕、広ーいお家が欲しいなぁとか言えば一等地に屋敷を建てそうですらあるし、飛空船で世界一周がしたい!と言えば飛空船を一隻、専用に購入しかねないのだ。

 別にどちらもあって困るものではないが、そんなもの五歳の子供に送られても問題である。

 孫としてのおねだりは控えよう、と心底思った俺だった。


「……しかし、この部屋の広さは慣れないな……」


 朝、目覚めて周囲を見渡す。

 すると、まず目に入るのは、豪奢な天蓋付のベッドだ。

 さらにその外側には、とてもではないがこの年齢の子供が使うにしては広すぎる部屋が広がっている。

 並べられている調度はどれを見ても高級品であることが一目で分かるが、しかしかといって華美すぎるということもなく、品よく部屋を彩っているように思える。

 このハイドフェルド伯爵家に滞在するにあたり、俺に与えられた部屋がここだった。

 テオとアレクシアは、俺も二人と同じ部屋で寝ればいいと主張したのだが、エドヴァルトが流石に五歳にもなって一人で寝れないと言うのは自立心を育てるためにもよろしくない、確かに小さな村であれば部屋数とか、安全性などを考えれば親子で共に眠るというのは普通かもしれないが、ここハイドフェルドの屋敷は部屋数も安全性も何の問題もないのであるから、別々に眠るように、と言ったのだ。

 まぁ、分からないでもない話だ……別にレーヴェの村でも一緒に寝ていたわけではないのだけどな。

 赤ん坊の頃から、しっかりと首が据わってから、三歳くらいまでは一緒に眠っていたが、その後は一人で眠らせてもらっている。

 アレクシアはいやだったようだが、そこは泣いたり駄々をこねたりして、この子は一人で眠った方がいいのね、という方向に持って行くように画策し、そしてその企ては成功した。

 だからこそ、今回の滞在で、アレクシアは家族三人で眠ることに少しばかりこだわりを見せていたのだろうが、最後にはあきらめた。

 レーヴェの村からここ、フラウカークに来るまでの間、いくつかの宿場町を経由してきたが、そこではしっかり親子三人で眠っていたわけだし、ある程度は満足したということだろう。

 俺としては、別に絶対に嫌だとまでは言わないが、やはり眠るときは一人の方が落ち着くからな。

 ありがたい提案だったと言える。

 ちなみに、エドヴァルトの提案は彼のみで考えたもの、というわけではなかったようで、後でオリヴィアがアレクシアに、何事か耳元でつぶやき、少しばかりアレクシアが赤くなっていたことで色々と察した。

 弟が妹がそのうちできるのかもしれないな……。


「しかし、それにしても体がなまってきたな……」


 ベッドから起きあがり、体を伸ばしたりひねったりすると、バキバキとした音が体から鳴る。

 一日眠ったとは言え、長旅で体の筋が堅くなっているようだった。

 レーヴェの村にいたときは、毎日色々なところを歩き回っていたから、こんな風になることはあまりなかったのだが、やはり、人間の体というのは魔族のそれと比べると色々と弱いのだなと思わざるを得ない。

 少しは体を動かしておいた方がいいだろう。

 幸い、バルコニーから外に輝く太陽の位置を見る限り、朝食まではまだ少し時間がありそうである。

 ここ、ハイドフェルド家の屋敷は大きく、中庭があって、軽い運動くらいならそこで出来そうだったのを覚えている。

 俺はそこに向かうことに決め、とりあえず動きやすい服装に着替えた。


 ◆◇◆◇◆


 中庭に近づくと、意外にもそこには先客がいたようだ。


 ーーカァン! コォン!

 

 という、木材同士をぶつけ合うと鳴る、鈍い音が耳に聞こえてきた。

 遙か昔、魔王軍の訓練場でよく聞いた音だ。

 といっても、大半が金属の真剣で訓練をしていたので、こういう音を鳴らす武具……木製の剣や槍で訓練をしていたのは、入隊したての新人たちくらいだったけどな。

 多少の怪我くらいは回復魔術でどうにでもなるし、腕が吹き飛ぼうが高位の回復術師がいればそれだって生やすことも出来るのだから、わざわざ安全性など考える必要などなかった。

 翻って、人間のその辺りの事情がどうなのかは分からないが、今聞こえてくる音から察するに、そこまで優れた回復術師は珍しいのかもしれない。

 そうじゃなければ、普通に真剣で訓練をするだろう。

 その方が実践的だからだ。


「……ん? あぁ、アインか。どうした? 目が覚めたのか」

 

 中庭にたどり着くと、そこにいたのは父、テオと、門番長のマルクであった。

 二人の手には木製の剣……木剣が握られていて、模擬戦でもしていたのか結構な汗をかいている。

 テオの方は肩で息をするほど疲労しているが、対してマルクはうっすらと汗が浮かんでいるくらいなので、なるほど、実力のほどはマルクの方が遙かに上なのだなとそれで分かる。

 かなりの老齢なのに、まだ働き盛りの若者である父と戦ってここまでの余裕があるというのは凄いものだ。

 王都の闘技大会優勝というのは伊達ではないようである。

 

「うん……体がバキバキするから、ちょっと体を動かそうとおもって。でも、邪魔かな?」


「あぁ、俺と同じ発想だったな。馬車で体を固定してると、筋が固まって痛いもんな……別に邪魔じゃねぇぜ。だが、ここで出来ることなんて大してねぇが」


 父がそう返答してくるが、別にそこまで本格的に体を動かすつもりはない。

 せいぜい、少し走ったり伸びをしたりとか、その程度のつもりだった。

 けれど、マルクが、


「……ふむ。でしたら、アイン殿も訓練されますかな? 我が孫も、そろそろと思って剣術を教えておるのです。アイン殿がここフラウカークに滞在されている間、ちょうどいいライバルになってくれるとありがたいのですが……」


 と言ってきた。

 テオはマルクの話を面白そうに聞き、


「ははぁ、そりゃいいな。アイン、やってみろよ。なに、怖がることはねぇ。マルクは剣術に関しては達人も達人、教え方を間違ったりしねぇからよ……ちょっと厳しいが」


 最後に不穏な一言を付け加えたテオである。

 これを断るのはたやすいし、まぁ、受け入れてくれるだろうが、現代の剣術、というものにも興味があった。

 俺が身につけているのは、魔族の、それもかなり古いものに当たるからな。

 人間の剣士とは結構戦ったことはあるにはあるが、俺が死んでからどれくらいの月日が経っているのか分からないが、それなりに時間が経っているのは明らかだ。

 昔のそれとは異なる部分が色々あるはずで、それを知っておくのは必要なことだと思う。

 だから、俺はテオとマルクに言った。


「じゃあ、やってみる!」


 この言葉に、二人は頷いて、微笑んだのだった。

 

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