第215話 決着

「……呻き声もあげる間もなく死ぬがいい!」


 槍を振りかぶりながらそんなことを叫ぶアラッドであるが、俺は呆れた。

 その動きの全てが俺にとっては観察しやすいもので、しかも余計な口など聞いていてはさらに速度は下がるというもの。

 槍が俺の直前まで来た頃には剣で弾ける程度のものとなっていた。


「なっ!?」


 俺にとっては至極当たり前のことだった。

 もちろん、この五歳児の体の身体能力と、覚えたての気の力のみでは戦えない相手である。

 したがって、俺はこの身を魔力によって強化していた。

 つまりそれは、かつて身につけた魔族の剣技。

 《幻剣》の技を振るっているということだ。

 実戦においては久しぶりに扱う剣技ではあるが、訓練はずっと続けていた。

 それにかつては何度となく振るった技だ。

 使い方はまさしく体が覚えている。

 ただ、そんなことなど露とも知らないアラッドは驚愕の声を上げていた。

 顔は完全に覆われた鉄仮面を身につけているため、その表情はまるでわからないが、その声と動きで動揺は伝わってくる。


「なんだ? 今のようにいなされたことがなかったのか? ……今度はこっちからいくぞ!」


 俺が地面を踏み切り、低い位置から距離を詰めると、さすがは槍聖を名乗るだけあってアラッドはその接近に気づく。

 とは言っても俺に弾かれた槍を引き戻す動作が間に合っておらず、次善の手として石突き側でもって突いてきた。


「ぬぉぉぉぉぉ!!」


 とっさの判断としてはもちろん悪いことではない。

 悪いことではないが……。

 

「いささか相手が悪いかも、な。このくらいの槍使いなら、かつて何人も死合ってきたさ……」


 俺はその石突きにより付きをすり抜け、さらに一歩、アラッドの懐へと踏み込む。

 そこにはアラッドの大きな隙があった。

 もしかしたら本人としてはそうは思っていないかもしれない。

 彼の腹部は大きな的ではあるもの、全身鎧を身に纏っているから半端ではない防御力を誇っているだろうから。

 たとえ剣の一撃を喰らったとしても耐え切れる。

 そんな自もあるのかもしれない。

 気や魔力を込めた一撃は金属製の防具すらも時には切り裂くものだが、そこまでの使い手には中々出会うこともない。

 だからこそ、高を括っているのだろう。

 だが、俺には……《幻剣》には、それくらいのことは可能にする技術がいくつもある。

 たとえば、これだ。

 体以外に、武器にも魔力を流し、さらに魔力による強力な刃を付与する技術……《魔刃まじん》。

 使い手の魔力によっては、切り裂けるものの硬度に際限はない。

 事実、開祖である屍祖ライドーはこの世に存在するあらゆるモノを斬ることが出来たと言うのだから。

 師匠と、そしてその師匠……つまりは本人から聞いた話だから事実だ。

 実際に何でも切れるところを見せてもらったわけではないが、あの人たちならそれくらいやっても別におかしくはない……。

 

 俺は、といえば流石にそこまでの境地にまでは至っていない。

 しかし《剣魔》の称号は曲がりなりにも継承させてもらったのだ。

 目の前の鎧騎士の纏っている鎧が、切り裂けるかそうでないかくらいは、正直なところ見ればわかる。


 そして結論としては、斬れる、と判断した。

 だから防御するつもりがまるでないことは俺にとっては僥倖である。


 俺の剣は吸い込まれるように鎧騎士の腹部へと横薙ぎの形で入り込んでいく……はずだった。

 しかし……。


「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ!」


 と、唸り声を上げながら、鎧騎士は自分の腹と、俺の剣の中間地点に自らの腕を挟み込んできた。

 俺の剣はその腕の肘から先を切り落とし……けれど、腹部までは進む勢いを失う。

 進めてもよかったのだが、さらにその先には槍が差し込まれていたから。

 やはり、この鎧騎士はいい判断をしている、と感じ、俺は一旦剣を引いて、仕切り直すことにした。


 この間、ほんの数秒ほどしか経っていないまでも、鎧騎士はしっかりと俺の実力を理解したらしい。


「……馬鹿な、と叫びたい気分だ。こんなところに、貴様のような戦士がいるとはな!」


 落ちた腕をヒョイ、と拾い、そう言った。

 拾う瞬間を狙っても良かったが、流石にそれは情けがなさすぎかと思い、やめておく。

 ただ、拾ったところで意味はあるのだろうか。

 治癒術で治すことはできなくはないだろうが、今すぐにできることとは思えない。

 俺ならば一分も経たず治すことは可能だが、そこまでのことが出来る治癒師と言うのは今ではかなりの少数だということを俺は常識を学んで知っている。

 それなのにどうして。


 という俺の疑問は次の瞬間、解消されることになった。


『……!? 気配が……!!』


 女王ロサが後ろからそう叫ぶと同時に、鎧騎士の体が陽炎のように薄くなっていっているのが見えた。

 気配もまた、彼女の言う通りなくなっていく。

 なるほど、つまりは逃げるわけか、とそれで理解した。

 流石にこれは予想外というか、転移系魔術についてはかなり難しいので今の時代の誰かが実現しているとは思ってもみなかったが……いや、あれはあの鎧騎士の特性によって出来ているだけかな?

 まぁ、それでも大したモノだ。

 流石に俺の洞窟拠点に置いてあるもののような超長距離を結んで転移しているということもないだろうが、この森ファジュル大森林のどこかに転移しようとしているとして、今の状況では流石の俺にも追跡することはできない。

 色々なものの気配が強すぎるからだ。

 どうにか転移をやめさせられないかと、俺はアラッドに言ってみる。


「おい、逃げるのか? 尻尾巻いて」


 それは挑発だった。

 このアラッドのような男は最もそのような、自分を馬鹿にされる行為を嫌うだろう、となんとなくわかるが故の。

 普通、正々堂々と闘うもの同士ならそんなことはやるべきではないだろうが、そもそも俺は出自が出自だ。

 魔族というものは使えるものはなんでも使う主義で、戦士としての誉れがどうこうとか言うのは、豚鬼とか巨鬼オーガとかの堅物くらいだった。

 それでも最低限のマナーくらいの持ち合わせはあるが、アラッドに対してはそのようなものは必要ないだろう。

 実際、アラッドは俺の言葉に、


「……逃げるわけじゃねぇ! 今回は、勝負を預けておくだけだ! 次見えた時が、お前の死ぬ時だ!」


 と大音声で言い返してくる。

 

「どれだけ立派なこと言おうと、お前は結局逃げるんだろう……情けないやつだな。まぁ、いい。その次とやらが来るのを楽しみにしているよ。その時死ぬのは、お前だけどな」


 俺が言い終えたあたりでアラッドの姿は完全に消滅した。

 最後にもう一度言い返したそうだったが、消える直前を狙って言葉を切った俺の性格の悪さの勝ちだ。

 しかし……。


「結局、取り逃してしまったな。残念だ」


 今回は、アラッドの方がいい判断だった、ということになるだろう。

 負け方を知っている敵というのは面倒なものだ。

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