第214話 自爆

 結界の内部に入ってから、何体もの精霊と邪精霊が戦っているところに出遭った。

 俺とカーで助力できるところには助力し、また邪精霊のみがいる場合には目につく限り滅ぼしていった。

 そして、そろそろ大聖樹に辿り着くか、と言うところで再度、精霊と邪精霊が戦っているのを見つけたのだが、その瞬間、大聖樹の方角から強力な力の律動を感じた。


「……カー」


「あぁ、感じた。これは急がないとまずそうだぞ。だが、そこに見える精霊を見捨てることもできん。だから、こちらは俺が対応するから、アイン、お前は急げ」


「わかった。その方がいいだろうな。心配はいらないと思うが、死ぬなよ」


「誰に言っている。この程度の邪精霊にやられる俺ではないわ」


 カーはそう言って、精霊たちの方へと走り去っていった。

 俺はそれを軽く見送りながら、大聖樹へと急いだのだった。


 *****


「……どうやらここまでのようだな?」


 鎧騎士が槍を首筋へと突き付けながら、ロサにそう言った。

 ロサは苦しげな様子で、


「まだ、私は……負けていません!」


 と言い返すも、状況から見て決着がついていることは明らかだ。

 しかし、ここでロサが負けると言うことは、大聖樹がこの鎧騎士の、ひいては邪精霊の手に渡ると言うこと。

 それは絶対に避けなければならないことだ。

 けれど、だからといってこの状態のロサに一体何ができると言うのか。

 槍を持つ手にももはや力が入らず、精霊術を扱おうにも体に残った力はほんのわずかだ。

 対して、鎧騎士の方は全く疲れが見えず、まだまだ余裕である。

 実際、鎧騎士は詰まらなそうに、


「精霊の女王だというから、もう少しやれると期待していたんだがな? 強がりを言うことしかできないとは……拍子抜けにも程があるぜ」


「貴方は……何者なのです!? 一体何のためにこんなことを……」


「知りたいか? 冥途の土産に教えてやってもいいが……いや、何も知らないまま逝かせる方が面白いか。どうせ、ここはもう滅ぶ。精霊も皆、消滅する。今更何を知ろうと意味なんかねぇよ……」


「貴方はどこまで……!」


「じゃあな、精霊の女王。来世に期待……はできないか。精霊は消滅すればそれが終わりらしいし。では、さようならだ」


 鎧騎士はゲタゲタと笑い声を上げながら、ろさの胸元を突くために槍を引く。

 あれを避けなければ終わりだ。

 そう分かっているのに、体は言うことを聞かない。

 やはり限界なのだ。

 ここで、終わりか……。

 諦めて、しかし最後にせめて一矢は報いたいと、自らの存在全てを犠牲にして放つ自爆術を構成し始めたところで、


「……!? そうはさせねぇぞ」


 鎧騎士の槍の速度が上がった。

 気付かれたようだが、これが成功すれば相討ちには持っていける……そう信じ、素早く構成を組み上げたロサ。

 そして、発動……。


 と思ったのだが、


「いや、ちょっと待った。流石にそれはよしてくれ。結界内の精霊全部吹っ飛ぶじゃないか」


 突然、目の前からそんな声が響いた。

 それと同時に、確かに綿密に組み上げたはずのロサの自爆術が完全に霧散してしまった。

 まずい、これでは鎧騎士にとどめを刺されてしまう……。

 即座にそう思ったのだが、しかし待てど暮らせど、一向に鎧騎士の槍が襲いかかってくることはなかった。

 よくよくロサが観察してみれば、目の前に現れた人物、その向こう側で、鎧騎士の槍は完全に静止させれていた。

 何か、盾のようなもので防御しているわけではなく、そこには何もないのに、空間の中に縫い止められている感じというか。

 おそらくは何らかの魔術によるものだとは思ったが、ロサにはその魔術の構成を見抜くことができなかった。

 

「貴様……っ!? 何者だ!」


 鎧騎士が、自らの攻撃を止めた相手にそう誰何する。


「俺? 俺は見ての通り、普人族ヒューマンの子供だよ。御年五歳の可愛い盛りだ」


 馬鹿にしたような台詞だが、しかし、実際にその少年は自分で言った通りの見た目をしている。

 身につけているものはそこらの村の子供が身に着ける、麻の普段着であり、身長も低く、顔立ちも幼い。

 黒目黒髪という比較的珍しい組み合わせのパーツを持ってはいるようだが、目立つのはそれくらいで、特別なところがあるようにはまるで見えなかった。

 しかし、ロサは知っている。

 彼は、あの浮遊島の主だ、ということを。

 まさかこのタイミングで現れるとは意外だったことに間違いないが、しかし非常に安心出来た。

 彼がどれだけの力を持っているのか、その正確なところはロサも知らない。

 しかしその心根に邪悪なところはなく、ロサの頼みを快く受け入れてくれた人物だ。

 援軍と考えていいことに間違いはないと確信できるからだ。


 対して鎧騎士の方は激昂して、


「ふざけているのか!? お前のような普人族の五歳児がいるか! その見た目は……幻術か何かで誤魔化しているな? それともそういう種族か……?」


 そう尋ねる。

 敵ながら、確かにそう考えた方が自然であろうな、とロサもつい頷きたくなった。

 普通なら、こんな少年がいるとはとても思えないからだ。

 ロサとて、一度しっかりと浮遊島で相対していなければ、頭を抱えただろう。

 少年は呆れたように言う。


「何一つ嘘なんかついてないというのに……幻術も使ってないし、種族も本当に普人族だぞ」


「普人族の子供が一体どうやって俺の槍をこうして受け止められると言うのだ? この槍聖とまで言われたアラッドを!」


「槍聖? アラッド? それがお前の名前か。うーん、聞いたことがないな……」


「お前……どこまで俺を馬鹿にする!?」


 槍聖アラッドの名前を、ロサは聞いたことがあった。

 もしそれが本当だと言うのなら、ロサが押し負けたことにも納得がいく。

 疑問があるとすれば、どうしてそんな人物がこんなところに邪精霊と共にやってきたかだが……それこそ聞いても答えてはくれないことだろう。

 それに、今、少年とアラッドの会話に口を挟むのは危険な気がした。

 

「馬鹿になんてしてないって……まぁ、それはともかく、だ。これからどうする? あんたの槍は俺に止められてまるで動かないんだが? もう言い残したことはないか? なかったら終わりにするが……」


 さらりと言った少年の言葉に、アラッドは、


「終わりにする、だと……貴様……俺がこの程度の、この程度の拘束で、動けなくなるはずなど、ないだろうがぁぁぁぁ!!!」


 と激昂しながら、体全体に力を入れた。

 するとその瞬間、パンッ、と何かが破れるような音と共に、アラッドの縫い止められていた槍が自由になる。

 それを見た少年は少し感心したように、


「へぇ、このレベルの拘束を解ける戦士が今の時代にいたんだな……まぁ、しかしそう言うことなら、やるってことでいいか?」


 どこから取り出したのか、少年は手に剣を持って構えていた。

 それを見た鎧騎士はロサに対するものとは異なる、どこか嬉しげな、しかし怒りの込められた声で、


「お前は必ず、この俺の手で殺してやる……覚悟はいいな!?」


 そう叫び、地面を蹴ったのだった。

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