第216話 正体

『あなたは……あの浮遊島の主さま、でいらっしゃいますよね?』


 鎧騎士の気配が完全に消滅したところで、ロサが後ろからそう尋ねてきた。

 俺は振り返って答える。


「見れば分かるだろう? 流石に見た目は変わっていないはずだが……」


 するとロサは慌てた様子で、


『い、いえ! 容貌はもちろん覚えておりますとも! ですが……まさかこれほどの力をお持ちとは、思ってもみなかったので……大変驚いております』


「あの浮遊島の魔力と俺の魔力を同質のものと見たのだと思ったが……」


 だから、ロサには俺の力がある程度予測がついているものだろう、と思っていた。

 しかしそうではないらしい。

 ロサは言う。


『確かに、あなたの魔力について、浮遊島のものと同質だ、と言うことは理解できましたが、その総量については私には……。むしろ、漏れ出る魔力から普通の子供と同程度かもしれない、と思っていたくらいで』


 そう言われて、俺は理解する。


「あぁ、そういえば、普段は魔力を隠蔽していたな。村人対策……と言うか、親父対策に。それじゃあ、これでどうだ」


 そう言って俺は魔力の隠蔽を解く。

 するとロサは、


『……なっ!? こ、これは……とてもではありませんが、普人族ヒューマンの子供が持てるようなものでは……いえ、それどころか竜種すらも凌駕して……』


 話しながら、怯えているように見えたので俺は再度、魔力に隠蔽をかける。

 

「まぁ、そう言うわけでだ。俺はちょっと普通とは違う。もっと早く言えば良かったな。今回のことで、精霊にもかなりの被害が出ているだろう?」


 そうすればロサが俺に直接頼ってきたかもしれない。

 俺としては、よその土地のことにあまり首を突っ込むのも良くないと思ってこちらから言い出すことはなかった。

 精霊などは特に自らの住処の問題は自らの手で解決する、と言う志向が昔は強かったので、その感覚で対応していたのだ。

 だが、今のロサの様子を見る限り、そういうこだわりは昔の精霊たちほど強くはないように感じる。

 意外に若い精霊なのかもしれない・

 精霊の寿命について、かつてはほとんど存在せず、ただ時間の経過とともに擦り切れて消滅していく、と言われていたが……彼らの一生は意外に短いのかもしれなかった。

 もちろん、それでも普人族のそれに比べたら遥かに長いだろうが。

 肉体を持った精霊と言われる、エルフたち程度か、それより少し長いくらいなのかもな。

 

『そんな……こうして危ないところを救っていただいておいて、あの時ああしてもらえれば、などと申し上げるつもりはありません。ただ……』


「ただ?」


 何かあったかな、と思って首を傾げると、ロサは決死の覚悟を決めたような表情で、俺に言った。


『今少し、お力をお貸し願えないでしょうか。ご存知の通り、この結界の内外を問わず、邪精霊たちが暴れ回っております。あの強力な鎧騎士を退けることはできましたが、それでも、他の邪精霊たちを排除し切れるかは……。ですが、あなた様のお力添えがあれば、きっと、このファジュル大森林から奴らを消滅させることができると思うのです。ですから、どうか……!』


 それを聞いて、あぁ、しまったな、と俺は思った。

 先に言っておくべき話を置いておいてしまっていたからだ。

 俺はロサに言う。


「それについては心配いらない」


『で、ではお力添えを……?』


「いや、そうではないと言うか……すでに終わっていると言うか。感じないか?」


 一応、俺がロサにそう尋ねていると、最初首を傾げていたロサも、ハッとして、


『……あれほどあった邪精霊たちの気配が、もうほとんど僅かになっている……? しかも、結界の内も、外も……これはまさか、あなた様が……?』


「俺が、と言うより俺の仲間たちが、と言ったほうが正確だろうな。俺もここに来るまでに結構な数の邪精霊を消滅させたが、あくまでも邪魔になったものだけだ。他は俺の仲間……ネージュとカーが倒しているはずだ。結界内の邪精霊の数はもうほとんどないし、この様子なら俺がわざわざ加勢しに行かなくてもいいだろう。結界の外については、残念ながら俺の感知は遮断されてしまうから状況はぼんやりとしか分からないが、それでも大丈夫だろう」


 言い切っていいのか、と言われるとそんなことはないと言うのは当然だ。

 だが、結界の外で邪精霊と戦っているのは雪竜ネージュである。

 どうまかり間違っても、邪精霊程度に遅れを取るとは思えない。

 もちろん、邪精霊にも強さの上下はあるが、少なくともここに来るまでに出会ったような奴らにはやられないだろう。

 あの鎧騎士レベルの者が現れても、ネージュにとってはさほどの脅威ではない。

 カーでも何とかなるだろうしな。

 それはつまり、ネージュにとっては雑魚だと言うことだ。

 

『結界の外についても、内と同様に、邪精霊はほとんどいなくなっているようです……あんなにいたというのに、まさかこんなに短時間で……?』


 結界内より外の方が邪精霊は多かったはずだが、余程ネージュは腹が減っていたのかな?

 まぁ、速いに越したことはないし、いいだろう。

 ともあれ……。


「まぁ、そう言うわけだから、もう心配はない。強いて言うなら、あの鎧騎士を逃したことだが……」


 奴には何か目的があるようだったし、そのためにここを攻めたのなら、そう簡単に諦めたりすることはないだろう。

 それについてはロサも懸念しているようで、


『そう、ですね……今回、結界を破られてしまいましたから、同じことがまた起これば、今度こそ、ここを守りきれないかもしれません……どうにか対策をしなければなりませんが、我々精霊の結界術は、そう簡単に抜けるものではないのです。一体どうやって……それが分からなければ、対策のしようも……』


 確かにそれはその通りだ。

 ただ、それについては俺にできることがある。

 だから言った。


「結界の抜き方からして、完全な破壊をできるほどの力がなかったことは明らかだ。所々に限定的な穴を開けるのが精一杯で、邪精霊など、実体のほとんどない存在を送ることしか出来なかったと考えると、さらに力は限定的だったと考えられる。だから、その辺りを補強すればいい」


『実体のない……? しかし、あの鎧騎士にはしっかりとした実体があったように思いましたが?』


「あんたの目を誤魔化すくらいのそれなりに高度な隠蔽がかかっていたようだが、あれの本質には実体はなかったよ。あれは、死霊だ」


 俺の言葉に、ロサは目を見開いた。

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