第113話 転移装置の解説

「……こっちだ」


 先ほど下ってきた尖塔のようにそびえる山の頂上付近。

 それを再度、結界で階段を作り登っていく。

 そして転移装置のある洞窟にたどり着いた。

 転移装置は完全に沈黙してはおらず、内部からチキチキという音が聞こえる。

 中にある魔道具がまだ稼働していることを示している音だ。

 これは、一旦完全に停止すると最稼働するのに五分から十分時間がかかるため、あとで戻るときにすぐに使えるよう、低運転状態にしておいたためだ。

 それと、丈夫とは言え長年使っていない設備である。

 どんな不具合があるとも知れないため、装置に自己チェックをさせていたのだな。

 見る限り……もう終わっているようだ。

 どこにも問題はないようで一安心である。


「わぁ、動いてるの。お母様がいなくなってから初めて動いてるところを見たの!」


「だろうな……これを使える奴なんて今の時代どれくらいいるのか……」


 俺よりもずっと古い時代から存在し続けた真竜、それ以外にも長命な種族はいるだろうが、仮にいたとしてもそれくらいであろう。

 そもそも、これを使うためには必要な知識がある……。

 制御装置に近づき、表示板を見る。

 それから、ネージュに言う。


「……これ、読めるか?」


 つまりは、表示板に書いてある文字……古代、魔族が使用していた文字、言語が彼女に判別できるかどうかを聞いているわけだ。

 彼女の母親の真竜はこれが使われていた時代から生きていたわけで、普通に読めていたのだろうが、ネージュは……。

 案の定、と言うべきか、ネージュは首を横に振って、


「……読めないの」


 と残念そうに言った。

 まぁ、当然だろう。

 あまりにも古すぎる文字、言語だ。

 もしかしたら考古学者や言語学者なら読める者もいるのかもしれないが……ネージュはそうではない。

 ネージュは読めなかったことに不安そうな顔になり、


「これが読めないと装置、使えないの?」


 と尋ねてきた。

 しかしこれに俺は首を横に振る。


「いや……必ずしもそういうわけじゃない。それに、言語については現代のものに書き換えるつもりだからな。今のところはちょっと難しいだろうが、すぐに言葉自体は読めるようになる……って、現代の言葉は読めるか?」


 そう尋ねると、ネージュは、


「古代アルカ語から後の言葉はみんな読めるし喋れるの。それより前は勉強する前にお母様が……」


「昇神してしまったと。なるほど。まぁ、それならいいのかな……ちなみに古代アルカ語ってのは……」


 俺にはしらない単語だったので尋ねてみると、これにはリュヌが答えた。


「千年くらい前にこのあたりにあった魔法王国のことだな、古代アルカってのは。一応、今でもその名前は残ってるぜ。このあたりを治めてる国の名はアルカ王国、だからな。とはいえ、遙か昔に栄えた魔法王国と比べると田舎国家というか、ぱっとしないけどな」


 千年前、か。

 それほどに古い言葉まで知っているとはネージュの教養は相当なものがあるな。

 やはり教師として、古い真竜がいたからだろう。

 昇神してしまったためにその教育も中途半端に終わってしまったようだが、それでも十分というか、普通の人間がたどり着きがたい高みにいるのかもしれない。

 なにせ、すでに百歳。

 そこまで勉強してきたわけだからな……それでもなお伝え切れぬ知識を持っていた真竜をこそ恐れるべきかも知れないが。


「……ま、そういうことなら今の言葉に置き換えれば問題なく読めるってことだな。共通語がいいだろう……ただ、そうする前になんとなくの使い方は教えておくぞ。ただ転移する場所は、まだ全部調べきれていないから、今のところは俺たちの住んでる村周辺だけにしておいてほしんだが……?」


 おかしなところに転移してしまってネージュが大変な目に遭ったら問題だからな。

 いかに強力な真竜といえども、突然溶岩の中とか深海とかに飛ばされれば平常ではいられまい。

 ネージュ自身の精神もまだ幼いようだし。

 飛ばされたあと、そこで大暴れされても困るしな……。

 俺の言葉にネージュは素直に頷いて、


「分かったの! でも、アインたちの村にいってもいいの? 私、竜なの。こわーいの」


 こわーいの、で凄んで見せたネージュだが、元の姿ならともかく、いまの姿で言っても大した説得力はない。

 もちろん、危険で強力な魔物であることは分かっているが、こうして普通に意志疎通できているし、問題はなさそうに思える。

 もしも何かやらかしたとしても、そのときは俺の方で何とかすればいい。

 村人を殺し尽くす、とかはさすがにしないとおもうが、そうなったら死霊術で全員生き返らせれば……とまでは言わないが、最悪そういう手段もある。

 その場合は俺の正体とか色々と話さなければならなくなるだろう、そのときは皆後ろ暗いアンデッドになっているのだ。

 なんとかなるだろう、きっと。

 楽観的すぎるかも知れないが。

 だから俺はネージュに言う。


「ネージュが村人に危害を加えないのであれば自由にして構わない。何か問題が起こったら俺かこいつを呼んでくれればいい」


「危害を加えたらどうするの?」


「うーん……素材になってもらうかな」


 それは半ば冗談だったが、ネージュはあとずさってぶるぶる震えつつ、


「……絶対に危害なんて加えないの。だから許してなの」


 とつぶやいた。

 ……俺を恐れすぎだろ。

 そんな怖くないんだが……まぁ、結局こいつは真竜であっても子供だしな。

 仕方ないのかも知れない。

 近づいて頭に手をおくと、ネージュはびくりとするが、優しくなでてやりつつ、


「そんなに怖がるなよ。冗談だって。村の人に危害を加えない限りはなにもしやしないんだからな……それに、ネージュ自身が身の危険を感じたらそのときは反撃してもいい。可能な限り、それでも殺しはしないでほしいが」


 そういう場合にまで無抵抗を求めているわけでもない。

 真竜であればその素材を狙った者に襲われる可能性はあるし、少女の姿であれば不心得ものに襲われる可能性もある。

 そういうときは心おきなく攻撃を加えても構わないだろう。


「そ、そうなの? なら安心なの……でも、そういうときは逃げることにするの。アインの機嫌を損ねないようにするの……」


 ネージュは俺の言葉にそう言って立ち上がり、元の様子に戻った。

 それから俺はネージュに装置の使い方を説明した。

 レーヴェの村に転移するときの操作だけだが、すぐに理解し、覚えていたのは真竜の能力の高さを示すものだろう。

 たぶん、今の人間からすればミミズののたくったような模様にしか見えない文字を、ネージュはすぐに認識したのだから。

 教えれば一週間もあれば読めるようになるのかもしれない。

 が、リュヌもいるし、後でこれは書き換える。

 その必要もないだろう。


「さて、それじゃあ、色々と話もついたところで……ネージュ。俺たちはここに、この辺りの環境や街なんかを調べるために来たんだ。調べた後、夕方くらいにはここに戻ってきて、一旦帰るつもりなんだが、行ってもいいか?」

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