第16話 嵐
それは、嵐のようにやってきた。
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次の日、いつものように中庭で訓練していたとき、テオとマルクがハイドフェルド伯爵……つまりは、エドヴァルトに呼ばれて一旦、中庭から出て行った。
「……姉貴たちと食う晩餐の献立についてって、そんなもん料理長に決めさせりゃあいいだろうが……」
テオがぶつぶつとそんなことを言っていたが、マルクは、
「アイン殿やアレクシア殿に食べれないものがないか、確認しておきたいのでしょう。そういうところ、こだわられる美食家でいらっしゃいますからな、伯爵閣下は」
そう答える。
テオが入っていないのは、息子だけあってその好みは知っている、ということだろう。
「別に俺たちは村で何でも食ってきたんだから気にしなくてもいいのにな……にしても、マルクまで呼ぶのはなんでだ?」
その理由はテオも聞いていないらしく、首を傾げる。
これにマルクは、
「おそらくは、何か食材を取ってくるように命じられるのではないかと……。この辺りの獣やきのこ、香草の類については、これでも詳しいですからな。料理の方はさっぱりですが……」
「へぇ、じゃあ、ヨハンもそろそろ帰宅か?」
「ええ、そうですな。伯爵閣下に話を聞いた後、そういうことになるでしょう」
「そうか……いや、でも食材取ってきた後、またここに来るだろ? それまでいてもいいんじゃねぇか? ヨハンもこんな日の高い時間に家に帰ってもつまんねぇんじゃねぇか?」
「まぁ、そうかもしれませんが……その間の面倒は……」
「俺が見といてやるから気にすんなよ」
「いや、しかし……」
「いいから。ヨハンもそれでいいか?」
テオが渋るマルクを押し切り、ヨハンに尋ねる。
ヨハンはどうしたものか、祖父を見るも、その祖父もテオの押しに負けたようだ。
ため息を吐きつつ、頷いて見せたので、
「はい! よろしくお願いします!」
そう言ったのだった。
*******
そんなやりとりがあって、今、ハイドフェルド家の中庭には、俺とヨハンだけしか居ないわけだ。
もちろん、今、木剣を持つことは禁止されている。
五歳だ。
子供だけに、木製とは言え武器を持たせるのは危険だという判断は当然だろう。
幸い、ヨハンは聞き分けがよく、ダメと言われたらそれに従うタイプだ。
俺は言わずもがな、大人……というか、爺さんだからな。
わざわざ言いつけに逆らって問題を起こす行動をとろう、とは中々ならない。
「……今日は、ロザリー様たちが帰ってくるんだよね」
テオとマルクがいない間、俺とヨハンは雑談をしていた。
さっきまでは地面に絵を書いて楽しんでいたのだが、だんだん、死霊魔術の魔法陣が書きたくなり始めたので、これ以上はやめておこうと思い、雑談に移ったのだ。
ヨハンの尋ねた質問に、俺は答える。
「ああ、そうみたいだな。ヨハンは会ったことあるのか?」
ヨハンは身分的には一代下級騎士爵を持つ父を持つ平民に当たる。
これは世襲が許されない地位であるので、ヨハンが今後、自動的に爵位を継ぐ、ということにはならない。
マルクもまた、騎士爵を持つが、彼の持っている爵位は一代上級騎士爵であり、ヨハンの父よりも高い地位のものになる。
マルクも、ヨハンの父も、過去、魔物退治で大きな功績を上げたため、公爵からその地位を賜ったらしいがその辺りの詳しい事情はわからない。
大体そんな話を、ヨハンがさっきまでしてくれた。
もちろん、こんなに細かくではなく、偉い人、とか、すごい偉い人、とかそんな言い方だけどな。
それを俺が事前知識を使って整理しただけだ。
幸い、このハイドフェルド家には図書室があり、それなりに貴族や国家制度について書かれた書籍もある。
それを俺はこっそり読んで、最低限の知識は身につけているわけだ。
まぁ、まだそこまで詳しくはないのだけどな。
つまりは、平民に過ぎないヨハンが、この街の領主であるハイドフェルド伯爵の跡継ぎ一家にそうそう会えるとは思えないわけだが、しかし祖父はマルクだ。
もしかして、と思っての質問だった。
これにヨハンは、
「会ったことっていうか……見たことはあるよ。年に何度かあるお祭りのはじまりのときに、町の人に挨拶したりしていたから」
「なるほど……」
収穫祭とか、奉納祭とか、そういうのはどんな町や村でも年に何度か行う。
その際に、村長なり市長なり、領主なりその家族なりが口上を述べたり、直々に功績のあるものに話しかけたりすることはある。
ロザリーが、そういうことを行っていたのを見たことがある、ということだろう。
「で、どういう人なんだ?」
もちろん、ロザリー、それにその夫と子供についてである。
これにヨハンは、
「ロザリー様は、長い髪を三つ編みに結んでる、きれいな方だよ。でも、すごく背筋が伸びていて……こう言ったらだめなのかもしれないけど、なんていうか、おじいちゃんみたいだった」
「おじいちゃんって……あぁ、マルクみたいってことか?」
まさか老人のようだったということはあるまい。
背筋が伸びているとか、きれいだったとか、そう言う形容と会わないからだ。
俺の言葉にヨハンは頷いて、
「うん。そうだよ。イグナーツ様は、すごく頭が良さそうだった。それで、優しそうな人だったな……」
ロザリーがマルクみたいだったというのは……おそらくは、武術の心得がある人だということだろう。
マルクと同様の武人染みた雰囲気を纏った女性である、と。
イグナーツは学者っぽい感じの人なのかな?
それで、最後は……。
「ファルコはどうだ?」
「ファルコ様は……ごめん。会ったことないんだ。お祭りにも、いなかったし……」
「……んん?」
それは……少しおかしいような。
普通、両親がいたら子供も一緒にそういう場には出るものだけどな。
貴族にとって、顔見せというのは重要な機会だからだ。
特に領民に、次の次、の領主の顔を見せておくというのは大事だろう。
なぜ、いなかったのか……。
まぁ、考えてもわからないか。
どうせ、今日、会うんだ。
そのときに聞いてみればいいか……。
と、思ったそのとき、
「おい! お前ら!」
俺たちに向かって後ろから、そう、声がかけられた。
俺とヨハンが、不思議に思って振り返ると……。
そこには、燃えるような赤髪を持った、一人の少年が、こちらを睨みつけながら、立っていたのだった。
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