第187話 その頃、洞窟拠点にて
「わぁ! ここがアイン達の拠点なの!?」
そう嬉しげに言ったのは、
洞窟の中に彼女の声が反響するが、可愛らしい声なので決して耳障りではない。
そして、その後ろには、
「……俺も連れてきてくれて良かったのか? あの……転移装置とやらは、かなり重要なもののように思うのだが……」
そう呟く、カーがいた。
しかし、彼が今喋っているのは
更に言うなら、見た目も人間のそれになっている。
つまり、彼は人化していた。
ただし、それはスティーリアのような、本人の魔術によってではなく、俺が無理矢理変化させているに過ぎない。
言葉についても同様で、翻訳魔術を噛ませて、カー自身は豚鬼語で喋っているにもかかわらず、人間の言葉に聞こえるようにしているだけだ。
力業だな。
なぜそんなことをしたのかと言えば、ネージュをこのレーヴェの村近隣の森に存在する洞窟拠点に連れてくることになったため、色々と考えた結果だ。
ただ単にネージュを洞窟拠点に連れてくるだけなら別にカーまで連れてくる必要はなかったのだが、ネージュは俺の村も見たい、と駄々をこねた。
断っても良かったが、ネージュは百年もあのグースカダー山だけで過ごしてきたのであり、なんだか外の世界を見せてやりたい、という気になってしまったのだ。
まぁ、別にネージュはあの山に閉じ込められていたとというわけではないだろうが、聞けば母親からもっと力がつくまでは山を離れるなと言われていたらしい。
おそらく、他の真竜や同じくらいの力を持つ存在のことを考えての助言だったのだろうと思われるが、そういうのに対抗できる力をネージュがつけられるのは少なく見積もっても後百年はかかる。
長ければ千年単位が必要になってくるだろう。
流石にそれは酷だ。
だが、俺が見ているならそういう存在が現れてもなんとかしてやれる。
一般的な真竜であれば、まぁ、絶対に倒せるとまでは言わないまでも、引き分けくらいには持って行ける自信がある。
そして、年経た強力な真竜たちは賢く、負ける可能性が僅かにでもある相手と、特別な理由無しに戦うことはあまりない。
だから大丈夫だ。
その他の心配はネージュが人間に捕まるとかそういうことだろうが、今のネージュでも大抵の人間は対抗することが出来ないからな。
問題はないだろう。
まぁ、普通の人間のことを考えれば、ネージュほどの力を持つ存在のことをここまで心配すること自体が過保護すぎるということになるから、あまり気にすることもないのかもしれないが。
様々な知識も魔術も修めているし、そうそうどうにかされることはない。
ただ、隠匿系についてだけは、真竜という種族柄なのか、十分ではないのでその辺りについてだけはよくよく手ほどきはしておこうと思う。
そうすればどこででも活動できるようになるだろうしな……。
まぁ、ネージュからすれば、ここに来たのはただ見物がしたかっただけだろうが、色々教え込むつもりだった。
と、話が大分ずれたか。
それよりカーのことだ。
俺はカーに向き直って言う。
「確かに重要な装置だが……ある場所はネージュの
「……無理だな。なるほど、俺程度に教えても問題ないというわけか」
カーが納得したように頷いた。
「別にそうは言わないが……そもそもカーに対する信頼がある。カーはわざわざ転移装置のことを言いふらしたりはしないだろう?」
「それは勿論だ。族長に尋ねられても答えるつもりはないぞ。友と、雪竜様の秘密なのだからな」
「ならいいじゃないか」
「……そうなのだが、随分大きな秘密を教えられてしまったようで落ち着かんのだ……」
「別に対したものでもない。それより、これからのこと、大丈夫そうか?」
「うーむ。多分大丈夫だとは思うのだが……アイン、お前から見て……不自然なところはないか?」
カーがそう聞いてきたので俺は頷く。
「あぁ、見た目も振る舞いも特にな。カーは戦士として鍛え上げられているから、ぴしっとしていて中々見栄えがする……」
今のカーは人間の姿だ。
壮年の、よく鍛え上げられた戦士風、といった感じであるが、身につけているものはそれなりに高価なものに見えるようにしてある。
なぜそんな見た目にしたのかといえば、これからネージュとカーをレーヴェの村に連れて行くつもりだからだ。
より厳密に言えば、俺は一人で帰るが、ネージュとカーにはレーヴェの村を訪ねてきた、という体で訪問してもらう形になる。
役柄としては、カーが父親で、ネージュが娘役である。
だからカーにはしっかりとした、ぴしっとしている格好をさせているわけだ。
ネージュは人化すると基本的に美しいドレス姿になるからな。
そこそこ良い家の出の娘に見えてしまう。
父親も同じような出自でないとおかしい。
細かな設定については、隣の国からやってきた、というところでアバウトにごまかしておけばいいだろう。
幸い、領主はうちの父だ。
あの人は大雑把だし、母についてもポヤンとしていて適当なところがある。
それでなんとかなるはずだ。
ただ、妙に勘が鋭くて、村に害を与えそうな人間についてはどれだけ繕っていても一発で見抜く野生の勘を二人とも持っているが、カーにしろネージュにしろそういう害意は一切ないからな。
問題ないだろう。
「言葉遣いも普段通りでいい。名前は……どうするか。カーで通した方が分かりやすいが」
「そうさせてもらえるとありがたい。ただ、人間には名字やファミリーネームというものがあるだろう。俺たちにも氏族名はあるが、カー・カルホンと名乗ると、雪竜様もカルホン氏族のそれを名乗らせてしまうことになるが……」
カーはその辺りで悩んでいるらしい。
どうしたものか、と思ったので、洞窟拠点をきょろきょろと観察していたネージュを呼び、 事情を説明してから訪ねた。
「それでネージュ。ファミリーネームについてはどうする? 村で名乗る際に必要になると思うが……」
「うーん……カルホンでもいいけれど、それだと氷狼と、
アミトラは、かつてグースカダー山に住み、そして創造神へと昇神したネージュの母の名前だ。
それをファミリーネームにするというのは悪くないだろう。
しかしその名をカーにあげるというのは……いいのかな。
まぁ、娘がいいと言っているからいいのか。
ただ、カーは恐縮した。
「い、いや、雪竜様。それは大変恐れ多く……」
「でもそうしないと困るの。人間には特別な称号や特殊な功績なんかを顕すときなんかに、ミドルネームをつけると聞いたの。だから、カー。貴方には私から、アミトラのミドルネームをあげる。そして、スティーリアとリガにもあげることにするの。そうすれば、喧嘩にならないでしょう?」
リガとは、雪ゴブリンの中で、スティーリアとカーと並ぶ強者……つまりは、雪竜の加護を受けた魔物だ。
なるほど、そういう魔物に、ミドルネームとしてアミトラの名を授ける、とそういう話か。
分かりやすくて良いかもな。
それから、カーは何度も辞退しようとしたが、結局ネージュに押し切られ、最後には、
「……ありがたく、頂戴いたします」
そう言って、アミトラのミドルネームを持つに至ったのだった。
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