第73話 月と鎖

「そんなに捨てたものでもなかったと思うけどな」


 俺が自らの死にざまを自嘲する男に向かって言ったのは、そんな言葉だった。


『はっ。慰めなんていらねぇぜ。実際俺はあいつに負けて、こんな風になってるんだからよ』


「死んでいるからこそ、慰めなんて口にはしないさ。ジールは強い。そしてそんな彼がお前には苦戦していた……いや、俺が来なければジールは死んでいただろう。実質、相打ちだ。よくやった方だと思わないか?」


 そう、この男はジールと比べてその腕前は少しばかり下だった。

 しかし、それをあらかじめの準備によって縮め、なんとか相打ちまでは持ってきたのだ。

 それは十分に褒められるべき成果であり、男が言っているほどひどい負け方でもなかったはずだ。

 そんな俺の言葉に男は笑い、


『……なんだよ、おかしな奴だな。死霊なんてほめても何にも出ねぇってのに。ただ、ま……世辞は受け取っておくぜ。これで、俺の最後の戦いも悪くないもんだったと思える。なんつーか……ありがとうよ』


 そんなことを言った。

 ここまで話して思うが、やはり、この男はそれほど悪い男ではない。

 確かに積み重ねてきた罪はもはや償い難いところまで来ていると思が、死んだのだ。

 償ったようなものだろう。

 もちろん、死んでも償えない罪というのもあるだろうが、それこそ俺が言えたことでもない。

 俺はこの男よりも遥かに多くを殺しているからな。

 そして、その魂を操り、冒涜した。

 償うことなど不可能だ。

 だからこそ、割り切って開き直るしかない。

 

 そして、そんな自分だからだろうか。

 男に対してなんだか親近感を感じるのは。

 やりたくて罪を重ねたわけではない。

 置かれた環境が、そうさせた。

 抗いようがなかった。

 ただ、出来ることなら……。

 そう、出来ることなら。


「なぁ」


『あ? なんだよ』


「お前、俺と一緒に来ないか?」


 気づいた時には、そう口に出していた。

 俺の言葉に男は奇妙な表情で、


『何言ってんだよ、あんた……』


 と尋ねる。

 それはそうだろう。

 唐突にこんなことを言われても、意味など理解出来るはずもない。

 だから俺は説明する。


「何って、言った通りだ。こんなところで何十年、何百年も地縛霊をやってるより、俺と一緒に来て色々と楽しくやらないかって言ってるんだ。もちろん、今までの人生に疲れた、これから先は静かなところでずっと暮らしていく、っていうならそれでも構わないが……あぁ、その場合は、話し相手になるって話は引き受けてもいいぞ。お前と話すのは、楽しい」


『ちょ、ちょっと……待てよ。え? どういうことだよ……お前、俺を連れてくって……そんなこと出来んのか?』


「お前、俺の職業を忘れたのか? 鳥頭か?」


『あぁ、死霊術師だったな……いや、でも……』


「それだけじゃない。体もやるぞ。まぁ、お前の本来の肉体は死んでしまってるし、流石にこれは直せないから代用品だが、俺が作った特製の体だ。居心地もすこぶるいいはずだぞ」


 遥か昔も、そうやって死霊たちに体を作ってやったことはある。

 人のそれのように、成長したりすることはないし、子孫を残したりすることも……いや、これはやりようによっては出来るが、普通の生物とは異なるものだ。

 一番簡単なのはスケルトンとして、骨を体として与えることだが、俺には人間と遜色ない見た目と性能のそれを作ることが出来る。

 それを、この男に与えようと言うのだ。


『簡単に言いやがるが……本当に出来るのか?』


「専門だからな。任せておけ。それで、どうする?」


 あとは男の気持ち次第なのだが男は少し悩んで俺に言う。


『……あんた、俺のことを信じられるのか? あんたの師匠を殺そうとした人間だぞ。それに、あのケルドルン侯爵家の娘は、あんたの友達だろう? それを誘拐した男なんだぜ、俺はよ』


「これは驚きだな。暗殺者に倫理を問われるとは思ってもみなかった」


『おい、これでも俺は心配してるんだ。茶化すんじゃねぇ』


「なんだ……小姑のような奴だな。そんなに嫌なのか?」


『そうじゃねぇ。俺が言いたいのはだな……』


「……ははは、悪い。冗談だ。分かってる。普通、敵だった奴を、死んだからって仲間にしようなんて言うのは、おかしいというのだろう? もしかしたら裏切られるかもしれないし、裏切らずとも、大切な場面で余計なことをしたりするかもしれない。そんなものは獅子身中の虫だ。仲間になんてすべきじゃないと」


『……そうだ。俺が言いたいのはそういうことだ』


 男は俺の言葉に苦々しそうな表情でそう言う。

 普通に考えれば男の言葉が正しく、俺のしようとしていることは愚かな行為に見えるのも分かる。

 だが……。


「なぁ」


『あ?』


「俺は、死霊術師だ」


『……そうだな』


「死霊術師っていうのは……死霊にもっとも近しい者。その魂の形を見、その色を見、その存在をも見る者だ。その俺から見て……お前は、信用できる」


『……ガキが。言うじゃねぇか』


 言われて、そう言えば見た目がそうだったな、と思う。

 

「お前がジールと戦っているところは、少しだが見たよ。剣筋にも濁りは無かった。修練にしっかりと取り組んできた真摯な魂が分かる。今見えるお前の死霊も……やはり、美しい。ジールもそうだったが、お前はそれとは反対だけどな。ジールの美しさを太陽に例えるなら、お前は月だ。闇の中でこそ輝く、何かだ。だが、どちらも美しいことには変わりない。俺はそんなお前を連れていきたいんだよ……ダメか?」


『……月、か。本当に変な奴だな、あんたは。だが、そうだな……そこまで言われちゃあ、俺も否とは言えねぇ』


「来てくれるか?」


『あぁ、いいだろう。俺は死んだんだ。もう何をするのも自由だ。だが……あんたに仕えてみるのも悪くはなさそうだ。そう思っちまった』


「嬉しいね……では、契約と行くか」


『ん? 契約?』


 首を傾げる男に、俺は言う。


「お前をそこから引きはがすために必要なことだ。俺とお前で契約を結ぶ。死霊術師というのは、力ある死霊と契約を結んでいくことによって力をつけていくものなんだよ」


『へぇ? それも初めて聞いた話だぜ。面白れぇなぁ……なにせ、普通、死霊術師って言やぁ、どいつもこいつも秘密主義だ。説明なんて誰もしねぇ』


 それは昔からそうだった。

 秘密主義の理由は色々ある。

 自分の手の内を知られたくない、というのはもちろんだが、余人に知識を与え、死霊術を使われてしまって大惨事に……なんてことを避けるため、というのも大きい。

 必ずしもすべての術が難しいわけでもないからな。

 発動させるだけなら。

 制御するのは極めて難しいが。


「ま、死霊術については今後、教えてやる。今は契約だ……いくぞ」


『ああ』


 そして、俺は唱える。


「……現界と冥界の狭間に揺蕩う者よ。今しばらくの間、その心を地に繫ぎ、我を鎖として留まり給え。今日より我は其の鎖となることを、其は我の力となることをここに約さん……《死霊契約シャバブ・アクドゥ》!」


 その言葉と共に、男の足元に紫色の魔術光に輝く魔法陣が出現し、男を照らした。

 すると、男の死体から、男の霊に向かって大量の鎖が伸び、絡まっていることが分かる。

 あれこそが、地縛霊をその場に繋ぎ止めるもの。

 仮に男の死体がその場で朽ち果てようとも、永遠にその場に繋ぎ止めるものだ。

 

 しかし、その鎖が、魔法陣の光に焼き尽くされるように少しずつ、ボロボロと崩れ落ちていく。

 

『こいつは……』


 さらに、ほとんどの鎖が消えたところで、男の胸から黒色の太い鎖がジャリジャリと引き出された。

 それは俺に向かって伸び、そして俺の胸に突き刺さる。


『お、おい! あんた! 大丈夫か!』


 そう尋ねられたが、当然、問題はない。


「気にするな。こういうものだ」


『そうなのか……それで、この後は?』


「あとは……名前の交換だな。……《我が名はアインベルク・ツヴァイン。この鎖を繋ぎ止める者》」


 俺がそう言うと、鎖がぼんやりとした色に輝く。

 それから男を見て、名乗る様に促すが、男は困惑したような表情で、


『……悪い。俺、名前ないんだわ』


「……あぁ、生粋の暗部なのか。孤児院ではなんて呼ばれていた?」


『……もう忘れたぜ』


 本当に忘れたのかどうかは疑問だ。

 だが、その頃の名前は名乗りたくないのだろう。

 

「なら、新しい名前をつけるといい。それでも構わない。それから、俺に名前を捧げれば契約は成立する」


『そうなのか……? じゃあ……俺の名は……リュヌだ。ただの、リュヌだ。この名を……あんたに、アインベルク・ツヴァインに捧げる!』


 その言葉と共に、鎖の輝きは増していき、そして、その光があたり全体を包んだとき、パンッ、という空気を裂くような音共に消えたのだった。

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