第93話 予定

「……さて、それじゃ、来週の頭辺りに帰るぞ」


 次の日の昼食の場でそう言ったのは、俺の今世での父親、テオであった。今日はロザリーとイグナーツは騎士団の方へ仕事で行っており、ここにはいない。ファルコはいるけどな。

 母であるアレクシアも頷き、


「そうね……大分、滞在が長くなってしまったものね。そろそろ……」


 しかしそんな風に言う両親二人を若干寂しげな顔で見つめるのは、テオの父であるエドヴァルトと母であるオリヴィアであった。

 

「もう、か? アインもここにいたのは全部で二週間ほどでしかないのだし、もう少しいてもいいのではないか?」


 エドヴァルトがそんなことを言う。

 これにオリヴィアは、


「……あなた。あまり無理を言っては……。テオもアレクシアさんも、レーヴェの村のお仕事があるのですよ。あまり長く空けすぎるのも……ねぇ?」


 アレクシアに視線を向けつつ、そう言った。

 家族一同の性格を理解し、全体を見ながら調整する彼女らしい台詞だった。

 アレクシアはこれに


「ええ。村が気にならないと言ったら嘘になります。ただ、私たちがいなくてもだいたいは問題ないと思いますけど……」


「おい、俺が役立たずの領主みたいじゃねぇか」


 アレクシアがふと漏らした言葉に、テオが苦笑しつつそう言った。

 実際、テオがいなくともレーヴェの村はさほど問題がない。

 重要な事柄についての決定はテオがしなければならないが、この時期にはほとんどないからだ。

 重要な事柄とは税額の計算とか商人への作物の引き取り額の決定とかだが、年に二度ほど行われるだけなので、やはりそれほど心配はない。

 

「そうは言わないわ。ただ、村のみんなが頑張ってくれてるから、私たちはそんなに心配することもないと思って」


「確かにそうなんだがな……ま、そういうわけでだ。親父、おふくろ。それに姉貴たちやマルクたちにも、色々と世話になった。少し寂しいが……もう今までみたいにずっと来ねぇってわけでもないからな。また、時間を作って来るよ。それまでは、お別れだ」


 今回、ここに来るまで、テオは何年も連絡すらとっていなかった。

 しかしこれからはそんなことはしなくても構わない。

 普通に来たいときに顔を見せに来ればいいだけなのだから。


「……そう、だな……。そう考えれば、そこまで寂しくもない、か。あぁ、テオ。ここにまた来てくれるのはうれしいが、それより先に、アレクシア殿のご両親のところに先にご挨拶に行くようにな。うちばかり孫と楽しく過ごしたのでは、申し訳がない」


 エドヴァルトがそういうと、テオはうなずく。


「そりゃ、もちろんいずれはそうするつもりだが……王都だからな。流石にフラウカークに来たようには気軽には行けないぜ。しっかり調整しねぇと」


「それは分かっているが……出来るだけ早いうちにな。アレクシア殿、そのときはこいつの首根っこを引っ張ってでもいいので連れて行ってやってくだされ。テオの腰の重いこと言ったら……実の父親に五年も孫の顔を見せないのですからな」


 エドヴァルトの冗談めかした言葉に、アレクシアは笑って頷き、


「ええ、そのときはぜひ、そういたします。ですが……私たちが行くよりも、両親が先に訪ねてくるかもしれません。非常にフットワークの軽い人たちなので……」


「良き商人とはそういうものですからな。王都にあれほどの大店を構えられているご両親らしい」


 アレクシアの両親は、かなり豊かな商人である、という話は聞いているが、細かいことはまだ知らない。

 ただ、伯爵であるエドヴァルトから見ても大店である、ということは相当な規模の商家であるということになるだろう。

 お世辞、ということもありうるが、そもそも王都に店を出すというのは簡単ではない。

 それが出来ている時点で、相当なものであるというのは変わりない。

 それから、両親と祖父母の話は雑談に移っていった。

 俺は彼らの話に聞き耳を立てるのをやめ、なんとなく返事をしていたファルコとの会話に戻る。

 ファルコもしっかりと今の話は聞いていたようで、


「……アイン。もう帰っちゃうのか」


 と、残念そうな顔だ。

 

「まぁ、流石にいつまでも世話になっている訳にもいかないだろ。俺はともかく、俺の両親は村のこともあるからな」


 いなくても回る、と言っていて、それは事実だろうとは思うが、それでもいた方がいいのは間違いない。

 領主の存在意義についてはファルコも貴族の子供としてしっかりと分かっているようで、


「そうだよな。仕方ないって分かってる。でも寂しくなるなぁ……」


 頷きつつも、表情はやはり晴れない。

 そんなファルコに、俺は言う。


「そんなに遠くない時期にまた会えるって。ミトルワート高原、ロザリーから許可をもぎ取ったんだろう?」


 昨日のうちに、ファルコはしっかりとロザリーと話してそれについて許可を得ていた。

 これでファルコはあまりわがままを言わない子供だ。

 ロザリーも息子がかわいく、珍しいわがままに素直に許可を出したわけだ。

 

「そうだけど……夏だろ? まだ結構あるからなぁ……」


 確かに、まだ何ヶ月かあるのは確かだ。

 だが、だからこそ出来ることもある。


「それなら、その間、剣術の修行でもしてろよ。夏にまた戦おう。どれくらい強くなったか、見てやるから」


 結局、ここに滞在している間、何度かファルコとは模擬戦をしたが、俺の勝ち越しで終わっているからな。

 若干の上から目線も許されるだろう。

 ファルコは俺の言葉に、


「お前……よし! 次に会うときまでに、俺の方がはっきり強くなっててやるぜ! ヨハンもいるし、二人でぼこぼこにしてやるんだからな!」


 そんな勇ましいことを言う。

 それが本当に出来たとしたら即座に魔王軍幹部として迎え入れたいところだ。

 ……なりたくはないか。

 今の時代、魔王、なんて単語は悪の代名詞みたいだしな。

 昔も普人族ヒューマンからすれば同じだったが。

 

「その日が楽しみだな。もちろん、俺も負けないように修行しておく。昨夜話したみたいに、俺は神聖剣も学んだんだからな。そう簡単には負けないぞ」


 これについては別に秘密にしなければならない話ではないからな。 

 ジークも特に居場所については隠していなかったからああいうことになったわけで。

 教会も真正面からジークを殺しにかかれない事情があるようだし。


 言われて、そのことをファルコは思い出したようで、


「……それってずるくないか?」


 と言うが、


「正統流と神聖剣、どっちも同じレベルにもってくには倍、修行しないとならないんだからそうでもないぞ」


 と返答すると、


「……そういえば、母様が色んなものに手を出すより、一つのものを極めた方が強い、って言ってたなぁ……ならいいか」


 と納得したのだった。

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