第94話 久しぶりの故郷

「……久しぶりだな、この感じ」


 あれから数日。

 俺とテオ、それにアレクシアの三人は、ハイドフェルド伯爵家のあるフラウカークを旅立ち、そしてここ、レーヴェの村へと帰郷した。

 周囲の景色を見ると、フラウカークとは比べものにならないほどのど田舎のそれであり、素朴な格好をした者たちが農作業などに従事している様子が広がっている。

 子供たちは草や木の枝など自然のおもちゃを手に持って走り回り、畑の中を包み込むように柔らかい風が駆け抜けていく。

 どれも、前世では全く味わうことの出来なかったことだ。

 戦乱に満ちていた、あの世界では……。

 何よりも得難いのは、こういうところなのだろうな、と思う。


「ありゃ、テオさまに、姫様じゃないか! それにアイン坊ちゃんも! 戻ってきたのかい!?」

 

 村にはいると同時に、村人たちが俺たちに気づき、口々にそんなことを言いながら近寄ってくる。

 父も母も村人たちから非常に慕われているため、恋しく思ってくれていたらしい。

 俺は慕われてるというか、村人全員が親戚のような感じだからな。

 たまに親戚の子供が帰ってきた、という感じに近いだろう。

 テオとアレクシアはそんな村人たちと様々な話に忙しく、しかし俺はそうでもないので少し距離をとりながらその様子を見つめる。

 子供たちがいれば俺も似たような感じになっていただろうが、俺と年の近い子供はこの辺には今はいないようだからな。

 きっと、川とかに行っているのだろう。 

 森深くまで行くと危険だが、生活用水に使っている辺りの川の周辺は狩人たちがある程度、危険な存在は間引きしているために安全である。

 子供はこの季節はだいたいその辺りで遊んでいるわけだな。

 もちろん、水場は子供だけでは危険であるので、誰かしら大人が一人、見ているときだけだが。

 大抵は、大人が洗濯などをしている時間帯になる。


『……なんともど田舎だねぇ』


 後ろの方からそんな声が聞こえてきた。

 この声は、もちろん、俺にしか聞こえていない。

 三人で戻ってきた、と言ったがこいつもいれると四人で、ということになるだろうな。

 リュヌ。

 ラインバックの教会で命を落とした、教会の刺客である。

 今は俺と契約した死霊。

 その死霊としての力の使い方にも慣れてきて、色々なことが出来るようになっている。

 俺が直々に色々と教えたため、今なら多少の神聖魔術にも耐えられるくらいだ。

 そんな彼の感想は、彼が元々生活していたであろうところと比べての話だろう。


「……本当に田舎なんだから仕方ないだろう。ゴルド神聖国なんかと比べるようなもんじゃない」


『まぁそうだろうけどな。あそこは寄進で潤ってるし、そもそもそんなに領土が広いってわけでもねぇから整備もしやすいんだろう。どこに行っても建物は立派なもんだったし』


「生活必需品の類はどうしてたんだ?」


『大抵は輸入で賄ってたぜ。もちろん、神聖国で作ってるもんもあったが……得意な奴に作らせて買い取った方が得なんだとよ。加えて、神聖国に対してはどこもだいたい割り引いてくれるからな。それこそ寄進代わりに』


「信心深いと言えばいいのか、生臭いと言えばいいのか……」


『どっちもだろ。ただ、そこだけ見るなら誰も損してねぇんだしいいんじゃねぇか? やる方はやったことで自分が死んだ後天国に行けるって思えるし、もらった方はもらった分得なわけだしな』


 本当にそんなやり方で天国に行けるのかは俺からしてみると疑問だが、当事者が納得しているというのならとやかく言うものでもないか。


「だが、そうやって得した金でお前みたいなのを養われてはなぁ……」


『俺は特殊さ。それに、俺だって元は孤児院の出だぜ。ああいうところはそれこそ神聖国や教会の資金で運営されてるからな……一概に全て問題だとも言えねぇさ』


 物事にはどんなものでもいい面と悪い面がある、ということかな。

 確かにと俺はうなずいた。

 

「そうそう、ちょうど帰ってきたし、テオとアレクシアも忙しそうだし……俺たちは先に戻ってようか」


『あ? いいのかよ』


「一言言っておけば大丈夫だろう……」


 俺はそれから両親に先に自宅に戻っている旨、伝えると、そのままリュヌと連れだって家にまで走った。


 *****


『意外と小さい家なんだな?』


 リュヌが懐かしき我が家を見て、そう言う。


「何が意外なんだ」


『あんたの祖父さんの家は大きなお屋敷だったじゃねぇか。なのによう』


「確かにそうだが、分かってるだろ。父さん……テオは、祖父さん……エドヴァルトに半ば勘当されていたんだ。自分でも家出して……もう自分の家には頼らない、と決めてここに来た。だからな」


『だが、ここらの領地は親父さんのものなんだろう?』


「その辺りも少し複雑なんだが……元々はアレクシアの父親のものだった。アレクシアの父親は商人なんだが、いくつか爵位をもってる。これは、金で買えるものらしい。で、そのうちの一つをテオに譲ってもらった、ということだな」


『あぁ、官職売買って奴か。うちの生臭坊主たちもやってたなぁ』


「神聖国でも?」


『いや、各地の教会に爵位を寄進する奴がたまにいるんだと。それを売り買いしてた。まぁ、それも財産だろうしな。別にいいんだろうが……貴族もへったくれもあったもんじゃねぇよな。天国を金で売ってるんだから今更な話だろうがな』


 確かにそういわれるとその通りかも知れない。

 うなずきつつ、家の閂をはずし、中に入る。

 しばらく留守にしていた割にきれいでほこりっぽくないのは、村人たちに手入れを頼んでおいたからだ。

 泥棒が入る、という懸念も都会ならあるだろうが、このレーヴェの村ではそんな心配はない。

 そんな人間がいない、というものだが、それは何も善人しかいないから、というわけではなく、そんなことをやれば誰がやったのか即座にばれるほどコミュニティが狭いので割に合わないと言うことだ。

 誰も村八分にされたくない。 

 そうなれば仕事も結婚も出来なくなってしまうからな。

 人生賭けてわずかな金を盗む意味がこの村にはないわけだ。


「……ふぅ。人心地ついたな……」


 家の居間にあるイスに腰をかけ、そんなことを呟く。


『ま、あんたはここ一月忙しくしてたもんな。ガキの子守に、暗殺者との戦いに、神聖騎士の救命に……』


「半分以上お前のせいじゃないか」


 そう突っ込むと、


『ちげぇねぇ』


 とリュヌは笑った。

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