第7話 お友達
「……ほう、貴方様がテオ坊ちゃんのご子息の、アイン様ですか。なるほど、賢そうな顔をしていらっしゃる……坊ちゃんに似ず」
そう言ったのは、フラウカーク正門で、テオを坊ちゃんと呼んだ門番らしき老人、マルク・ライヘンベルガーであった。
彼はあの後、俺たちの検査を若い兵士のダートに代わって自ら行い、さらにそのまま、自分も領主の館……つまりは、ハイドフェルド伯爵の領館に同行すると言い出した。
テオはそれを遠慮したのだが、正門の門番、ダートがそうだったように、テオの顔と名前を知らない若い者がここ、フラウカークには増えてきており、したがって、テオが突然、ハイドフェルド伯爵の領館を訪ねても、ダートのように、お前は誰だ、どこの馬の骨だ、という話になりかねないと説明した。
テオがここ、フラウカークを出奔してから十年以上は経っており、また、全くここに来なくなってから少なくとも五年は経過しているのであるから、そうなるとマルクの言わんとすることはテオも理解したようだ。
分かった、と言い、それなら馬車に乗れということになった。
今度はこれにマルクが遠慮した。
主君のご子息と同じ馬車に乗るというのは……というわけだ。
護衛などがあるから、絶対にそういうことがないというわけではないが、今回テオが提案しているのは、自分の馬車を足として使え、ということであるから遠慮したのだろう。
しかし、これについてはテオが却下した。
その理由はシンプルで、同じ場所に向かうんだから、一緒に行った方が楽だろう、というものだ。
これにはマルクも苦笑していたが、しかし、それでも、やはり坊ちゃんはお変わりありませんな、と少し微笑んで、最後には馬車に乗り込んだのだった。
それでも御者は自分がやる、とマルクは言ったのだが、父はこれも却下した。
老人は労るものだ、などと冗談めかしていうものだから、これもマルクは仕方がありませんな、と受け入れた。
なので、今、マルクは俺とアレクシアと同じ、幌の中にいる。
アレクシアとはすでに面識があったようで、お久しぶりです、と一通りの挨拶をし、次に俺に話しかけてきた、というわけだ。
「そうなのです。テオに似たなら、もっと手がつけられないような、暴れん坊な性格になるかな、と思っていましたのに、ずいぶんと物静かで……私はとても楽なのですけど、ちょっとだけ、不思議で」
アレクシアがマルクにそう言う。
マルクはこれに笑いつつ、しかし、首を横に振って、
「いえ、今でこそあのような方ですが、坊ちゃんも小さな頃はどちらかというと、物静かな方でしたぞ。ただ、大きくなるにしたがって、徐々に野卑になられましてな……最後には出奔されてしまったわけですが。少し、私が厳しくし過ぎたのかもしれぬと後悔していたのです」
「厳しくって、どういうことですか?」
俺は不思議に思って尋ねる。
するとマルクは、
「ここ、フラウカークにテオ坊ちゃんがお住まいになっていたとき、坊ちゃんにつけられていた数人の教育係、そのうちの一人が、私でしたのでな。主に、武術を教えておりました」
と答える。
アレクシアが補足するように、
「マルクさんはすごいのよ。王都の武術大会でも優勝されているほどの腕前なの。その腕を買われて、先代のハイドフェルド伯爵に仕官を求められて……それ以来、五十年もの間、ずっと仕え続けていらっしゃるの」
ただの門番の取りまとめ役かと思っていたら、思いの外、結構な経歴を持っていたらしい。
それにしても、そんな人物であるのなら、なぜ門番なのだろうか?
年をとったにしても、伯爵家なのだから騎士団くらいあるはずで、その顧問とか、事務方とか、もっと上の方の地位にいくらでもつけるような気がする。
そんな俺の疑問を、口にせずとも感じ取ったのか、マルクは言う。
「……昔の話です。仕事はすべて、息子に譲りましたのでな。ただ、この年まで武術にすべてを捧げて参りましたので、今更、家でぼんやりと隠居というのも落ち着かなくて……伯爵に願い出て、門番の職につけていただいたのです。それも、本当は平の門番だったのですが、気づいたら、正門の門番長にされておりましてな……自分から願い出たとはいえ、一度引退した老骨をずいぶんとこき使うものです」
肩をすくめつつ、冗談めかして言っているが、マルクがそれだけ優秀な人物だということなのだろう。
兵士というのは末端に行くにつれて、意識が実力主義に傾くものだ。
それなのに、マルクが門番長になって全く文句が出ない、というのが彼の実力を現している。
それは、武術のみならず、人をまとめ上げる、という意味でもだ。
本当なら、ハイドフェルド伯爵は彼をもっと他の地位において、慰留しておきたかったのかもしれないな。
それが無理だったから、本人が働きたいと言い始めたのを利用して、がんがん出世させてまたどこかの地位に……とか。
想像し過ぎかな?
「マルクさん、それはそれだけ、貴方が伯爵様に信頼されているということでしょう……そうそう、その伯爵様は、お元気かしら? 以前、お手紙をもらったとき、少し体調を崩されている、とお聞きしたのですけど……」
アレクシアが思い出したかのようにそうマルクに尋ねる。
マルクはこれに少し難しそうな顔をし、それからちらりと御者台のテオを見て、そちらに聞こえないような音量で答えた。
「……それが、ですな。少し体をお悪くされているようです。といっても、寝台から起きあがれない、とか、そういうわけでもないようですが……」
「……そう、ですか。それなら、今回の訪問は、ご迷惑かしら……。体がよくなられてからにした方がよかったのかも……」
「いえ、病は気からとも申しますしな。伯爵閣下も、ご子息やその奥方、それに孫に会えばすっかり病も治りますでしょう。私も、調子がよくないときに孫に会えば、それまでの気分の悪さが嘘だったような気持ちになりますしな」
「あら、お孫さんがいらしゃるの? おいくつ?」
「アイン殿と同じで、今年五歳になります。かわいい盛りで……」
「そうなのですか。それでは、後でアインと会わせてみませんか? お友達になれるかもしれません……」
「ふむ……私としましては、アイン殿が孫と友人になってくれればうれしく思いますが……こればかりは、アイン殿次第ですからな。いかがですか?」
マルクからそう尋ねられ、俺は困った。
別に会いたくないと言うわけではないが、俺の実年齢は五歳ではなく、二百うん十と、五歳なのだ。
子供と、どう接したらいいのか、というのは未だに俺の人生の大きな課題なのである……。
しかし、ここで断るのも子供らしくはないだろう。
仕方がなく、俺は言った。
「……会ってみたいです。お友達、欲しいです」
……まぁ、嘘ではないが、どっちかというと、マルクの方が俺の友達には相応しいんだけどな、とは口が裂けても言えなかった俺だった。
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