第2話 現状
一体、俺に何が起こったのか。
そのことを悟るのに、それほど長くの時間がかからなかったのは言うまでもないことだ。
色々な可能性を検討し、そんなことが起こりうるのだろうか、とある程度の時間悩みはしたものの、数日も
それはつまり、俺は……人間に、生まれ変わったのだ、ということだ。
かつて、俺は魔族だった。
その一員として、魔王陛下に仕え、死霊術師として魔王軍においてその腕を振るった。
それこそがこの俺、アインベルク・ツヴァインであり、その意識は今でも変わらない。
変わらないが……意識が同じだとしても、体それ自体が変わってしまったのだ。
魔族のそれから、
魔族の体と
それに加えて身体能力それ自体も異なる。
ただ、平均値をとるとそう言う話になるが、魔族に匹敵する身体能力を持つ
要は努力や才能によってかなり幅があるのだ。
それに魔族、と一言で言った場合、知性ある魔獣なども含まれてくるから、色々と微妙な部分がある。
より限定的な言い方をするなら、俺は魔人だった、ということになるが……まぁ、その辺りの区別についてはとりあえずいいだろう。
ともかく、俺の今の体が、
そして、年齢については……おそらくは、生まれて間もない赤ん坊であることも。
自分の体は未だにあまり自由には動かすことはできないが、俺の体を抱き起した女性……彼女によって、鏡の前に連れていかれたことがある。
その際に見えたのは、どう見ても赤ん坊として抱かれている自分の姿だった。
あの鏡が非常に特殊な魔道具で、効果として、映った人物の年齢を赤ん坊に変える、というものであったのなら、俺は赤ん坊ではないと言う可能性はまだ、存在している。
しかし、そんな素っ頓狂な魔道具など、栄えある魔王軍のイカれた学者たちでも作ろうとはしなかったのであり、そうである以上は、事実は事実として受け入れなければならないだろう。
何が何でも俺は赤ん坊ではないのだ、と現実を直視しないのはただの逃げである。
そもそも、別に赤ん坊であることに何か問題があるわけではない。
もちろん、大人から赤ん坊に変わってしまったことで、出来なくなったことは数多くあるけれど、それも数年の辛抱だ。
数年経てば……そう、五年も経てば少なくとも自分で歩いて好きなところに行けるようになるのは間違いない。
魔人だろうが
魔族から見れば、五年など大した年月ではないのである。
それに加えて、赤ん坊になった、ということはもう一度人生がやり直せると言うことでもある。
出来ることなら魔族としてそうしたかったところだが、そこまで望むのは我儘という奴だ。
前世においては魔王軍の幹部として、世界中から狙われる立場だったわけで、その可能性がゼロになり、好きに生きられるというのは結構な解放感がある。
魔族や魔王軍の行く末に色々思うところはあるが、俺は一度、死ぬまで戦ったわけで、生まれ変わったのなら新しい人生を生きてもそれは許されるのではないだろうか?
まぁ、もし許されないのだとしても、俺がわざわざ喧伝しない限りは、誰にも俺がアインベルク・ツヴァインであることなど分からない。
だから、これからどう生きるにしろ、そうと知られたくないのなら黙っていればいいだけの話だ。
もちろん、俺にも魔族や魔王軍を愛する心は確かにあるから、
大体、俺は魔族と人類との戦争だって、それほど強く支持していたわけでもない。
仲良くできるのならその方がいい、と思っていたくらいで、けれど戦わなければ仲間たちが死んでゆくからどうしようもなくて戦争に参加していたというのに近い。
もう戦わないで済むのなら、それはその方がいいのだ。
ただ、友人や知人の顔を見たら、その感覚も揺らぐかもしれないが……それこそ、そのときはそのときだ。
今のところは、とりあえず、
前世の知り合いたちの中でも武闘派に見られたら、この惰弱物が、とか罵られそうな感じだが、俺はもともとそういうタイプだ。
勇者に対しては色々と啖呵を切ったものだが、あれはああいう場の空気が言わせる格好つけであって、本気で思っていたことを言ったわけでもない。
しかし、それでも気にはなるもので……。
今の魔王軍や世界情勢は一体どうなっているのだろうな。
この部屋や、俺の母親と思しき女性を見るに、あまり困窮している様子ではなく、むしろ裕福な家のようだが、貴族階級なのだろうか。
商人などにも特に裕福なものはいるだろうから、そっちの方かもしれないが……。
その辺りについては、誰かから話を聞かない限り分からない。
質問したいところだが、今のところ、どうやっても意味のある声が出ないので、そういうわけにもいかない。
というか、もし仮に喋れるにしても、生まれてから一月も経っていない赤ん坊が理路整然とした様子で「今、世界情勢はどのようになっているのか、出来るだけ手短に説明してはくれまいか」などと言ったら天才を通り越して気味が悪いと映るだろう。
流石にそんな冒険は出来ない。
いずれ尋ねるにしても、それをしておかしくはない年齢になってからにしなければなるまい。
もしくは、書籍などがあればそこから知識を仕入れる、という方法もあるが、基本的に高価なものだからな。
仮にこの家がそれなりに裕福な貴族であっても、そうそうあるものでもないだろう。
特に最新の世界情勢などの書かれたようなものは中々な……。
考え始めると、色々キリがないが、しなければならないことが徐々にはっきりしてきた気がする。
これから忙しくなりそうだな……。
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