田舎貴族に転生した最強死霊術師、子どものフリして爪を隠す《旧題・最強死霊術師、現代に転生する》

湖水 鏡月

第1話 死と再生

「……外道め。永遠の暗闇の底で、今までの行いすべてを悔いるがいい」


 そう、吐き捨てるように呟いて、憎しみの籠もった瞳を向けながら、俺の胸元に剣を突き刺したのは、一人の青年だった。

 黄金のような金色の髪に、晴れ渡った高空のような青い瞳を持ったその青年は、人の世界ではこう呼ばれる。


 《勇者》、と。

 

 対して俺の方は……。


「……ごふっ……は、はははっ……誰が、悔いるものか。死は、俺にとっては暗闇などではない……俺を迎えてくれる、暖かい寝床なのだ……お前の仲間たちとて……」


「……黙れ!」


 俺の反応に激高した《勇者》は、俺の胸元に突き刺さっていた剣を引き抜き、そして今度は俺の首を切り落とす。

 流石の俺でも、ここまでされればいくらなんでも生きてはいられない。

 まだ意識は保てているし、視界も良好だが……遠からず命の灯は尽きることだろう。

 魔族、というのは人間と比べて遥かに長い寿命と生命力を持った存在であるが、その本質は結局のところ、人間と変わらないのだ。

 つまりは、しっかりと生きていて、重要な器官を潰されれば普通に死ぬ、という真理は同じということだ。

 体と首の繋がりを断たれて生きていられる存在など、滅多にいない。

 

「お前は、人を、魂を冒涜し、生けとし生けるものの生死を弄んだ。死霊術師アインベルク・ツヴァインよ。貴様には死ですら生温くすら思う。しかし、貴様のような奴にこそ、全ての存在に平等に訪れる闇を、深く味わってもらおう……さらばだ」


 そう言って《勇者》は、ころころと転がる俺の首に向かってその手に持つ血塗られた聖剣を振り下ろす。

 見えていた景色はそして、残念なことに暗闇に沈んでいく。


 ……これで、終わりか。


 死は恐ろしくはないが……まだやりたいことはあった。

 魔王陛下がこれから世界をどのようになさるのか。

 これから起こることだろう、魔王陛下と《勇者》との戦いはどのような結末を迎えるのか。

 そして、魔族たち……人と敵対し、争い続けた同胞たちの行く末は……。


 せめて、すべてを見届けた上で死にたかったが、人生はままならないものだ。

 あぁ……。


 そして、俺は……魔族四天王の一人、 《冒神の死霊術師》こと、アインベルク・ツヴァインは、ここで死んだ。

 生き物の命を奪い、そして弄び続けた存在として相応しい死にざまだった。

 

 *******


 だというのに、だ。

 これは一体どういうことだ?


 俺は、ぼんやりとした頭で、周囲を見回した。

 そうだ。

 見回した・・・・のだ。

 死んだはずなのに、どうしてこんなことが出来る?

 分からない。

 俺はまだ死んでいなかったのだろうか……。

 

 ……いや、そんなはずはない。

 百歩譲って、あのとき、《勇者》によって負わされた傷が致命傷であるにしても、胸元を切られたとか、その程度だったら分からない話ではない。

 しかしだ。

 俺の傷は、そんなものですらない。

 首を体から切り離され、その上、切り落とされた頭ごと潰されたのだ。

 どう考えたって生きていられるわけがない。

 それなのに……。


 これは一体……。


 混乱が頭の中を駆け巡るも、その答えを誰かが暮れる様子もない。

 先ほどから周囲を見回し、観察し続けてはいるものの、人の気配はないのだ。

 白い壁や家具の類が見えることから、ここはどこかの部屋であることは分かるのだが……。

 

 まさか、死後の世界か?


 死霊術師として、生き物の魂のいずれ行きつく場所については自分なりに研究していた。

 主に先人たちの死生観や、宗教的な解釈に基づく想像に近いものだが、その中に、死後の世界は現世と何も変わらず、同じような世界がもう一つ存在しているようなものだ、というものがあった。

 現世と、死後の世界は裏表の関係にあり、現世で死すれば死後の世界へと向かい、また死後の世界でなすべきことをなせば、現世へと戻ってくることが出来る。

 そんなものだ。

 その考えによるなら、今、俺がいる場所は死後の世界のどこかの部屋である、という解釈も成り立たないではない。

 

 ……しかし、それはどちらかと言えば、異端に近い考えで、支持する者は少数派だった記憶がある。

 少数説だからと言って、馬鹿にしたものではないということは、いくつもの異説が長い時を経て正しかったと証明されたことがある歴史を見れば分かってはいるが……断定するにはまだ、早いだろう。


 そもそも、おかしいことは俺の周囲の状況だけではない。

 それだけではなく、今の俺自身の体についてもだ。


 先ほどからどうにかして起き上がろう、としているのだが、どうしてだかうまく体が動かないのだ。

 体全体にさして力が入らないことに加え、首もあまり曲がらず、仕方なく、目をぎょろぎょろと動かすことでどうにか周囲の観察を成立させているような状況なのである。

 自分の体がどんな風なのかを確認しようとしても、そこまでの視界が確保できず、未確認だ。

 やはり、今の俺には体がないのだろうか?

 首だけであるからこそ、こんな状態なのかもしれない。

 魔族の技術は人のそれに比べてかなり進んでいる部分があったが、俺の知らない間に、首だけになっても生命を維持できるような装置が開発された、ということもありえないではない。

 俺は所詮、死霊術師だったのであり、四天王という幹部クラスだったにしても、魔族の技術すべてを把握していたわけではなかった。

 特に研究中の技術に関しては秘匿されることも多く、他の四天王の所掌する分野にはあまり首を突っ込めなかったからな。

 医療や治癒に関する分野は、俺の所掌ではない。

 治癒術は普通に使えなくもないが、専門的なところについては他にもっと詳しい奴らがいた、というわけだ。

 俺に出来るのはせいぜいが、普通の傷を治したりするくらいで……まぁ、そうはいっても、致命傷の治癒も、身体欠損の治癒も出来るが。

 専門の奴らが研究していたのは、特殊な才能がなくとも、誰でも治癒術と同じ結果を生み出せるような器具の開発である。

 治癒術を使えるのは、魔術師や神官だけであり、そういった存在の数は少なく、さらに治癒術まで使いこなせるくらいとなると、さらに数が減る。

 しかし、戦争などしているとけが人は続々と出るから、治癒術師の数は明らかに足りなくなってしまう。

 そんな事態を解決するために、医療分野の研究をしていたものがいて、いくつかは実用化されていた。

 初歩の治癒術を、魔力さえあれば実現できる魔道具とかな。

 それだけでもかなり違うもので、俺の部下たちも重宝していたのを覚えている。

 さらに進んだところとなると、致命傷の治癒や部位欠損の治癒も可能にする器具などだが、この辺りについては製作コストや運用コストもかなり大きくなってしまって、全軍に配布、とまではいかなかったな。

 拠点ごと一台、とかその程度だ。

 それでもかなり役に立ったが、流石に首だけになっても命をつなぎとめるようなものは俺の知る限り、なかった。

 開発されていたなら助かるのだが……しかし、仮に今、俺がそんな状態であったとしても、今後どうなるのだろうな。

 体を生やす、なんてことが出来たりするのだろうか……出来ればいいんだが。


 と、色々と考えていると、がちゃり、と部屋の扉が開いて、誰かが入って来た。


「……あら? 起きていたの、アイン。そろそろご飯の時間かと思っていたけれど……ごめんなさい、待たせたわね」


 そう言って、俺の方に近づいてきて、俺の顔を覗き込んできたのは、一人の若い女性だった。

 見た目からすると、おそらくは人間、その中でも最も数が多い普人族ヒューマンだと思われる。

 白色の長い髪に、紫色の瞳を持った、中々見ない組み合わせの色彩を持っていて、しかもかなり美しい女性だ。

 普人族ヒューマンでさえなければ、と思ってしまうのは申し訳ないが、魔族と人族は戦争中なのであるから、こればかりは仕方がない。

 しかし、考えてみると不思議だ。

 なぜ、ここに普人族ヒューマンがいるのだろう?

 こうして、俺の見覚えのある種族がいる以上、ここが死後の世界、ということはなさそうだが、そうなるとここは魔族の治める地域であるはずである。

 少なくとも、俺が覚えている最後の記憶は、魔族の支配地域で倒れた、というものだからだ。

 これでかなり恨まれていたし、わざわざ人族の住む地域に運び込むことなどありえないだろう。

 なのに、目の前にいるのは普人族ヒューマンの女性だ。

 一体どういうことなのだろう……。


 大分混乱しつつ色々と考えていると、その女性は、さらに驚くべきことをする。

 自らの服をはだけさせると、俺に向かって手を伸ばしてきたのだ。

 すわ、色仕掛けか……と一瞬思うも、それにしては色気も何もない雰囲気である。

 さらに、次の瞬間、俺の体は簡単に抱き上げられた。

 俺の体、と思ったのは、首ではなく、背中や腰に触れられる感触があったからだ。

 どうやら今の俺は首だけの存在ではないらしい、ということはわかったが、しかし、そうであるとすると若い女性に簡単に抱き上げられるような重さではないはずだ。

 それなのに……。

 分からない。


 分からないが、しかし、次の瞬間、女性の口から告げられた言葉に、俺は否応なく、自分の置かれている状況を理解せざるを得なくなった。

 それは……。


「……アイン。ご飯よ。赤ちゃんの仕事はご飯を一杯飲んで、眠ることだから……さぁ、どうぞ」

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