第3話 五年後
生まれてから五年が経った。
長かったような短かったような、微妙な年月である。
魔族である俺は、二百年は生きていたから、そこからすると通常の人間でいえば、一年程度にしか感じなかったが、普通の人間の感覚で言うとかなり長い年月だったと言える。
俺がどう感じていたかと言えば、魔族としての感覚も、人間としての感覚も感じていた、というのが正しいだろう。
振り返ってみれば大した年月ではなかったように思うのだが、日々過ごしていると、一日が非常に長く感じられていた。
ずっと昔の……前世の子供の頃は、朝起きて、夜寝るまでの間がとてつもなく長かった。
そのときのような感覚だ。
新たに生まれなおして、俺の感性も子供に戻っている、ということなのかもしれない。
感情の振り幅も大きい気がするし、間違った推測ではないように思う。
それがいいことなのか悪いことなのかと聞かれると、少し迷うが……たぶん、悪いことではない、と思う。
喜怒哀楽が薄くなっていた前世の最期あたり、どこか人生に倦んでいたような感覚が強かったからな。
いつ死んでもいい、今死んでもいい、というような感じというか。
だからこそ、勇者の感情を逆なでするような台詞もポンポン言うことが出来た。
今の感覚で、あの頃に戻ってみたら、きっと言えないような気がする。
戦友を、知人を、家族を失った勇者に、あまりひどいことを言う気には、なれない。
とは言え、あれはああすることによって冷静さを失わせて有利に戦いを進めよう、という戦略でもあったので、必要とあれば言うけどな。
そう言った諸々を総合してみると、今の俺は、前世の俺と、新しく生まれ変わった部分が混じり合った、新しい俺ということだろう。
死霊術師アインベルク・ツヴァインは、
そうそう、レーヴェ、というのは俺が生まれ変わった
家名があるなんて我が新たな両親は貴族なのかか、と思ったが今の世の中、家名など平民でも持っているようだ。
魔族の場合、上位者などに認められない限りは家名など持てなかったし、持たなかった。
しかし、今は必ずしもそうではないらしい。
その理由は色々とあるようだが、大きくは家名の有無による差別などが深刻だった時期に、勝手に平民が名乗りだしたのが始まりだったようだ。
そこから一悶着あって、最終的に平民が家名を名乗ることが正式に認められるようになった、ということらしい。
ただ、そうはいってもすべての人間が家名を持っている、というわけでもなく、また貴族のそれは平民のそれよりも複雑になったりしているため、今でも家名による区別は出来るようだが……まぁ、平民だから家名がない、ということはなくなった、と思っておけばいいと言うことだ。
なぜこんな話を俺が知っているかと言えば、父母やご近所の人々に尋ねたからだ。
もちろん、尋ね歩いた時は、子供口調で聞いた。
「レーヴェってなまえじゃないの? アインは? なにがちがうの? 二つ名前の無い人もいるの? もっといっぱい名前がある人もいるの?」
みたいな聞き方である。
当然、そんな聞き方では正確な情報など聞けない。
そもそも俺のことをしっかり子供だと思っているわけだから、すごくかみ砕いた、もっというと曖昧な説明をしてくる。
けれど、俺には大人としての経験と知識、それに論理的な思考力があるわけで、普通の子供よりはずっと理解力があるのだ。
極めて曖昧な話をかみ砕き、整理し、さらに質問を重ねて……ということを長期間繰り返して、概ね正答に近い答えに辿り着いた、というわけだ。
それでも、まだまだ怪しいところや分かってないところはあるけどな。
話している本人が知らない話とかはどうしようもない。
とは言え、俺の両親は比較的知識のある方だろう。
何らかの高等教育を受けていることは明らかで、政治や経済について、体系的な知識を持っていることは話しぶりから察することが出来た。
それもそのはず、俺の両親は、俺が想像するような貴族らしい貴族、というわけではなかったが、一応はその末席にいる豪族という存在らしい。
広大な領地を持つわけではなく、村一つが領地の身代の小さな貴族だが、それでも貴族は貴族だ。
だからこそ、家はそこそこに大きく、また両親にもある程度の教養があるというわけである。
ただ、俺が前世で相対した貴族たちのように、宝飾品を山のように持っていたり、大勢の使用人を召し抱えていたりもしていない。
その暮らしぶりは、むしろ普通の村民のようである。
母は家で自ら料理をするし、村民たちとの付き合いも本当に普通のご近所さんのごとくである。
もちろん、それでも身分差からくるのだろう、言葉遣いというものがあるが、村民の母に対する言葉遣いはかなり砕けていた。
たとえば……。
「……姫さま、今日はいいトマトが取れてね。どうかと思って持ってきたんだ」
「あら、ユリク。本当ね……でも、いいの? ラータは育ち盛りだって、一杯食べるって言ってたじゃない?」
「そりゃね。でも姫さまのところのアイン坊ちゃんだってラータと同い年なんだ。同じくらい食べるだろ? いいから持っていきな」
「……分かったわ。ありがたく頂戴するわね。ただ、今度うちからも何か持ってくわ。秋ごろにはカボチャがたくさんとれると思うから」
と、まぁ、そんなやりとりをしているのをよく見る。
ちなみにユリクとは俺が住んでいる家……というか屋敷のある村に住む村人であり、ふとっちょのお婆さんだ。
ラータはその孫で、俺と同い年である。
そんなことはどうでもいいか。
それより母の扱いだが……母の名前はアレクシア・レーヴェというのだが、その名を直接呼ばれることは少なく、この村の住人からは姫さま、と呼ばれている。
昔からこの村の屋敷に住む、生粋のお嬢様だったようで、ずっとその呼び名らしい。
もちろん、この村は村であって国ではなく、カイナス王国、という国の辺境に位置する小さな村であるから、本物の姫さまが王都にはいらっしゃるのだが、そんなものと会うことなど、この村の村人にはまずない。そのため、姫様、と言ったらアレクシアを指すのがこの村の流儀のようだった。
ちなみに、話題この国のお姫様の話を世間話でする場合には、王女様、と言うのが普通のようだ。
分かりにくくないのか、と思うが、村人たちからするとそれで自然らしい。
俺としては自分の母親が姫様と呼ばれていることに若干の違和感がないではないが……まぁ、見た目は確かに美しく、どこか浮世離れしていて似合わないわけではない。
五年も経って、慣れて来たと言っていいだろう。
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