第106話 転移

「よし。準備はいいか?」


 次の日。

 早朝に起きて、二人でかき込むように朝食をとり、すぐに家を出た。

 両親ともに目を丸くしていたが、俺たちの奇行はいつものことであると諦め始めているようで、特に文句を言われることはなかった。

 そして、今は転移装置の土台の上に二人で立ち、その稼働を直前に控えている状態だ。

 操作機器をいじりながら、最後の確認と調整を終え、俺はリュヌを見る。


「……お、おぉ。いつでも来いよ」


 言葉自体は勇ましいものだが、その実、彼は珍しく緊張していた。

 一応、散々テストして安全性については確認しているし、もしものときのために守護ワギアの魔道具……水やマグマの中くらいなら身を守りつつ活動できるように保護してくれるもの……を作って渡してあるのでよほどのことがない限りは死にはしない。

 もちろん、勇者が待ちかまえていて、転移と同時に最大の攻撃力を持つ魔術とか剣技とかを放って来た、という場合には死ぬだろうが、そんなことはありえないだろう。

 昔だって、とりあえず戦う前の多少の会話くらいはしてくれたしな。勇者。死ぬ前もちょっと盛り上がったし……いや、盛り上がったのは俺だけか。勇者は憎々しく思っていただろうな。

 ともあれ、そろそろ転移しよう……。


「じゃあ……ぽちっとな」


 操作機器の最後の操作をそう言って行うと、ゴウン、ゴウンと周囲が音を立てる。

 転移装置の内部にある魔道具が稼働する音だ。

 転移先の情報を取得し、そこに向かって俺たちの情報を送り、最後に転移門を開いて俺たちを送り込む。

 この転移門はいわゆる空間に開いた穴になるが、向こう側が見える窓とか扉のようなものではなく、もっと概念的なもので……つまり普通に通ろうとしても通れないのだな。

 そこを無理矢理どうにか通す作業を担っているのが、この転移装置、ということになる。

 直後、ぱっと辺りが光に包まれ、ぎゅるぎゅると圧縮されるような、何か回転する物体に入れられたような、妙な感覚がした。

 これが、転移の感覚。

 慣れないと非常に気分が悪くなるもので、転移酔い、という言葉が昔はあった。

 リュヌは大丈夫かな……と考えながら、その感覚の中にいると、徐々に光は収まっていき、転移の感覚も緩やかに収まっていく。

 そして、すべての光が収まったとき、目の前にあったのは、今までの洞窟の景色とは全く異なるものだった。


「……全く違う洞窟!だな……」


 呆れたようにリュヌがそう言ったので、俺は笑ってしまう。


「……そうだな。壁の色が違うし、広さや形も違う……が、洞窟は洞窟だな。なんだかがっかり感がすごいが、これでもしっかり転移しているはずだぞ」


 そう、転移先もまた、洞窟の中だった。

 とはいえ、同じ洞窟の中というわけではないことは明らかだ。

 そもそも、転移装置が昔設置された場所は人間に見つかりにくい、地味な場所が多かったことを考えれば、こんなことになるのも想定内だったと言える。

 だからこれでいいのである。

 まぁ……せっかくの初めての転移なのだから、ものすごい景色が広がっていた方が幸福感があっただろうなとは思うが、現実というのは何よりも機能性が大事だ。

 ここなら仮に多用しても誰かに見つかる、ということないのではないだろうか。

 そしてだからこそ、今もしっかりと残っていると……。

 

「……とりあえず、ここがどこなのかは分かってんのか?」


 リュヌがそう尋ねてきたので、俺は答える。


「一応はな……ただ、転移先の表示は昔の地名のままだから、現代のそれだとちょっと……。ネス大陸の隣にあるのはアサース大陸って大陸なんだろう? そこだな。その最西端辺り……のはずだ」


 昔はここに、ドワーフの王国があった。

 だからこそ、ここに転移装置を作り、いつでも移動できるようにしておいたわけだ。

 ドワーフも決して一枚岩ではなく、人間に与する者と、魔族に与する者がいた。

 人間に与する者の方が多く、王国としては人間勢力に分類される者たちだったと言えるが、魔族の方に協力してくれる者はこの転移装置を利用して魔国に連れ帰ったりしていたわけだな……。

 様々な書物を読んだ限り、今はそのドワーフの王国……古王国と呼ばれる国はもうないらしいが、それでも未だにこの大陸にはドワーフが多く住むという。

 それでも大半は普人族ヒューマンばかりのようだが……。

 どうして古王国は滅びたのだろうな。

 その辺りについては記載してある書物がなかったので分からないが、調べれば分かるかもしれない。


「アサース大陸の最西端か……。となると、ポルトファルゼの近くかね? どれ……」


 リュヌはぶつぶつとつぶやき、洞窟の出口の方へと走っていく。

 光が射し込んでいるところが明らかに見えるので、その足取りに迷いはない。

 俺は転移装置に不具合がないか、おおまかに確認してから、リュヌを追いかけた。

 

「……やっぱりな。見てみろよ、アイン。いい景色だぜ」


 洞窟の端に足をかけて、遠くを見つめているリュヌ。

 俺もその近くまで進み、洞窟の外を見た。

 するとそこに広がっていたのは、どこまで続く、青だった……。


 ◇◆◇◆◇


「……海か。まぁ、最西端だもんな。見えて当然か」


 俺がそうつぶやくと、リュヌは頷く。


「あぁ。あれはひたすらに広がるシュット海……で、下の方に見えるのがそのシュット海を職場とする海の男たちが住む、ポルトファルゼの街だな」


 見れば、確かにかなり下の方に街があるのが見える

 魔術で視覚を拡大して見てみれば、大勢の人が行き交っているのが見えた。

 かなりにぎわっている街のようだ。

 そんな街を見下ろせる位置のここは……。


「ここは、ポルトファルゼを望む聖山、グースカダー山だろうな……。その山頂付近、か。なるほど、転移装置が誰にも見つからねぇわけだぜ」


 リュヌがつぶやいたので、俺は首を傾げて尋ねる。


「どういうことだ?」


「言っただろう。聖山なんだ。ここは。麓の方ならともかく、山頂まで登ってくる奴なんて滅多にいねぇ。年に一度、アミトラ教の僧侶が修行のために登るらしいが、それくらいでな。ま、そもそもそんな理由がなきゃ、頼まれたってこんなとこ登りたくねぇだろうが」


 リュヌがそういったのも分かる。

 遙か遠くを見れば確かに青く輝く海が見えるが、洞窟のすぐ外には断崖絶壁と、そこを覆う雪と氷壁しか見えないのだ。

 普通の人間ががんばったところで容易に登れるところとは思えない。


「で、どうする、アイン。戻るか? それとも周囲を調べるか?」

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