第105話 実験終了

 転移自体については確認した。

 どこに飛ばされたのかは戻してみないと分からない。

 もしかしたらどこともしれぬ場所にたどり着いてしまった可能性もあるからな。

 しかしとりあえず、しっかりと転移されたことを確認してから、再度、向こうからこちらへの転移をさせるべく操作機器を操作する。

 そして……。


「……お! 戻ってきた……が、びしょ濡れだな」


 リュヌがこちらに再度転移して来た俺たちの記念の石を見てそう言った。

 実際、それは確かに俺たちが印と紋章を刻んだ石で間違いないことは分かる。

 どこかが傷ついている、ということもなく、転移自体はしっかりと成功したことが分かるが、問題はその状態だ。

 からっからに乾いた状態で転移させたはずなのに、今、その石はボタボタと水で濡れている……。

 これはつまり……。


「……転移装置が水没してるってことだろうな」


 そういうことになる。

 まぁ、あり得ない話ではない。

 何千年も時間が経っているのだから、地殻運動でもって様々なものの位置が大幅に動いているのだ。

 加えて、転移装置があった場所自体が沈んでしまったということも想定済みである。

 こうなるとこの転移装置のある場所に俺たちが転移する、というわけにはいかないが、全く使えないと言うわけでもない。

 装置の調整が必要になるが、転移先にバリアを張り、そこに空気を送り込んでそこに転移する、ということも出来る。

 また水中での活動のための魔道具を纏ってから転移する、でもいい。

 もちろん、実際に転移するためには、どのくらいの深さか、とか水圧とか、その他様々な条件を調べてからでないと怖くて使えたものではないが、稼働している以上は全くの無用の長物にしてしまうのはもったいない話だ。

 いずれ、使えるようにしたいと思う。


「この調子だと、他の転移先も同じようになってたりするのかね?」


 リュヌが不安になる台詞を言うが、


「……まぁ、全部一応、試してみよう。すべて水没してたり、とてもではないが転移できそうにない、という感じだったらちょっと考えないとならないしな……」


 期待に胸を膨らませていたのに、意気消沈してしまいそうな出来事だったが、その後、改めて他の転移先を調べてみたところ、水没しているのは最初に転移させたところとあわせ、二つだけだったのでとりあえず安心する。つまり、普通に計算すれば十三の設備が使える……ということになるが、


「……おい、もう一つテストしてない転移先が残ってるぜ」


 リュヌにそう言われる。

 実のところ、俺たちがテストしたのは、今の段階で全部で十四、まだ一つ残っているのだ。

 つまり、十二の設備が無事で、二つの設備が水没、そして最後の一つは……。


「……いや、ここは、今はいい。覚悟がつかない」


 俺がそう言うと、リュヌは首を傾げる。


「どういうことだ?」


「まぁ、いずれ説明するさ。今のところは勘弁してくれ」


「うーん……まぁ、いいけどよ。少し気になっちまうが、とりあえず俺たちが自分で転移する方が興味あるからな。勘弁してやろう」


 リュヌが明るくそう言った。

 転移装置の操作機器、その一部、転移先の情報などが表示されている表示板を見る。

 すべて遙か昔の言語であり、リュヌは残念ながら読むことは出来ない。

 あとで言語についても直すつもりだが、とりあえずこの方式の方が早くできるのでこうしていた。

 そして、その表示板に書いてある転移先、反応が返ってきた最後の一つにはこう書いてあった。


 ーー魔大陸・魔導神殿


 と。

 どうなっているのか気にならないわけがない。 

 しかし、ロザリーの話によれば、魔大陸はすでに消滅したはずだ。

 どんな形でなのかはわからない。

 海に沈んだのか、何らかの災害で完全に消え去ったのか、それとも他の、俺には想像もつかないような事情でこの世界からなくなってしまったのか……。

 だが、いずれにしろその名残が、確かにあの大陸が存在したという証がここにある。

 今すぐにでも転移したい、そう思うと同時に、何もなかったらと思うと……。

 まだ覚悟がつかないというのはそういう意味だ。

 別に、転移先は逃げはしない。

 数百、数千の時を乗り越えてもまだ存在しているのだ。

 俺の覚悟が決まるまで、少し待っていてもらってもいいはずだ。

 だから……。


「……まずは、安全が確認されたところに生き物を転移させて、それも問題なかったら俺たちが転移しようか」


 魔大陸のことは置いておき、リュヌにそう言った。


「次は俺たち……ってわけじゃないのか。確かに今度は生き物で試した方がいいな」


 リュヌも納得したので、洞窟の外で適当に魔物を捕獲し、魔術によって使役する。

 しっかりとした準備をすれば従魔とすることも可能だが、その辺のゴブリンをそうしたところでな、という気もする。

 ゴブリンはおもしろい魔物で、場所によってはしっかりとした文明を築いていることもあり、言語も理解する賢い魔物だ。

 どちらかというと亜人に分類されるのだが、その辺りについては色々と難しいところがある。

 古い時代、つまり、俺が四天王をしていたあの時代には、ゴブリンもまた、魔族の一員として暮らしていた。

 普通に会話も出来たし、理性的な存在だったが……。


「……ガルルアァァ! ガァッ!」


 ……この辺りに住んでいるゴブリンにはそのような知性は期待できないのかもしれない。

 にしても、昔の感覚があるからな。

 襲いかかってこられたら当然反撃し、倒すけれども、ことさらにその命を弄ぶ気にもならない。

 転移装置の実験台にするくせに、という感じもするが、こいつが転移できれば俺たちの安全は確認されるからな。

 十中八九、安全なのは分かっているわけだし、まぁ、許してもらおう。

 あとで何かお礼をしてもいいが……まぁ、とりあえず、使役の魔術をかけると……。


「……ガッ……? ガァ……」


 目がとろん、とし急におとなしくなった。

 そんなゴブリンに俺は言う。


「……そこの魔法陣の上に乗ってくれ。そして、しばらくじっとしているんだ。いいな?」


 簡単な指示だが、何時間も使役しておくわけでもなく、一時間にも満たない時間であれば完全に言うことを聞いてくれる。

 ゴブリンはのろのろと魔法陣に乗った。

 それを確認し、転移装置を稼働させる。

 先ほどと同じような光がひらめき、そしてゴブリンがその場から消滅する。

 もちろん、転移先は水没していないところだ。

 それからしっかりと転移したことを確認したところで、こちらに再転移させる。

 ゴブリンは無傷で現れ、その目はとろんとしたままで、まだ使役が効いていることが分かる。

 

「……これで、よし、と。悪かったな。これはお土産だ」


 俺がそう言って、使役を解いて、それからいくつか干し肉の束になったものを手渡すとびっくりしたような顔をしてゴブリンは逃げていく。

 意識が戻って、俺たちに為すすべもなく捕まったときのことを思い出したらしい。

 襲いかかろうとするそぶりもなかった。

 やはり、学習能力とか危機管理能力とかはしっかりとあるようだ。

 

「……お優しいね、死霊術師のくせに」


 リュヌが若干の皮肉混じりにそう言うが、別に非難するような口調でもない。


「そうでもないだろ。魔術の実験台に何度もしているわけだしな。こっちに襲いかかってきたら、の話だが」


 たとえ人間であっても、そうされたら俺はそうする。

 ある意味差別はしていない。

 ともあれ……。


「これで完全に安全は確認されたと言っていいだろう。明日、俺たちも転移装置に乗るぞ」


 なぜ明日かと言えば、転移先を調査したいからだな。

 朝から晩まで時間をとれば、それなりに分かることもあるだろうし。

 俺の言葉にリュヌはほほえみ、


「ついにか! 楽しみだな……」


 そう言ったのだった。

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