第104話 実験

「……ついに、か」


「あぁ……ついに、だぜ」


 俺とリュヌは、拠点である洞窟の中で、目の前に組み上がった目的の物体を見ながら、感慨深い思いに浸りつつお互いを見た。

 二人そろって、同じような表情をしていることは鏡など見なくても分かる。

 きっと作れる、必ず作れる。

 そうは思っていても、心のどこかで、途中で断念せざるを得なくなるのではないか、という感覚はあった。

 しかし、そんなことにはならずに、今日、とうとうそれは完成したのだ。


 白色の土台を八本の太い柱が囲んでいる。

 土台には極めて複雑な魔法陣が刻まれており、ゆっくりと発光を繰り返している。

 土台の下には何百、何千という数の部品が隠されており、また柱の中も同様だ。

 それらすべての部品が一寸の狂いもなくかみ合って、この装置は動いている……。

 いや、もちろん、ある程度の遊びはある。

 少し地震が起こった、とか水没した、とかそんな程度では壊れないようにするためだ。

 色々と強化の魔術もかけてあるし、頑丈さは折り紙付きである。

 そんな装置。


 転移装置が、やっと今、ここに出来あがったのだ。

 完成に三ヶ月はかかる予定だったが、リュヌに魔道具技師としての技術を教えている間に手間のかかる重要な部品の類は作ってしまっていたし、その後の細々とした部品についてはリュヌと手分けしてひたすらに内職のように作り続けたお陰で、一月で出来あがってしまった。

 もう夏に入り、洞窟の中はひどく暑く、途中で耐えられなくなって気温調整魔道具エアコンまで作ってしまったので今、この洞窟は他のどんな場所よりも居心地のいい空間である。

 洞窟から一歩外に出ると蒸し暑くてならない。

 虫も入ってこられないように入り口には弱めの結界が張ってあるしな。

 人間大の生き物ならちょっとチクっとするくらいで済むが、虫は一撃で死ぬ。

 死なない者も逃げてもう、近寄ろうとしなくなる。

 そのため、やはり洞窟内は快適に……っと、別にこの洞窟の住み心地を語っているのではなかった。

 転移装置の話だ。

 完成が早まったのは、やはり、リュヌの努力が大きいだろう。

 俺一人であればやはり、三ヶ月ちょっとはかかっていただろうが、リュヌの魔道具加工技術がどんどん上達していったために思った以上に早くできたのだ。

 もちろん、極めて複雑なものはすべて俺が作っているが、こういう大きな設備を作る際に何気に時間がかかるのが、細々とした部分である。

 そこまで隔絶した技術や理論はいらないが、ただひたすらに根気が試されるような、そんなところをリュヌがしっかりと、素早くやってくれた。

 そのお陰だ。

 本当に、この転移装置は俺たち二人で作った、と言って過言ではないだろう。


「……完成出来た訳だし、とりあえず稼働させてみたいと思うんだが……」


 さっそく、と言った感じで俺がそう言うと、リュヌもその思いは同じ用だった。

 ただ、それでも少し恐ろしい部分もあるようで……。


「いきなり俺たちが乗るんじゃなくて、とりあえず他のモノで試してみねぇか?」


 と提案してきた。

 なるほど、確かにその方がいいかもしれない。

 こちらから転移させ、さらにそれをもう一度こちらに転移させる、ということはここからでも出来る。

 いきなり人間で試すわけではなく、それ以外のものからやってみて、安全性が確認されてから俺たちが行った方がいいだろう。

 転移先の周囲に人間がいるかいないかについても確認できるようになっている。

 これは今の俺たちにとって非常にありがたい機能だが、別にそのためにつけられていたというわけではないのは言うまでもない。

 転移装置からある程度の距離に人がいた場合、そのものが身につけている魔道具や、行使しようとしている魔術によっては転移に巻き込まれたり干渉する可能性があるので、それを避けるためについているだけだ。

 まぁ、転移装置との干渉など、相当強力な魔道具や魔術でなければ起こりえないし、仮に起こったとしても修正は可能なものなので本当に細心の注意のため、というものなのだが……ついている機能はありがたく使わせてもらう。

 

「……じゃあ、最初は……無機物から行ってみるか」


 俺がその辺に落ちている、大きめの石ころを拾って、ガリガリと短剣の先で削り印を付ける。

 それからリュヌにも手渡し、


「お前もなんか描けよ」


 と言うと、


「あ? 別に俺は……」


「いいから。こういうのは記念だろ? こいつは後で飾るぞ。初めて転移に成功した記念に」


「……はぁ。あんた、そういうの気にするタイプだったんだな……分かったよ」


 頷いて、リュヌもまた短剣で何かを描く。

 どこかで見たような紋章で、かなり細かい。

 というか、うまい。

 こいつ、美術の才能もあるのか……?

 俺も絵は好きで、昔は暇なときは描いていたが……そのうち画材でも仕入れるかね。

 ジャンヌが持ってる魔道具みたいなものがあれば便利だし。

 自分で作ってもいいが、ああいうのは買って改造した方が良さそうだ。

 

「よし、出来たぞ。かなり罰当たりなマークだけどな」


 リュヌがそう言ったので、俺は首を傾げて尋ねる。


「これは?」


「《夜明けの教会》の紋章を裏っ返して、太陽の部分を月に変えたもんだ。中々気が利いてるだろ?」


「お前……本当に罰当たりだな」


 言われてみれば反対にしてみると《夜明けの教会》の紋章そのものだ。

 いや、太陽が地平線から上ってくる意匠の部分が、月が沈む様子に変わっていたり、聖人二人が向かい合わせで祈りを捧げている部分が、骸骨二体が背中合わせに哄笑を上げているように変えられている。

 リュヌと、死霊術師である俺を表しているようだ。

 確かに気が利いているが、これを《夜明けの教会》の人間が見たら即座に異端審問にかけに来るだろうな……まぁ、いいけど。


「じゃあ、こいつを俺たちの紋章としてだ。転移させるぞ」


 俺がそう言うと、リュヌが、


「おう」


 と頷いたのでさっそく転移装置の土台の上に置く。

 転移装置は中からでも外からでも稼働させられるように操作機器は内部と外部の両方に設置してある。

 今回は外側に設置してある方を操作する。

 俺たちしか動かせないようにしっかりとパスワードも細かく設定してあるので、たとえ誰かが操作しようとしても途中で断念せざるを得ないだろう。

 破壊、分解しようとした場合の罠もたくさん設置してあるしな……。

 

「では……転移!」


 最後の操作を、なんとなくかっこつけてそんなことを叫びながらすると、土台の魔法陣の輝きが強くなり、そして八つの柱からバチバチと雷のようなものが放たれ、中心に置かれた石に直撃する。

 そして、カッ!と白く輝くと、石はその場から完全に消滅したのだった。

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