第103話 家での振る舞い

「あら、お帰りなさい。アイン、リュヌ。それにしても今日も遅かったのね」


 家の扉を開き、リュヌと共に入ると、夕飯の用意をしていた母、アレクシアが気づいてそう声をかけてきた。

 父はいないようだ。

 あれでレーヴェの村周辺を収める領主である。

 しばらくの留守していたこともあって、仕事は山積しているようだった。

 毎日忙しくしていて、家で書類仕事をしていると思ったら、村の衆と共にどこかに出かけたりなど、あわただしくしていて、戻ってくる時間はいつも遅めだ。

 アレクシアも寂しくしているかと思えば、彼女は昼に村の女たちと一緒に料理したり、工芸品作りを手伝ったりなど、彼女も彼女で忙しいようである。

 だからこそ、俺とリュヌの不在はそれほど気にされていない。

 むしろ手が掛からなくて楽だ、と思っている節すらあるが、しかしそれでも毎日朝から出かけていって、ぜんぜん村で姿を見かけないと言うのは気になるようだ。

 アレクシアはできあがった料理の数々をテーブルに配膳しながら、俺たちに尋ねる。


「いっつも不思議なんだけど、二人とも毎日どこで遊んでいるの? どこに行っても姿を見かけないし、子供たちに聞いても分からないって言うし……」


 見かけないのは当然だが、しかし、普通の人間なら到着に数時間かかる位置にある洞窟に魔術でガチガチに固めた隠れ家を持ち、そこで転移装置を製作するべく日夜がんばっている、なんて言えるわけがない。

 別に毎日必ずそこに行っている、というわけでもなく、アリバイ作りというか、怪しまれないために村の子供たちと遊んだりも挟んだりしているが、それでも完璧とは言えないだろう。

 身代わり人形を作って置いておいてもいいのだが、子供と遊ぶ、なんていう用途のためにあんな危険な魔術を毎日使うのは俺の精神が持たない。

 いざというときは死ぬ気で走って戻れば一時間もかからずに村まで戻れるのであるからそんなリスクは背負う必要はないだろう。

 しかし、それにしてもなんと答えたものか。

 考えていると、リュヌが俺より先に答える。


「秘密基地を作ったんだ! だから、流石にアレクシアおばさんにも内緒だぜ!」


 めっちゃ正直に言ってくれた。

 が、これにアレクシアは、


「まぁ、そうだったの。だったら仕方ないわね……でも、いつか、私にも見せてね。そういうの、小さい頃私、夢だったの」


 と普通に返答した。

 ビビっていた俺が損をしたような感じだ。

 しかし、よくよく考えてみれば、子供が秘密基地を作った、なんていうのは至極普通の話である。

 アレクシアの反応も同様だ。

 そのあたりの感覚をリュヌはしっかりと持っているというわけだ。

 しっかりと子供に化けているのがすごい。

 俺も学ぶところがいっぱいである……。

 それにしても……。


「夢だったってどうして?」


 俺がアレクシアに尋ねると、彼女は答える。


「小さな頃は、私、病気がちだったって話は前にしたでしょ? だからあんまり外で元気に、っていうのは出来なくてね。今は元気なんだけど、町や村で男の子たちがそうやって遊んでいるの、うらやましく思っていたのよ」


 そう言えば、そんな話もあったな。

 今のアレクシアは俺の目から見ても健康体だ。

 そうでなければこっそり治しているしな。

 しかし、今更、子供に混じって秘密基地、なんてわけにもいかないだろう。

 だからちょっと見せてもらいたいな、というくらいの感覚なのだろう。

 気持ちは分かるが……あそこは中々そう簡単に見せるというわけにもいかないからな。

 見せる用の秘密基地を後で作っておくことにしようかな、と思った俺だった。

 それからしばらくして、


「……おう、帰ったぜ」


 テオがそう言って帰宅してきた。

 その顔は非常に疲れていて、大丈夫なのかな、という気になる。

 

「お帰り」


 と、いいながら近づいて、俺はこっそりとテオに治癒魔術をかける。

 ロザリーやジークが相手であればどれだけこっそりやっても気づかれる可能性があるが、テオなら隠し通せる。

 彼も弱いわけでもないが、ロザリーたちほど極めきっているわけでもないからだ。

 テオが弱い、というよりロザリーが異常なのだな。

 

「……ん? なんだか体が軽くなったな……」


 流石に効果についてはすぐに気づいたようだが、しかし俺が治癒魔術をかけた、とまでは思わなかったようで、


「やっぱり家に帰ってくると体が軽くなるのかね……おお、今日はファラ鳥のシチューか。トランが狩ってきた奴だな……」


 とすぐに興味は晩飯の方に移った。

 それから、俺たちは食卓について、食事を始める。


「……そういや、今日は村を色々と見回ってたが、お前たちはどこにも見なかったな。どこにいたんだ?」


 テオも俺たちについて気になっていたらしい。

 これにアレクシアが答えた。


「秘密基地を作ったんですって。場所は教えてくれないのよ。私もいきたいのに」


「ほぉ。なるほどな。俺も昔は作ったもんだ……といっても、フラウカークの路地裏とかだったがな。ガラクタとか廃材で……このあたりならどこにでも作れちまいそうだし、うらやましいな」


 怒るかと少しだけ思っていたが、テオも昔は悪童だったことをそれで思い出す。

 町の外に出て、魔物と戦いに行くような男だ。

 秘密基地の一つや二つで怒ることなどあり得ないな……。

 しかし、それでも心配は心配らしい。


「……俺が言えたことじゃねぇかもしれねぇが、あんまり危険なところには行くなよ? この辺り……森の浅層については狩人たちで危険な生き物は間引いてるし、魔物の類も近寄って来ねぇように色々対策はしているが、奥に行けば普通に出てくるからな。アインも剣術はある程度身につけているとは言え、まだ体力の少ない子供だ。過信するな」


 そんなことを言ってくる。

 当然の心配だった。

 実際はとんでもない大物が襲いかかってこない限りはどうとでも出来る。

 腕利きの暗殺者と魔王軍四天王のパーティーなのだ。

 そう簡単には負けはしない。

 もちろん、それでも油断するべきではないが……魔物に見つからないように気配を隠すことも職業柄、二人そろって得意だからな。

 問題はない。

 しかし、そんなことを言うわけにもいかないため、俺とリュヌは頷いて、


「もちろん!」


「分かったぜ!」


 と、無邪気な子供のふりをして返答したのだった。

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