第107話 来襲

「もちろん、調査するさ……。まぁ、結構遠くの方まで見えるし、地理的な部分についてははっきりしてるだろうが、この辺に生息する魔物とか植物の植生を知っておきたい」


 俺がそういうと、リュヌは納得したように頷き、


「なるほど。素材に使えるからってわけだな」


 と言った。

 何の素材にかと言えば、魔道具の素材だったり、薬剤の素材だったりだな。

 それに死霊術の素材にも使う。

 こうして転移装置が完成したわけだし、長く家を留守にするということも出来るようにしておきたいから、身代わり人形をニ体分作っておきたいというのもある。

 レーヴェの村の周囲で採取できる素材でも作れなくはないのだが、結構苦労したからな。

 あまり強力な魔物がいないし、資源の類もそれほどないところなのだ。

 普通に村人たちが生活する分にはのどかで豊かないいところなのだが、俺のように様々な素材を湯水のごとく使いたいタイプからすると若干退屈で不便なのは否めない。

 そこのところを補完する役割を転移先に求めたい、というのもあった。

 

「この辺りに生息する大まかな魔物の種類や、植生なんかは説明できるぜ……。俺の主な活動場所はネス大陸だったが、アサース大陸くらいまでは足を伸ばすこともあったからな」


 リュヌがそう言った。

 なんだかんだ、こいつは非常に役に立っている。

 その知識の広汎さは相当なものだからだ。

 あの場で消滅させないで本当によかった……。

 生前、強力な力と意志を持った存在は長年放置すると、後々強大な怨霊となる。

 それを避けるために、死霊を霧散させる必要があるわけで、契約しないのであれば定期的に観察し、怨霊になる気配を察知した時点で消し飛ばすという選択もありえたのだ。

 言わなかったけどな。

 

「……? なんかスゴい怖気が走ったんだが……」


 リュヌが、俺の考えていることを本能的に察知したのか、そんなことを言ったが、俺は首を横に振って、


「外が雪景色だからな。ただの寒気じゃないか? とりあえず外に行ってみよう」


 と流すと、首を傾げながらも最後には頷いて歩き出したのだった。


 *****


 外は断崖絶壁、であるために普通の方法では洞窟には登ってこれない。

 逆もまたしかりで、普通の方法では降りようがない。

 ではどうやって出入りするかと言えば、考えられるのはロッククライミングするか、ロープを下ろすか、と言ったところだろうか。

 しかし、俺はそのどちらの選択もとらない。

 前者はこの五歳の身の体力では途中で力つきるのが見えているし、後者だと洞窟に何らかの人物が出入りしていることがばれる可能性があるからな。

 じゃあ、どうするのかというと、魔術である。

 断崖に魔術で即席の階段を作って、そこを下っているのだ。

 かなり簡易的なもので、ガラス板のような結界を一段一段形成して降りていっているだけだ。

 通り過ぎた透明な階段は魔力供給を失い消えていく。


「おっ、おい! 消すの早すぎるぜ! 俺がまだ降りてなかっただろ!」


 リュヌは後ろから着いてきている。

 そのせいか、ちょっと階段を消すタイミングが早すぎたらしい。

 かなりの身体能力を持っているからこんなもんでいいか、と思ったのだが、ちょっと申し訳ないことをしたようだ。

 素直に俺は謝る。


「悪い、悪い。あんまり長く出してると魔力の消費が心配になってな。何せ、下まで渡りきらないとならないわけだし……」


 下まで、と言っても麓までではない。

 山の山頂付近が断崖になっていただけで、二百メートルも降りれば開けたところが見えている。

 そこら辺りまで行けばもうこんな特殊な方法を使う必要もない。

 

 俺の言葉にリュヌは少し心配になったのか、


「え、魔力、足りなそうなのか? 考えなしなこと言っちまったかな……」


 と申し訳なさそうな顔になるが、俺は言う。


「いや、余裕だぞ。この調子なら三日下り続けても問題はない」


「おいっ! ……ったく、心配して損したぜ……」


 俺のふざけた答えにそう叫びながらもひょいひょい透明な階段を降りている辺り、やっぱりこいつは有能だ。

 おちゃらけて冗談にしてしまったが、実のところ、魔力についての話は嘘ではないが、消費を心配してしまうのも本当のことである。

 トラウマというほどでもないが、前世、勇者との戦いで魔力枯渇により死んでしまったことが強く印象に残っているのだろう。

 魔力についてかなりケチな思考になっていることに最近気づいた。

 可能な限り、節約節約……なんて、市場で出来るだけ安い食品を探す主婦みたいな考えが基本になっているのだ。

 決して悪いことではないし、むしろ節約できるのならその方がいいに決まっているが、あまり行きすぎるのもな……。

 いざと言うときに節約しすぎて結界を抜かれた、とかなったら洒落にならない。

 色々と程々にしておこう、と心に留めておくことにする……。

 階段を消すのもゆっくりにすると、


「お、降りやすくなったな。悪いな」


 とリュヌがお礼を言ってきた。

 やっぱりこれくらいがちょうどいいな……いや、もっと節約……イヤ駄目だ……。

 染み着いた考えを振り払うのにはもう少し時間がかかりそうである。


 *****


「これで、最後、っと」


 階段の最終段から飛び降り、そしてサクッ、とした音と共に雪に着地したリュヌである。

 断崖絶壁を下り、俺たちはとうとうまともに踏みしめられる大地までたどり着いたわけだ。

 といっても、この山のほとんど頂上であることは代わりはない。

 上の方に洞窟のあったところも見えるが、傾斜が激しすぎてやはり、普通の方法では登れるとは思えない。

 ほぼ垂直だな……。

 誰もあそこに踏み入れなかったことがよくわかる。

 昔はどうだったかと言えば、歩いて到達できるくらいだった記憶があるが、長い年月の中で岩肌が風化し、削られてああいう切り立った絶壁になってしまったのだろう。

 これは俺たちにとってはありがたいことだからいいのだが。


「さて、そんじゃ周囲の調査と行くか……ん?」


 リュヌが背伸びしてそういったところで首を傾げる。

 どうしたのかと言えば、辺りが急にふっと暗くなったためだ。

 雪がしんしんと積もっているから明るかったわけでもないのだが、それにしても暗くなりすぎである。

 そしてその理由は簡単だ。

 俺たちが、何かの影に入ったから、だな。

 俺とリュヌが上を見ると、そこにいたのは……。


「……おいおいおいおい! マジかよ!」


雪竜スノウ・ドラゴンか……久々に見るな」


 そこにいたのは、真竜の一体。

 雪を司る属性竜、雪竜スノウ・ドラゴンと呼ばれる存在だった。

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