第11話 片鱗
「……では、まずは剣を構えてみましょうか。アイン殿、どうぞ」
マルクがそう言って、俺に木剣を持たせる。
俺はこれに首を傾げた。
なぜなら……。
「……剣術の修行は、まず走ったりとかするものじゃないの?」
そう思ったからだ。
少なくとも、俺が魔族として、軍で受けた訓練はそれが最初だった。
武器を扱う前に、それが可能なだけの体力を身につけろと、そういうことだった。
マルクはそんな俺の疑問に対して答える。
「ふむ。なぜそう思われたのですかな?」
「それは……」
おっと、まずいな。
これは五歳の子供の知識としては不自然か。
普通は、武器を持ててうれしい、とかの感情が先に来て、なぜ剣をいきなり持たせてもらえるのだろう、なんて疑問を持つには至らないだろうしな。
なんと言ったものか……そう考えたとき、ふと、テオの顔が目に入る。
……よし、これでいこう。
「それは、父さんがいつも、そうしてるから。まず走ったり、体を伸ばしたりしてから、素振りとかしてたよ」
これは、事実である。
村にいたとき、たまに朝早く起きて、外を見ると、テオがそんな訓練をしていたところを何度か目撃している。
俺が普段起きる時間になると、もう訓練は終わっているのだが……。
俺が起きる前にやっているのは、小さな村とはいえ、領主としての仕事があるからだろうし、それに加えて普通に農業とかもやっていたからな。
早朝くらいしか時間がとれないのだろう。
「ほう、テオ坊ちゃんが……。私の言いつけを、ここを出てからもよく守っていたようですな」
マルクが感心したようにそう言うと、テオは少し胸を張って、
「当たりめぇよ。とは言っても、そんなにがっつり訓練できる時間はとれなかったけどな。毎日、朝にやるくらいだ」
「小さいとはいえ、村一つ切り盛りしていたのでは、時間を確保するのが難しくて当然でしょう。それでも、毎日欠かさずに訓練していたというのは、見上げたものです。ここを出て行ったときと比べると、まるで心がけが違いますな」
「……それを言うなよ。王立学院に行ってから、マルクたちの言っていたことが身に染みてわかったからな。あのころ教えられたことは、今の俺の中にも生きてるぜ……ただ、それだけに俺も不思議だな。走り込みとか体力づくりはいいのか? 俺のときはそうしてただろう」
テオも俺と同じ疑問を持っていたらしい。
これにマルクは、
「坊ちゃんの場合、少し、血の気が多いように思えましたからな……まずは、疲れさせてから肩の力を抜いて頂き、学ばせようと考えたまでです。それに、剣術に対する興味も並々ならぬものがありました。言わなくとも剣を握りたそうにしておりましたのを覚えております。ですが、アイン殿は当時のテオ坊ちゃんとは性質が異なるご様子。まずは、剣に対する興味を持っていただきたいと思ったのです。もちろん、体力は必要ですから、走り込みや基礎訓練などはする予定はありますぞ」
そう答えた。
なるほど、マルクから見ると、俺はだいぶ物静かな子供に見えるようだからな。
誤解を恐れずに言えば、若干引っ込み思案な部分のある子供、くらいに見えるのかもしれない。
だとすれば、まず、剣術を教えるに当たり、それが楽しく興味深いものだ、と思わせるところから始めた方がいいと思った、ということだろう。
テオの場合は、元から剣術を学びたくて仕方がなかったんだろうな。
小さな頃はどちらかと言えば物静かだった、という話だが、当時の様子の所々から、後々の性格につながってくるような部分が感じられる。
「なるほどな……よし、アイン、構えてみろよ。俺も見てやるから」
テオが頷いて、俺にそう言ってくる。
マルクの話に納得したらしい。
そしてそれは俺も同じだった。
「うーんと……こう、かな」
そして、俺は剣を持ち上げ、構えてみる。
あまり、うまくはない構え方だな。
もちろん、前世の記憶のある俺だ。
当時身につけた剣術、その構えなら、今でも十分に再現できる。
出来るが……いきなりそんなことをしたら怪しいにもほどがあるだろう。
テオの身につけている剣術、その構えは何度か見たが、それと俺の本来の構えはかなり異なる。
それでも、ある程度、剣術を学んだ者から見れば、俺がかつて身につけた剣術の構えの中に、歴史的に積み重ねられた合理性を見つけてしまうだろう。
そんな構えを、今ここでするわけにはいかないのだ。
それに、昔身につけた剣術であれば、教えてもらわずとも一人で訓練すればいいだけの話だからな。
俺は今、ここでテオやマルクの剣術を学びたいのだ。
だから、今俺は、村で見たテオの構えをなんとなくまねした形で構えているわけだ。
そんな俺のへっぴり腰気味な構えを見て、テオは頷き、それから、
「へぇ、初めてのワリには、まぁまぁ様になってんじゃねぇか。なぁ、マルク」
振り返ってマルクに言う。
マルクもテオの言葉に頷き、
「確かに……中々のものですな。少し直せば、十分に通用しそうなほど……? ふむ」
少し不思議そうにそう言っている。
……まずいな。
ちょっと怪しんでるだろ、マルク。
テオは特に不審に思っていないようだが、マルクの目から見ると、これだけ崩しても尚、なにか奇妙に感じるらしかった。
そしてその感覚は正しい。
その気になればほぼ完璧にまねられるのを、あえて少し崩したくらいにしているからな……そういうのを、達人は理屈でなく感じ取れるのだろう。
俺も、俺が学んだ剣術を他人が中途半端にまねたら気づくしな。
若干の危機感を感じた俺は、
「……あっ」
手が滑ったように見せかけて、木剣を落とす。
そこそこの重みだったので、五歳の子供が長時間把持しきれずに落とすのは何も不思議なことではない。
そう思っての行動だった。
「おっと」
テオがそう言って、木剣をキャッチし、さらにこけそうになった俺のことも抱き留める。
その反射速度は中々のもので、父もやはりしっかりと戦う技能を身につけていることがそれだけでも分かるほどだった。
「おや、やはり、大人用の木剣を握るには、体力が足りませんでしたかな……しかし、どうやらアイン殿には剣の才がおありのようです。これは鍛え甲斐がありますな」
マルクが疑念の表情を霧散させ、そう言った。
先ほどのことは気のせいだった、と解釈したようだ。
たまたま、うまい構えが出来たのだ、と。
そういうことは全くないわけではないし、もう一度同じようにやらせても出来ないと言うことも珍しくない。
なんとか誤魔化すことに成功したらしいと思って、俺はほっとする。
だが、次やるときは、もっとしっかり崩して構えようと思った俺だった。
そしてその日はそれから、最初の話し通り、走り込みと基礎訓練に費やされ、剣は少し持った、くらいで終わったのだった。
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