第174話 進化の方法

 魔物の進化とは何か。

 これには様々な解釈があるが、俺……というか、俺が学んだ死霊術師の一派は、魂の格の上昇である、と理解している。 

 そして魂とは何か……と言われると更に難しくなってくるのだが、それは人を人たらしめる何か、だとしか言いようがない。

 確かに俺にはそれを視認することが出来る。

 魂には様々な形があるが、代表的なのは死霊だ。

 だから、そこにあることは分かっている……と一応言える

 ただ、それでも全てが分かっているわけではない。

 魂が一体どこに行き着くのか、その全てを理解するためには……意識を保ったまま、死ぬ必要があるだろう。

 そして俺は、一度死んでいながらそれが出来なかったわけだ。

 こんなチャンス、二度とないだろうに、それを逃した自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなる。

 次のチャンスにでも期待するしかないが……当分先のことになるだろうから、魂の全てが理解できるようになる日は遠いな……。


 そんな俺でも、進化のために必要な知識と方法を持っている。

 というか、最近思いついた。

 前世においては、魔物が極限まで力をつけた場合に自然に発生するものであり、魔王軍においてはそこまで珍しい現象ではなかったために無理に進化に導く必要を感じたことがなかった。

 そのために、その方法を考えるということもなかったが……今では進化は極めて珍しい現象であるらしい。

 なぜそうなってしまったのか、というのもまた、研究に値する事柄ではあるが、今のところは置いておき……。


「……ぴぎゃぁ!! がぁ! うがぁぁ!!」


 洞窟拠点の壁に貼り付けにされたウヌア君が、これからされることに心を高鳴らせてそんな喜びの声を上げている。

 それを見つめている、俺とリュヌ……。


「……なんだか、もの凄く酷いことをしている気分になるぜ……」


「暗殺者の台詞とは思えないな」


「俺だって普通の感覚は持ってるぜ。仕事のときはそれを切れるだけさ」


「プロだな……しかしまぁ、ウヌア君には酷いことをするってわけじゃないし、良心の呵責を感じることもないだろう」


「人工的に《進化》させる、か? 本当にそんなことが出来るのか?」


「……理論的にはな。進化とは魂の格の上昇だ。それにともなって、魔力量が上がり、結果として身体的に大きく魔力の影響を受ける魔物はその存在そのものが変異する。そういうものだ……だから、魂の格を人工的に上昇させれば、結果的に進化する……ハズだ」


「理論的には、とか……ハズだ、とか、端々に怪しさを感じるんだが……」


「初めてやるんだから仕方が無いだろう。まぁ、失敗したところで死にはすまい……というか死なせてやらん。ウヌア君は俺の実験体第一号なのだから」


「……死んだ方がマシなんじゃねぇのか? まぁ、いい。それで、魂の格ってのはどうやって上げるんだ?」


 かくり、と首を傾げてリュヌが聞いてきたので俺は答える。


「魂には様々な特徴があってな……そのいずれかを上げれば格もまた、上がる。絶対ではないがな。そしてその特徴の中でも、一番分かりやすいのが強度だ。つまり、そいつを強くするのが一番簡単に魂の格を上げられるということになるな」


「強度?」


「以前お前に話をしただろう。裸の状態の死霊は、神聖魔術などで容易く吹き飛ばされると」


「あったが、それがどうした?」


「なぜそうなるかと言えば、魂の強度が弱いからだ。しかし、強度が上がれば、ちょっとやそっとの魔術では魂は破壊されなくなる」


「なるほど、鉄の鎧と神鉄オリハルコンの鎧の違いみたいなもんか。魂にもそういう強さの違いがあると」


「そういうことだな。他の魂の特徴は……魔力惹起性とか、環境影響性とか、色々あるんだが……そういうのは人工的に上昇させるのが難しくてな。ま、簡単な方法もあるかもしれないんだが、今のところ俺はそれを見つけられていない。だから無理だ」


「あんたにも出来ないことがあるんだな」


「この世は俺に出来ないことばっかりだよ……ま、そういうわけで、俺が無理矢理に進化させられるとしても、それは低位の魔物に限られてくるだろうな。上位の魔物になるにつれ、魂の強度というのは上がっていく。そしてそれを強くするのも難しくなっていく」


「つまり、ゴブリンくらいが関の山だと?」


「もう少しはいけると思うが、飛竜くらいになってくるとかなり厳しそうだな」


「飛竜ねぇ……いずれ捕獲して試してみるか?」


「それもいいが、今はウヌア君からだな……やるぞ」


 俺がそう言うと、リュヌは頷く。

 俺が一歩ずつ近づくに連れ、ウヌア君の悲鳴は大きくなるが、完全に壁に拘束された彼に出来るのは、唯一固定されていない口から悲しげな声を出すことだけだった。

 噛まれないように気をつけつつ、俺は掌をウヌア君の胸元へと近づけていく。

 魂の位置、というのは実のところ観念できない。

 というか、体全体がそうであるため、体のどこにある、とかそういう話ではないのだ。

 ただし、中心点というのはあって、魂に干渉しようとするのならそこに直接触れるのが効率的だ。

 俺はそこに手を伸ばしている状態だ。

 そして、掌から少しずつ、魔力を吐き出していく。

 魂の格を上げる方法、それは魂に強い負荷を与えていくことによってなされる。

 これを思いついたのは、グースカダー山の魔物達を見たからだ。


 あの地の魔物達は、雪竜の力を受け、その身を強力なものへと進化させている。

 それを彼らは加護のためだ、と解釈していたが……俺から見ると、少し違う。

 カーやスティーリアに与えられていたのは、確かに加護だとは思う。

 でなければあそこまで強力な力を彼らが持つことはなかっただろう。

 しかし、種族全体が大きく進化しているのは……むしろ逆ではないだろうか。

 雪竜の強力な力を受け、それに対抗できるように強くなった。

 そういうことのような気がする。

 その証拠に、というわけではないが、彼らの能力の一つに、氷雪に対する抵抗力の高さがある。

 雪竜から加護をただ受けているのなら、抵抗などせず、自らの力として吸収すればいい。

 しかし、彼らはあくまでも氷雪を侵襲として受けている。

 つまり本質的に、彼らにとって雪竜は敵なのだろう。

 だからこそ、カーのように、ネージュに喧嘩を売りに行くような魔物が定期的に出る。

 もちろん、彼らはそれらのことを分かっているというわけではないだろうが……本能的なものだろうな。

 この辺りについては、彼らに説明すると彼らの関係や思想に問題が出るような気もするのが特に言うつもりもないが、おそらくそんなところなのだろうなと思っている。


 そしてそういう例から見いだした魔物の進化方法が……魂に強い負荷をかける、ということなのだった。

 ウヌア君は、俺が特殊な加工を施し、魂に干渉できるようになった魔力をそれこそ裸の魂に受け、苦しんでいる。


「うがぁっ! あがががが……!」


 しかし、その苦しみと比例するように、魂が少しずつ強度を増していることが俺の目には見えている。


「……おい、これ大丈夫なのか? ウヌア……頑張れ!」


 リュヌが柄にも似合わない応援をし始めた。

 それくらいに辛そうだ。

 だから、これを耐えきれば、ウヌア君は強くなる。

 いや、強くするのが目的ではないのだが、結果的にそうなるだろう。

 そして、猿から人へと進化するように、言葉を介さないゴブリンから、教育次第によっては亜人として扱われる存在へと至るはずだ……。


 俺は苦しむウヌア君に、心を鬼にして、魔力を吹き付け続けた。

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