第180話 懐かしい記憶4

「……で? 話は終わったかよ、魔術師共」


 和やかな会話は、横合いからかけられた若干、乱暴な言葉で終わりを迎えた。

 声の主はもちろん、この場にいる四天王の一人。

 巨体の人狼であった。


「なんじゃ、ジェリダ。わしらの会話に何か文句でもあるのか?」 


 ゲゼリング老が、人狼の方に向かってそう呟く。


 《人狼王》……ジェリダ・ヴァルヴァリ。

 それが彼の名前だ。

 人狼は、獣人の狼系と見た目が似ているため、混同されやすい種族だ。

 しかし、実際にはそれとは少し異なり、その身に強大な魔力を宿した、歴とした魔族だ。

 分かりやすい違いを言うなら、人狼はその気になればその身を巨大な狼そのものへと変化させることも出来るというのがある。

 そんな人狼であるジェリダは、かなり腕力に頼る性格をしている……ともっぱらの評判で、彼が気に入らないことを部下が言えば八つ裂きにしてきた……と、俺は軍に入ったばかりの頃に聞いたことがある。

 実際にはそうなのかどうかは分からないが……確かにそれくらいのことはしそうだと思えるほど、獰猛な野生が体全体から吹き出しているような男だった。

 だから、俺がそんなことをするのも不遜かもしれないが、ゲゼリング老のことが少し心配になった。

 同じ四天王とはいえ、単騎らしいジェリダにそのようなものの言い方をして、殺されやしないかと。

 師匠や俺に友好的な態度で話しかけてくれた人である。

 出来ればそんな目に遭って欲しくないと思った。

 ゲゼリング老は四天王の中でも最古参で、一人で隕石すら降らせることも出来ると言われる無比の魔術師であるが、単純な反射神経で言えば、戦士としての色の強いジェリダにこの距離から攻撃されれば反応できないのではないか。

 そうも思った。

 だから、俺は二人の会話を冷や汗を流しながら聞いていた。


「……文句だと? 別にそんなものないぜ。ただ、随分と遅いなと思ってよ……。この中で陛下を呼びに行けるのはあんたかフランくらいだし、話が済んだならちょっと様子を見てきてもらえればと思ったんだが……」


 しかし、意外にもジェリダが続けた言葉は極めて普通のものだった。

 特に乱暴でもなく、穏やかなものだ。


 フランが俺の耳に口を寄せて呟く。


「ジェリダは見た目ほど粗野ではないぞ。そもそも人狼は賢い者が多いからな……」


 そんなことを。

 意外だ。

 ゲゼリング老はジェリダの言葉に頷き、言う。


「確かにそうじゃな……。ではフラン、お主が行くか?」


「いえ、私は弟子の付き添いに過ぎませんので、それは礼儀に反しますでしょう。ゲゼリング老、お願いできますでしょうか?」


「……ふむ。仕方あるまい。では……」


 行ってくる、とまで言いかけたところで、


「その必要はない。済まないな、待たせて。最近少しばかり書類仕事が多すぎるのだ……やっと一息つけた」


 気づけば、先ほどまで誰も座っていなかった玉座に、人の姿があった。

 何の気配もなく、そしてこの場にいる誰にも気づかせずにそこに座ることの難しさときたら。 

 それなのに、こんなに易々と……。

 驚くと同時に、


「アインベルク……! 跪け!」


 フランにそう言われ、慌てて跪いた。

 他の四天王達は気づくと同時に即座に跪いたのだろう。

 俺が跪く前に、全員がそうしていた。

 こういうところでも、俺はまだまだだな、と理解させられる。

 本当ならこの場において最も目下の俺が最初にそうすべきだったというのに。

 けれど、現実的には不可能だ。

 あんな風に一切の気配なく現れられては……。

 本当に、一体どうやったのだろう。

 分からないが、それでも実力がとてつもなく隔絶したところにあることだけは深く理解した。

 それも当然で、玉座に座っているその人こそ……魔王陛下。


 この国、魔国を治められている、唯一無二の方である。


「……良い、良い。皆、楽にせよ。顔も上げて立ち上がれ。この場にいる者たちならそれでいいだろう。四天王しかいないのだ……っと、フランと、その弟子もいたか。しかし、話が進まないのでな。やはり、皆、立ち上がれ」


 軽い様子でそう言われ、まずゲゼリング老が立ち上がり、他の皆もそれに続いた。

 俺は目下らしく最後に立ち上がり、おそるおそる陛下の方に視線を向けると、そこには嬉しそうな微笑みを浮かべた、端正な顔立ちの魔人の姿があった。

 しかし、その表情とは異なり、その身から迸る圧力はすさまじい。

 吹き出る魔力、闘気もさることながら……目の前にするだけで跪きたくなるような強烈な吸引力までも感じる。 

 なるほど、この方が魔王だと言われれば誰しも納得するような、そんな姿だった。

 これほどの距離でこの方を見たのは、初めてのことで……何か感動するものがあった。

 城の下から、バルコニーに顔を出した陛下を見たのが、今までの俺の最接近だったのだから。

 それですら、この圧力とカリスマ性はそのままに感じられたのだから、とんでもない方だと思う。

 そして、そこまでの力を感じさせながらも、魔力についてはおそらく、かなり抑えていらっしゃるだろう。

 闘気の方は正直俺には全く才能がないので威圧感があるということしか分からないが……やはりそちらについても魔力と同様なのだろう。


「お前達、今日はよく集まってくれたな……。こうして四天王全てが揃うことは年に何度もないが、今回はその必要があると考えて招集した。その理由は……皆、分かっているな?」


 これに答えたのも、やはりゲゼリング老だった。

 どうやら、四天王の中では彼が筆頭らしい、となんとなく分かってくる。

 役職上は四天王に上下の差はないが、実際にはやはり古参である彼がこういう場においては対応するということだろう。

 そういったことはある程度決まっていた方が組織は円滑に進むし、悪いことではない。

 しかしそれに、かの人狼王が従っているのが意外だが……ただ、先ほどの会話を聞く限り、彼もそこまで道理を無視して暴力に走るというタイプでもなさそうだった。

 八つ裂きとかは、下士官の噂話に過ぎなかったようだ。


「分かっております。皆の……後継のことでございますね?」


「その通り。次代の四天王……その候補を皆にはそろそろ探して欲しいと思ってな。もちろん、まだまだ皆がその役を務められることは分かっているが、これから先は、何が起こるか分からん……」


「気が早いお話かと思いましたが、何か具体的なご心配ごとでも……?」


「先日、《教会》に神託が下ったらしい」


「神託……?」


「あぁ……」





 ──《勇者》、というものが生まれるとな。

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