第41話 魔術分類

「そうですわね……《魔術とは何か》、この本は言葉もそれほど難しくなくて、私でもなんとか読めますの。でも、その代わりにあまり詳しいことは書いていない、とお父様が仰っておられましたわ」


 確かに、そんな感じの本である。

 さきほど見た記述も概ね簡単な単語が目立っていたし、厚みもかなり薄めだ。

 大まかな概要を子供に説明するのに使うのだろう。

 ここまで薄いと俺が一人で読めば十分もかからずに読み下せそうだが、ジャンヌが読んでくれるそうなのでお言葉に甘える。

 意外と世話焼きなのかもしれなかった。


「ええと……――魔術とは何か。それは、人が、魔力を使って起こすこと、すべてのことを言います」


 そんな叙述から始まった朗読。

 それは、概ねこのような内容だった。


 魔術とは何か。

 それは、人が魔力を使って起こす現象全てを指す。

 魔力とは何か。

 それは、この世にあまねくいくつもの力のうちの一つで、どんなものにも存在しているものである。

 魔術を遣える者は魔術師、と呼ばれ、また使える魔術ごとに特別な名前で呼ばれることもある。

 火の魔術を使える者は火炎魔術師、水の魔術を使えるものは水流魔術師、土の魔術を使える者を地魔術師、風の魔術を使える者を嵐風魔術師、など。

 また、魔力を使って魔術を使用するには、使用者本人が沢山の魔力を生み出せなければならず、したがってこの世に存在するすべての人が魔術師になれるわけではない。

 この意味で、魔術師は選ばれし人たちだ、と言える。

 魔力の多寡については本人の才能によるもので、意図的に増やす方法は見つかっていない。


 また、魔術師の名称について言及したが、それで分かる様に、魔術には分類が存在する。

 これは、人それぞれに得意な魔術、不得意な魔術というのがあり、それを理解しやすくするために考案されたものである。

 代表的なのは、この世に存在するものを、属性で分類する方法で、その中でも四大属性というものがある。


 一つが火。 

 着火する、火を放つ、と言ったおよそ魔術と言ったら、と言われて初めに思い浮かぶであろう属性で、これに長けている者は攻撃に向いているとされる。極めれば山一つを燃やし尽くすことも可能だという。


 一つが水。

 水を発生させる、という特性上、飲み水を作ったりすることが出来るため、旅などでは非常に重宝される属性だと言われる。歴史上最も強力な水魔術と言えば、津波を起こすものだというが、現存する魔術師でそれを使える者はいない。


 一つが土。

 伝説クラスになると地形を変えることすら可能とされる属性だが、普通は岩を砲弾として放つなど、物理的攻撃力に長けた属性である。


 そして最後が風。

 風を作ることが出来ることから、船乗りには非常に重宝される属性である。長じれば、竜巻を生み出すことも出来ると言われる。

 

 これら四大属性の他にも属性は様々あり、それらを知ることで魔術に対する理解を容易にし、その習得に役立つだろう、ということだ。

 他の属性で有名なのは光や闇、雷などであり、また特殊なところだと毒や樹などもある。

 ただ、属性魔術をすべてだと思うべきではなく、他の分類法も学ぶべきだ、と言う。

 

 概ねそんなところだ。

 俺の感覚で言うのなら、これらの知識はそれなりに有用だが、すべてを語っているわけでも完全と言う訳でもなさそうだな。

 ただ、子供向けの書物であるし、そのために書かれたことを前提とすると十分な内容なのではないかと思う。

 属性分類は子供には理解しやすい考え方で、とりあえず何か魔術を身に付けようか、という際にどれが好きか選ばせ、使わせたりするのに重宝する考えだからだ。

 いっぱしの魔術師になってからも、対立する属性の対消滅なんかを考えるときには役に立つ。

 ただ、この本で書かれている通り、これがすべてだと思っていると訳の分からない魔術を相手が使ってきたりすることもあるのでダメだろな。

 卑近な例を挙げるなら、俺が得意としていた死霊魔術などだろう。

 これは一応、属性で分類するなら闇に入るだろうが、完全な闇の魔術かと言われるとそういうわけでもない。

 まぁ、前世において人間たちは完璧な闇の魔術だと思っていたようだが……今の人間たちは違うのかもしれない。

 あの頃、人間たちの魔術の分類と言えば属性分類法しかなかったからな。

 他の分類をする者もたまにはいたが、確か教会が認めないためにすぐに消えていった。

 昔の教会は聖属性を頂点とする属性にヒエラルキーを設ける属性分類を採用していたから、どうしても他の分類をするわけにはいかなかったのだろう。

 そのお陰で、俺たち魔族は随分と楽をさせてもらった……懐かしい記憶である。


「なるほど……魔術にも色々あるんだな」


 《魔術とは何か》をジャンヌが朗読し終えたところで俺がそう口を開くと、ジャンヌは満足そうに、


「そうなのですわ!」


 と頷いた。

 俺はふと気になって、ジャンヌに尋ねる。


「そういえば、ジャンヌは魔術を使えるのか?」


 《気》を身に着けるためには極めて厳しい肉体的鍛錬が必要で、それを乗り越えた先にやっと感覚を使えるものだが、魔術は少し異なる。

 才能さえあれば、つまり魔力が十分に体内にあるのなら、鍛錬せずとも何かのきっかけさえあれば使えてしまうことがあるのだ。

 もちろん、失敗すれば大爆発、結果死亡、なんてことにもなりかねないし、多くはそのきっかけを自ら掴むことが出来ないために学ぶまで使えない。

 ただ、貴族には魔力持ちが多いらしく、魔術師が生まれやすい、という話をロザリーから聞いたことがあり、だとすれば、早い時期に魔術を使えるようになっている可能性もあるだろうと思ったのだ。

 ジャンヌはただでさえ、好奇心が強いことは、ロザリーから夫を奪おうと剣術の訓練を始めるところからも理解できるしな。


 しかし、ジャンヌは俺の質問に首を横に振り、


「いいえ。さすがに魔術は……だって、いっぱい勉強しないと使えないのでしょう? お父様も、いつか使えるようになるかもしれないとは仰ってくれますけど……」


 と残念そうに言ったのだった。

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