第40話 森人族について
――昔のことについて、感傷に浸るのはこんなところでいいだろう。
深く息を吐いて、落ち着き、俺は改めて頭を切り替える。
思い出せばキリがない思い出に浸っていると、いつまでも立ち直れなくなってしまう。
俺は、どんな理由があるのか分からないが、それでもこうして新しい生を得たのだ。
魔族に比べれば寿命は短い普人族(ヒューマン)という存在。
死霊術を前世のレベルまで持っていければあまり気にする必要はないだろうが、それでも今の時点では限りある命なのだ。
一秒一秒を大切にしなければならない。
もちろん、こうやって色々な葛藤をしている時間も大切ではあるが……。
今すべきは、様々な情報の確認である。
過去のことは大まかにだが、分かった。
次は……。
「……魔術について、かな」
俺がそう呟くと、ジャンヌが頷いて、俺の前に重ねてある本の中から一冊を取り出した。
タイトルは……《魔術とは何か》というシンプルなものである。
見るからに子供向けの装丁であるし、ジャンヌが開いたそれをパラパラ見る限り、叙述も簡単でやはり子供向けなのだろうが、というものだ。
あまり難しい言い回しはタイトルにも使わない、という著者の拘りなのだろうな。
著者名は……リリ・シェーンベルグと書いてある。
女性かな?
と思っていると、ジャンヌから解説が入った。
「この本を書かれたのはリリ・シェーンベルクさまという方で、タイムラース王立学院の学院長をされている方ですわ。私もいずれ、ご挨拶したいと思っておりますの!」
タイムラース王立学院とは、あれだな。
王都タイムラースに存在する教育機関で、様々な学問や、魔術、武術などを教える総合教育機関。
有能な人物を育てるための学校だ、というのはもちろん聞いていたが、俺からすると、父であるテオが無理やり放り込まれた場所だった、というのがまず思い浮かぶので、不良生徒が沢山いる牢獄のような場所かも知れないと思っていたところも少し、あるのだが、ジャンヌの憧れるような瞳を見る限り、テオはむしろ例外のようだ。
貴族子女からすると、憧れの学校、という方が正しいのかもしれない。
よくそんなところにテオは行けたものだな、と思うが、元々、伯爵家のしっかりとした教育を受けていたことに加え、剣術の才能に関しては相当なものだったのだ。
そういう一芸も評価されての入学だったのかもしれない、と思う。
「そうなのか。でも、ジャンヌが入れるのは……七年後だろう? いくつなのか知らないが、その頃にはもう学院長を引退されているかもしれないんじゃないのか」
確か、記憶によれば入学は通常、十二歳であるという話だった。
そこからどのくらいの期間で卒業できるかは人によるということだったが……。
テオは十歳くらいで入れられたんだったな。
だがこれは特殊な例だろう。
ジャンヌも十歳で入れる、とは考えない方が良さそうだ。
俺の疑問にジャンヌは首を横に振った。
「そんなことはありませんわ。いえ、もちろん、リリさまがいつ学院長を辞められるのかは分かりませんけど、七年後ならまだいると思いますの。だって、リリさまは
「
微妙な聞き方になってしまうのは、今の時代に
俺の前世には普通に魔族と争っていたので前線でもそれなりに見たが、あまり繁殖力旺盛な種族ではなかったからな。
あの戦いで数が減って、そのまま滅びた、なんてこともありえると思っていた。
だが、確かにまだいるらしい。
どのくらい数がいるのかはわからないが……。
ジャンヌもはっきりしたことを知っているわけではないようだが、一応、俺の質問に答えてくれる。
「そうですね。
がっくりと、残念そうにジャンヌは言う。
それはそうだろう。
彼女の年齢はまだ五歳。
教育の賜物か、非常に大人びた言葉遣いをするし、考えも論理的ではあるが、やっぱりまだまだ子供だ。
まさか酒場に行けるわけもない。
そもそも、貴族令嬢なのだから、大人になっても行けないような気がしないでもないが、そこのところはケルドルン侯爵もぼかしているのかもしれない。
ジャンヌに「わたくしも酒場に行ってみたいですわ」と言われれば侯爵は「いやいや、ジャンヌ。酒場は大人の社交場。少なくとも成人にならなければ行くことはできないのだよ。それまで我慢しなさい」みたいな断り方をして。
この国において、成人は確か、十五だったかな。
これは戦争に自らの意志で出征出来る年齢を基準にしているということだ。
貴族だったらもっと早く出ることも出来るらしいが、どんな職業でも十五になっていれば成人として扱われる、という意味だ。
もちろん、この年になってもまだ駆け出し扱いなのが普通で、職業人としていっぱし、と認められるのはずっと先なのだろうけどな。
俺はジャンヌに、侯爵の気遣いを無駄にしないように考えてから言う。
「酒場は大人になってからのお楽しみだな。
「どうなんでしょう……? 実は、わたくしもほとんど会ったことがありませんの。お父様が開かれるパーティーで、少しだけお話したことがあるくらいで、ほかのどんな場所にいるのかは……タイムラース王立学院と、酒場以外には……」
ジャンヌは五歳なのだ。
その情報量はこんなものだろう。
そんな中でも十分に答えてくれた方だろう、と思う。
気になったことはとりあえず胸に留めておいて、ロザリーやケルドルン侯爵、それか、ハイドフェルドの誰かにあとで尋ねてもいいだろう。
そこまで考えたところで、
「話がずれたな。まずは、魔術の本を読もうか」
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