第204話 内見について
その日の夜は宴会になった。
村を挙げての宴会だ。
テオとカーの戦いに盛り上がった村人たちを中心に、カーの歓迎会をやろう、と言う話になったのだ。
カーはあまり自分が目立ちすぎるのもまずい、という認識はあったようで固辞していたのだが、最終的にはテオや狩人たちに押し切られて受けることになった。
いきなり宴会など準備が大変なのではないか、と思うが、この村は比較的豊かであり、しかも最近、ゴブリンの活動が静かになってきているらしく、今日の狩人たちの戦果はかなりいいものだったようだ。
そのために、大盤振る舞いできる言い訳を探していた、というのもあるらしい。
宴会ともなれば、どれだけ酒を飲んでも彼らの妻たちは仕方がないと諦めるからな……。
普段は完全に尻に敷かれている男たちだが、こう言う時だけ張り切るのはどこも一緒らしい。
宴会をするために必要なありとあらゆる仕事を手際良くこなしたのだった。
「……いい村だな」
カーが村の広場の中心に焚かれた焚き火を見つめつつ、俺にそう言った。
隣には俺と、ネージュがいる。
親父たちは領主らしく、村人たちのところを順繰りに回っているので今はここにないない。
さっきまではカーと楽しげに飲んでいたけれどな。
俺はカーに言う。
「親父がいい領主だからな。周囲の森も豊かだし……ま、王都なんかから遠く離れている上、国境に程近いが国境自体が高い山々に囲まれてるってのも大きいだろうな。平和な土地だよ」
他の国境の領地というものは、常に隣国からの脅威に備えなければならないが、ここレーヴェの村にはそういう理由で心配が少ない。
もちろん、絶対ではないが、高い山を超えて、大きな都市からもかなり遠いこの辺りを目指してやってくることは隣国などから見てもあまり現実的な選択肢ではないのだろう。
他に攻めやすいいいところがあるからな。
そしてそういう場所は小競り合いが絶えない。
「平和な土地、か。グースカダー山も平和といえば平和なのだが……」
「……そうか? 魔物同士で争いが絶えないかなり厳しい土地に思えるけどな」
しかも食料は少ない。
カーがあの土地で、自分たちの一族の行く末を心配するのは良く分かる気がした。
カーもそれについて口にする。
「まぁ、な。だからこそどこかに移住できる土地を探して……」
と、そこまで言ったところで、ネージュが、
「じゃあ、あの浮遊島はどうなの? あそこなら移住するのにいいところだと思うの」
と突然口にした。
一瞬、いきなり何を、と思ったのだが、考えてみると悪くない案である。
カーにはまだ話してなかったから、彼は首を傾げて、
「……浮遊島? それは一体どういことだ?」
と尋ねてきたので、今日あったことを掻い摘んで説明すると、
「……ほう。なるほど……確かに良さそうなところだな。だが、そこはアインの土地なのだろう? であれば勝手に移住するわけにもいかんからな……」
と水臭いことを言ってくる。
だから俺は、
「いや? 移住したいならしてくれて構わないぞ。ただ、あそこはまだ何もない浮遊島だからな……これから発展させることは出来るらしいが、どれくらいの生き物があそこで生きていけるかは、まだ未知数だ」
「ふむ……だが、良い候補であるのは確かだ。ダメならば他を探せばいいしな。もし本当に移住を認めてくれるのなら、一度、見物にいかせて欲しいのだが……?」
「それは全く構わないぞ。俺たちも近いうち、またあそこに行くつもりだしな」
「あぁ、森精霊が来るという話だったな」
カーの言葉にネージュが、
「森精霊がいれば食料の心配もあんまりいらないと思うの。頼めばある程度融通してくれると思うの」
と言う。
しかしこれにはカーが、
「精霊に頼んだところでそうそう聞いてくれるとは思えんが……」
と首を傾げる。
確かに一般的に彼らはあまりそういう頼み事を聞くような存在ではない。
例外もないではないにしろ、基本的に自分勝手な者たちだからだ。
だが、ネージュはいう。
「浮遊島はアインのものなの。そこに住む許可はアインしか与えられないから……少しくらいお願いは聞かせられると思うの。もちろん、アインがいいっていうなら、だけど」
「俺としてはそれも全然構わないな。そもそもあそこにはゴブリンも移住させるつもりだから、そのための食料だって確保したいし、森精霊に頼んでそれが出来るなら俺としてもお得だ」
「ゴブリンとは……あの洞窟拠点にいた奴らだな?」
「あぁ。カーたちはゴブリンとは住めないか? まぁ、今でも結構広い島だから、顔を付き合わせないようにはできるとは思うが……どうしても嫌なら、ゴブリンの方は洞窟拠点の方に置いたままでもいいが」
いずれ喧嘩して殺し合いになるよりはいいだろう。
カーたち雪豚鬼と、雪ゴブリンはそれなりに親交があるとはいえ、争い合う相手でもある。
それを考えると、別種族とはいえ、同じ系統のゴブリンと一緒に住め、とは言いにくい。
けれどカーは首を横に振って、
「いや、あいつらは結構愛らしかったからな。それに、雪ゴブリンとある程度の緊張関係があるのは、あの山で戦い続けてきた歴史があるからだ。最近は付き合いもかなり緩やかになってきているし……。生理的嫌悪のようなものは、特にない。一緒に住むことは出来る。だが、広さだけは心配だが……」
浮遊島の大きさはピンキリだ。
本当に小さな、それこそ人が一人立ったらそれで終了、という大きさのものもあれば、街や国が一つ入るくらいの巨大なものまである。
だからそこを心配しているのだろう。
俺はカーに言う。
「それについては、数万人が移住する、とか言われたら流石に無理だろうが……まぁ、百人くらいまでなら普通に生活できるくらいの広さはあると思うぞ」
大体だが、実際に生活してみないとそこははっきり言えないところだ。
だが、それくらいの数までなら、窮屈ということはない広さであるのも確かだ。
生活に必要なものの確保については問題があるだろうが……それは後で考えればいい。
「流石に数万人もおらんよ。行くとしても、とりあえずは十人前後だろうな。大丈夫そうなら、そこから徐々に増やしていく形を取りたい」
「なら、かなり余裕がある……ま、そのためにはとりあえずは内見ってところか。よし、近いうちに一緒に行こう」
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