第205話 思い
宴会の日から三日ほど経ち、カーの身が空いたため、浮遊島に連れて行こう、ということになった。
それまでカーは何を忙しくしていたのか、と言えば、テオとの戦い以来、大分村の者たち……特に狩人たちに気に入られてしまい、それに付き合わされていたのだ。
また、そのご婦人たちにも気に入られて、しかもカーはこれで意外なことに料理が出来る。
カーはアサース大陸出身、と公言しているが、アサース大陸と、このレーヴェの村があるネス大陸の料理はだいぶ異なっていて、その辺りがご婦人たちの琴線に触れたらしい。
教えを乞われたと言う。
「……大丈夫なのか? そもそもカーの作れる料理って、雪豚鬼の一族のものだろう?」
当たり前ながら、グースカダー山の山頂付近に住う魔物の一族であるカーの料理と、港町であるポルトファルゼで作られている一般的な料理には大きく隔たりがあるはずだ。
それなのにそんなものを教えて大丈夫なのか不安だった。
何かのタイミングでバレてもおかしくない。
しかしカーは言う。
「なに、問題ないだろう」
「何を根拠に……?」
「そもそも、俺ははっきりとアサース大陸で一般的な家庭料理だ、とは言ってはいないからな。多くの土地を旅して見聞きしたレシピの一部なら教える、と言っておいた。確かにご婦人方の中には、アサース大陸で一般的なものなのか、と言う質問をする者もあったが……」
「どう答えたんだ?」
「元々、料理するような生活をしておらず、料理をするようになったのは旅に出てから必要に駆られてのことなので、一般的なものかどうかと言われるとそうではない、と言っておいた。旅をする中で、作りやすいものに特化していったから、もしかしたら俺しか作れないものかもしれないなとも。正直、そこまで言えば、だったら教えてくれなくていい、となるものと思っていたのだが……」
「ならなかったわけか……」
「その通りだ。むしろ珍しいレシピならなんでも良かったらしいな」
カーのその言葉にネージュが首を傾げて、
「どうして珍しければそれでいいの?」
と尋ねたので、それには俺が答えた。
「まぁ、このレーヴェの村は田舎だからな。比較的豊かな土地とは言え、都市からは遠く離れているわけだし、奥様方の献立はマンネリ化しやすいんだろうさ。そこに来て、遠くの土地から旅してきた風変わりな男だ。何やら色々なレシピも知っているらしい、とくればまぁ、そうなるだろうなと言う感じだな」
「なるほどー。カーの料理は食べたことないの。今度食べさせて?」
ネージュがそう言ったのでカーは深く頷き、
「雪竜様がそうおっしゃられるのなら、是非に」
と答えた。
ネージュに対し、カーがそう言う恭しい態度を取れるのか、周囲に誰もいないからだ。
俺たちは今、三人で洞窟拠点に来ていた。
これから浮遊島に転移するために。
ついでに少しばかりゴブリンたちの訓練や指示も行なったので、少しのんびりしていたわけだ。
「じゃあ、そろそろ浮遊島に向かうぞ。準備はいいな?」
転移装置の設定をいじりながらそう言うと、ネージュは軽く頷いたが、カーは、
「……浮遊島、か。そんなところ、初めて行くから何だか緊張するな……」
と言う。
そもそも彼は種族的にあのグースカダー山をほとんど降りることがなかったわけで、ネージュと同じく外の世界については世間知らずだ。
見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。
同時に、少し怖い、と言うのもあるのは理解できた。
だから俺は言う。
「まぁ、転移自体はすでに経験済みなんだから恐れる必要はないだろう。浮遊島も基本的には地面が浮いているだけの普通の大地だ。普通の人間なら少しばかり空気が薄いからその辺りの対策もいるが、グースカダー山で薄い空気に慣れてるカーならさして気にする必要もない……じゃあ、そろそろ行くぞ」
ネージュとカーが転移装置に乗ったのを確認し、俺も乗る。
そして装置を起動させると、辺りが真っ白に染まったのだった。
*****
「……ここが、浮遊島か……」
復元された魔導神殿から這い出て、一面が真っ青な空を見つめながら、感慨深い声でカーがそう呟いた。
魔導神殿は魔導神殿で感動していたが、やはりそれよりも浮遊島自体の方がずっと驚きを感じるらしい。
「ここに最初転移したときは、もっと小さかった。七、八軒くらい家を建てたらおしまい、と言うくらいの土地しかなかったからな」
「……とてもそうは思えない広さだな。小さいながも丘や泉も見えるし、低木が密集している小型の森もある」
「魔導神殿の……と言うか、そこにある装置の力だ。いずれもっと大きくなっていくらしい……末は、大陸ほどになるかもしれない……って、それはもう話したな」
「あぁ、聞いてはいたが、実際に見るとまた違った感覚があるな。新しい大陸が出来るかもしれない、それが本当なのだと思える……そうなったら、ここに国でも作れそうだ」
「国か。それもいいかもしれないな。今回、カーたちが移住するわけだし……遥か昔に滅びた、魔国を復活させる、なんて言う夢はどうだ?」
俺は冗談のつもりで言っていた。
あの時の思い出は多くあり、あの国の姿は脳裏にありありと思い浮かべることができる。
ただ、もう失われたものだ。
歴史書にすら伝説程度にしか残っていない国をまた取り戻せるなど、そんなことできるわけがない。
だから……。
しかし、そんなことを言った俺のことを、カーは目を見開いて見つめていた。
しかも、
「……アイン、我が友よ。お前はなんと壮大な夢を持っているのだ……!」
と感動したように言っていた。
俺は慌ててい、
「いや、冗談だよ、冗談……」
「いいや、謙遜はいらん。俺は今確信したぞ。お前はいつか、それを成し遂げるのだと。そう言う強い意志があるのだとな……!」
「そんな……だから、会話の流れでなんとなく言ってみただけで、そんな本気ってわけじゃ……」
「普通、なんとなくでもそんな台詞は出ては来ない。お前の心のどこかに、そう言う思いがあったから出てきたのだと、俺は思う。少なくとも、お前の目は、本気だった。俺は感じたぞ」
「……まぁ……」
そう言う気持ちがゼロだとまでは、確かに言えない。
冗談で言いつつも、本気の部分がほんの少し、小指の先くらいはあったかもしれない。
それをカーは俺の瞳の奥に読み取ったのかもしれなかった。
だから俺は言った。
「流石にさ、絶対そうしてやるとか、今後何年でそうしてやるとか、そんなことは言えないけどさ……」
「けど?」
「少し、頑張ってみてもいいかもしれないな」
そんな気がした。
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